第100話 恭平はリンゴを食べさせる

 清華さんから驚きのお願いをされてしまった。

 まさか、食べさせてほしいと、清華さんの口から出るなんて思いもしなかった。

『聖女』と呼ばれているクラスメイトからはおよそ想像しがたい展開に、僕は驚いていたけど、少し逡巡した末、「一度だけならいいよ」と了承した。

 熱で弱っているからなのか、それとも……やっぱり僕に好意があるからなのか……きっと後者、だよね。

 僕の心はまだ恋愛に対して臆病なままだ。

 でも、だからと言って、清華さんと瑠美夏のお願いを何でもかんでも拒否するのは、やっぱり申し訳ないし、何よりこんな僕を好きだと言ってくれた二人に失礼だ。

 それに、僕が食べさせることで、清華さんが早く元気になってくれるのなら、僕はやるよ。

 僕は清華さんに渡そうとしていたフォークを左手の親指と人差し指でつまみ、そこから右手で再度つかみ、リンゴが刺さった方を清華さんに向けた。

 清華さんを見ると、まだ動こうとはしてないけど、その表情がさっきとはまるで違う。

 さっきはお願いを言うか言わまいかを迷っていた表情だったけど、今は僕の行動に驚いて目を見開き顔も赤くなっていた。熱のせいだけではないだろうな。

「あ、あの……本当に、よろしいのですか? 恭平さんに、食べさせていただいても……」

「う、うん。……遠慮しないで」

「で、では……」

 清華さんはゆっくりとリンゴに顔を近づけ、目を閉じ、おそるおそる口を開き、リンゴを三分の一ほど口に入れた。

 シャク、シャクと、清華さんがリンゴを咀嚼する音だけが聞こえる。

 目を閉じ、右手の指で口を隠しながらリンゴを食べるその様子は、とても気品に溢れていた。

 やがてリンゴを飲み込んだ清華さんは、ゆっくりと目を開け、口を隠していた右手を下げた。

「ど、どうかな?」

「……美味しいです。とっても」

 そう言って、清華さんは『聖女』の微笑みを見せてくれた。

「よかった」

「ありがとうございます恭平さん。とっても嬉しかったです」

 ……僕が食べさせただけで、こんなにも笑顔になってくれる清華さんは……やっぱり僕のことが好き、なんだ。

「あとは自分で食べますので、お皿をこちらに」

 清華さんは僕からお皿を受け取ると、それをゆっくりベッドの上に置いた。

 今の僕にはこれが精一杯だけど、でもいつか、ちゃんと清華さんの気持ちに向き合えるようになったら、今度はもっとすんなり出来るのかな?

 今は無理でも、ゆっくりと向き合っていけるように頑張ろう。

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