第47話 上原恭平と君塚康太②

「ところで、お前って今自分の家で生活してるのか?」

「え?」

 空が茜色に染まった頃。僕はまだ君塚君とハンバーガーショップにいた。

 何気ない会話(君塚君から一方的に話しかけられる)を少しして、君塚君がそう切り出した。

「いや、お前の家って小泉んの隣だろ? あんなことがあったのに、あのまま家で生活してるのか気になってな」

「今は別のところで寝泊まりさせてもらってるよ。あの日の翌日、僕を心配してくれた親友の竜太の家に泊まって───」

「ちょっと待て」

「え?」

 僕が話していると、君塚君がいきなり手のひらを僕の前に出して静止してきた。何かおかしなところでもあったのかな?

「お前が言った『竜太』って、もしかして坂木竜太か?」

「そ、そうだけど……」

「あの、かつてミニバスで『神童』と言われた坂木竜太かよ!?」

「た、多分……」

 え? 竜太ってそんな二つ名があったの? 初めて知ったんだけど。

 確かに竜太は他の人よりもバスケが上手かった。試合してるときなんかはいつも目立っていたけど、それほどだったなんて。

 でも、なんで君塚君は、竜太がそんなふうに呼ばれていたのを知っているんだろう?

「あぁ、俺もバスケをやっててな。それで坂木を知ってるんだよ」

「そうだったんだね」

『神童』とまで呼ばれていた竜太だから、当時のミニバス界隈では有名人だよね。

「それで、お前は今も坂木の家で暮らしてるのか?」

「ううん。竜太の家にはその一晩だけお世話になって、今は別の人のところでお世話になってるよ」

「マジか。え? 女?」

「え!?」

 僕はしまったと思った。

「やっぱり女の家かよ!」

 僕がすぐに否定していたら良かったのに、本当のことだからついそんなリアクションをとってしまった。

「最近まで小泉にベタ惚れだったのに、それで女の家に転がり込むとは……お前、見かけによらずやるな」

「そ、そんなんじゃないから! 竜太がその人と事前に話していたみたいで……僕だって、まさかあの人の家で生活することになるなんて思ってもみなかったんだから」

 今は慣れてきたけど、柊さんの家で生活するとわかったときは、いろいろと気苦労があった。

「で? で? 誰と同棲してるんだよ?」

 君塚君、テンション高いなぁ。

 まぁ、僕も彼の立場なら少しは気になっちゃうかな。

「だ、誰にも言わないって約束できる?」

「もちろんだ。俺はこう見えても口は堅い方だからな」

 本当なかぁ?

 柊さんの家で生活してるのがバレたら、柊さんに色々と迷惑をかけてしまいそうだから言わないようにしていたけど、君塚君は見た目ほど悪い人ではないみたいだから、ここは彼を信用するとしよう。

 僕は君塚君に顔を近づけ、小声で言った。

「えっと……実は、柊さんって人の家でお世話になってるんだ」

「ひいらぎ、さん? ……って!」

 君塚君は目を見開き、僕に近づけていた顔をすごい勢いで後ろに引いた。

「あの『聖ルナの聖女』と呼ばれていた柊清華か!?」

「声が大きいって」

 君塚君は「すまん……」と言ってまた顔を近づけてきた。さっきよりも真剣に僕の話を聞こうとしているようだ。それが野次馬でなければいいけど……。

 というか、柊さんってやっぱり有名人なんだな。

「てか、なんでお前が『聖女様』の家で暮らしてんだよ?」

「それが、僕もよくわからないんだよね。いつの間にか竜太と柊さんのあいだで決められてて……」

 カラオケから出て、その話を聞いたときは本当に驚いた。

 多分、瑠美夏が僕の居場所を特定しても、簡単には入れない場所ってことで柊さんの屋敷になったんだろうけど、それにしても屋敷の人たちは僕に親切すぎるというか……。柊さんのご両親も、普通は『大事な一人娘がいる家に男など入れん!』って反対しそうなのに、それが全くといっていいほどない。

 それとも、これも竜太が絡んでいるんだろうか?

「坂木と『聖女様』って、付き合ってるのか?」

「えっ!?」

 君塚君の一言に、僕の心はなぜかザワついた。

 竜太と柊さんが付き合ってる?

 僕が学校を休む前は特に話をしている姿を見なかった。

 でも、あのカラオケでは二人の仲の良さそうな場面を何度も見た。

 何かしら共通するものがあり、それで意気投合して……それから…………。

「お、おい。大丈夫か上原?」

「え?」

「いや、なんつーか、辛そうな顔をしてたからよ」

「そ、そう? きっと気のせいだよ。あはは……」

 僕は笑って誤魔化したけど、心はズキズキと痛みを訴えている。

 これって、もしかして───

「ま、あの二人は両方顔が整ってるからな。お似合いだろ」

「そうだね……」

 僕はこれ以上はいけないと思い、僕の心の中に芽生えそうな何かに蓋をするようにして、無理やり思考の外に追いやった。

 それからは他愛のない話をして君塚君と一緒にハンバーガーショップを出た。すると───

「お待ちしておりました。上原様」

 外に出て、君塚君と別れる間際、聞き馴染みのある声が僕の耳に届いたのでそちらを振り向くと、そこには瀬川さんがいた。

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