第15話『ムコウカラキタ アカフダ』

「ねぇ、リツ」


 リツの部屋で窓の外を眺めていたサクの声が、しばらく静かだった部屋の中に響いた。机に向かい書き物をしていたリツは、その声にサクの方を振り向く。


「あの木の影、誰かいない?」


 サクの白い指が刺したのは、建物の入口の近くに生えている巨大な木。リツがよく目を凝らせば、太い木の幹の影に、人間の黒い頭がチラついたような気がした。


 木の影にいた子供がこちらを見上げた。パチリと目が合って、リツはサクの背中に隠れる。


「行ってみようか」


 やめようよ、とリツが止める前にサクの体は動き出していた。



「シノ、先生、」

 

 建物の廊下にサクの通る声が聞こえて、苦情のひとつでも言ってやろうかと、シノは研究室のドアから顔を出した。


 うるさい、というつもりだった。

 だが、それは声となって出てくることは無かった。


サクが見たことない小さな子を連れていたからである。


 次によぎったのは、勝手に連れてくるな、という言葉。だがそれも、サクに伝えられることは無かった。連れていたその子が、異国の血が混じった端正な顔立ちをしていたから。


 混血の実験体が欲しかった。


 この国では混血の罪は重く、早々に処分され長く生きることは出来ない。時折、シノ達が街にバンを走らす理由の一つが、混血の赤札を探しているから、である。


 何事だ、と奥からイオリがでてきた。鋭い視線を向けられても、その子はびくりともしない。見た目通りの年齢なら、泣いてもおかしくないだろうに、その歳で、そんなに座った目をするだろうか。


 少しそこは引っかかったが、せっかくの混血を手放す訳には行かない。言葉を交わさずとも、イオリもそう思ったようで、預かると一言だけ言ってサクから彼の手を受けとった。


 お礼だ、と、飴の缶から桃色と薄緑の飴を取りだしてサクに持たせた。

 また後でね、とサクはその子の頭をひとつ撫で、2人は部屋を後にした。



「君、名前は?」


 シノはしゃがんで視線を合わせる。レイと、小さな彼の声が3人の間に落ちる。


 緩い服の襟元、首に残る小さな古傷を見つけた。茶色く色が変わった点が2点、等間隔に並んでいた。まるで、牙のような鋭いものに首筋を噛まれたようで、能力者が絆創膏の下に持つ跡と酷似していた。


 それにイオリも気がついたのか、口を開けるよう促し、口内をライトで照らした。ライトを消した後、交わった目線。小さく横に首を振る。シルシは無いようで、ただの紛らわしい古傷だった。


 その日の夜、彼にとあげた部屋にシノとイオリの影があった。


 昼間の古傷の隣に噛みつき、能力の付与を行う。つぷりと破られた首元の薄い皮膚と、流れ込む血液。シノはまだ不味くない方か、と唇の端に伝った彼の血を拭った。



 痛い。


 2人の影が消えた部屋のベッドの上、レイは首元を抑えて丸くなる。

 抑えた手のひらの下は、燃えるように熱い。額には汗が滲む。


 首元を噛まれたこと。

 これが能力付与だってことは知っている。




 だって、この世界は2周目だから。




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