第51話 『聖女』は偶然話を聞いてしまう

「もぅ……坂木さんはやっぱりいじわるです」

 わたくしはお花を摘みに行ったあと、恭平さんのお部屋に戻る途中、先程までの三人でのやり取りを思い出して独り言ちていました。

 坂木さんはわたくしが恭平さんを好いているのを知っていて、わたくしの反応を見て楽しんでいるのでしょう。坂木さんにわたくしの気持ちを打ち明けたのはわたくしですが、やっぱりいじわるさんです。

 それにしても、わたくしのメガネ姿を見た恭平さん……明らかに動揺していました。

 それに、顔も赤かったですし……ドキドキしてくれていたのでしょうか?

 坂木さんに、『メガネを用意しておけ』と言われて用意したのですが、予想以上に効果があったようです。

 これは、たまにメガネを準備して恭平さんにお見せすると、恭平さんはまたドキドキしてくれる……だ、ダメです恭平さん。そんなに見つれられたら、わたくしは……。

 っと、恭平さんのお部屋の前に着いたみたいですね。

 わたくしはお部屋のドアノブを掴もうとした瞬間───


『瑠美夏への気持ちがまだ残ってるのに柊さんが気になるって、……最低だよね』


 恭平さんのそんな話し声が聞こえました。

「……え?」

 恭平さんは、今なんて言いました?

 わたくしのことが、気になっている?

「っ!!」

 恭平さんが言った言葉の意味を理解すると、わたくしの顔は一瞬で熱くなりました。

 わたくしはお二人に気付かれぬようにドアからゆっくりと、息を止めて距離を取り、ゆっくりと息を吐き出しました。

「はぁーーーー…………!」

 ど、どうしましょう!? 顔の熱が全然引いてくれません。それどころか、心臓も信じられない程ドキドキしています……。

 恭平さんが、わたくしに好意を抱き始めている。この事実がたまらなく嬉しい。

 坂木さんからの提案の一つで、わざと坂木さんがわたくしと距離を詰めて仲良くしているのを見せれば、恭平さんは坂木さんにヤキモチを妬くかもしれないと言っていましたが、アレも効果があったのかもしれません。

 これでわたくしが恭平さんとお付き合い出来る可能性が大きくなってきました!

「…………」

 ですが、気になるのは小泉さんです。

 恭平さんが小泉さんを苗字で呼んだ瞬間の、小泉さんあの絶望にもとれる表情。

 おそらく、恭平さんが自発的に苗字で呼んだのは、あれが初めてだったのでしょう。

 恭平さんのあの態度で、小泉さんは、自分でも全く気づいていなかった想いに気づいてしまった。

 小泉さん、あなたは恭平さんのことが…………。

 そこまで考えて、わたくしは首をぶんぶんと左右に振ります。

 わたくしの今の目標は恭平さんとお付き合いをすること。

 そして、二人で愛を育み、一生を添い遂げる……。これがわたくしの最終的なプランです。

 でもそれだけではダメ……わたくしは、坂木さんをはじめとする周りの皆さんに、恭平さんとのお付き合いを賛成してほしいのです。

 誰も反対意見や難色を示すことなく、「二人はお似合いのカップル」と言われて恭平さんとお付き合いをしたい。

 その中には小泉さん……あなたも含まれているんですよ。

 あなたがあの屋上での一件で、これまでの傍若無人な態度を崩さず、恭平さんへの想いにも気づかないままだったなら、あなたも横柄な態度のまま賛成してくれていたでしょう。

 ですが、その想いに気づいてしまった今の状態で、もしもわたくしと恭平さんがお付き合いをしたら、大袈裟かもしれませんが、小泉さんの心が本当に壊れてしまうかもしれません。

 恭平さんにしでかしたことを考えれば、小泉さんは自業自得と言わざるを得ないかもしれません。

 ですが、わたくしは小泉さんのそんな姿は見たくないです。恭平さんも同じ気持ちでしょう。

 理想論かもしれませんが、わたくしと恭平さんが交際することで、誰も傷ついてほしくないのです。

 これから小泉さんとライバル関係になるのなら、選ばれなかった一方はきっと酷いショックを受けてしまう。わたくしだって、恭平さんと小泉さんが正式にお付き合いをしたと聞かされたら、きっとショックを受けてしまいます。

 もし恭平さんがわたくしを選んだ場合でも、小泉さんはショックを受けてしまうと思います。そこは避けられないですが、選ばれなかった方は納得して、後腐れなくお付き合いをしたい。

 綺麗事を並べるだけではダメだと重々承知していますが、わたくしはできる限りそこを目指します。

 さて、あまり遅いとお二人も心配されると思いますし、そろそろ戻りましょう。

 でも、好きな人に心配されたいとも思ってしまうわたくしは、いけない子なのでしょうか?

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