第4話『ノウリョクノカイカ』

 自分の部屋というものが与えられた。


 白いパイプベット。白塗りの壁には、窓枠だけ残った四角い穴。床も天井も白く、貰った服も白。


 思い返せば、この建物全部がそうだ。白に埋め尽くされている。

そのせいで、家とは違う独特な雰囲気を醸し出す。


 まるで、なにかの実験施設のような。



 この部屋で唯一色を持つ、毛布に埋もれた。

 黒。1番好きな色。


 青白い月明かりは窓によって四角に切り取られ、部屋の中を照らす。それ以外に明かりはなく、淡い白と黒のコントラストが部屋の床に広がる。ぴゅうと入ってきた風。夜の澄んだ香りがした。


 喉が渇いた。ベッドから降りて、リビングのキッチンに向かおうとした。


 床の黒い所を足が踏む。体がぐっと黒の中に沈んだ。


「え?」


 そこに広がっていた床はなく、底なし沼のような漆黒の中にどんどん体が吸い込まれていく。ついに胴体が飲み込まれ、次に手と頭が、と言った時に上から引っ張られる。


 薄紫の(まにあった)。


 白衣の2人が、こちらを見下ろしていた。

 先生とシノさん。他のみんなはそう呼んでいた。


(おもしろい)

と薄黄色。これが先生。


(やみにとけられる、なんてねえ)

と薄紫。これがシノさん。


 ふふふと二人だけの世界の会話。

 全くついていけない。


 そもそも、自分の身に何が起こっているのか、それすらも理解出来ていない。


 よいしょと、先生の屈強な腕力は俺を部屋に引き上げる。少し話をしよう。床の月明かりの部分に座って?と、3人で床に丸く座った。



(まあまず、いきなりのことでおどろいたとおもうけど、せなも、このたてもののみんなと、おなじになったってわけ)


 聞けば、皆それぞれ不思議な力を持っているらしい。明日聞いてみるといい、と先生が勧める。


(きみは、やみにとけられるようになった。かげのぶぶんに、からだをとかして、じざいにうごきまわることができる。つまり、かげはぜんぶきみのものだ。きみのみかたってわけ。)


 そして、影は君にとって水みたいなものだから、泳ぐように移動したらいい、とシノさんは教えてくれた。


(だけど、あまりふかくはもぐるな。ひきあげてやれなくなる。こっちのせかいにもどってこれなくなるぞ。)


 あとは慣れだなと、先生は話を結ぶ。


「わ、」


 先生はおもむろに立つと、俺の体を影に投げ入れた。


 さっき言われたように水に投げ入れられたような感覚で、とぷんと沈んだ体は浮き上がることが出来る。反対に沈もうと思えば、どこまでも沈んでゆける。


(いいか、やみをこわがるな。みかたなんだからな。)

薄黄色はそう言い残して、そのまま2人は部屋を出ていった。



 廊下に2人分の影が現れた。窓からの月明かりは、纏う白衣に白くはじかれる。



「面白くなったね」

「ブーストをかけたらどんな感じなんだろう」


 新しく増えた白衣の裏の重み。それはイオリだけが感じている。

 白衣をめくれば、薄鼠の液体がゆらゆらと注射器の中で揺れる。


「やってみたいけど、能力が安定したらね」


 くくくと、どちらかの笑い声が静かな廊下に吸い込まれた。

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