第43話 『悪女』は気付く

「……」

 瑠美夏の口からはっきりと告げられた。

 僕は瑠美夏から目を離し、下を向いた。

『あんたは、私にとってただ身の回りの家事をしてくれる、都合のいい……存在。私の言葉を全肯定して、ただ私の命令に従ってくれる……小間使い、雑用係。ただ、それだけよ』

 さっきの瑠美夏の言葉が僕の脳内で再生される。

 ……そっか。

 瑠美夏はもう、僕をとしても認識してないんだ。

 男子生徒と一緒に帰ってきたときも、『不本意だけど』って前置きしてたし……。

「小泉さん……」

「お前……」

 両横から柊さんと竜太の声が聞こえてきた。

 俯いている僕は、二人がどんな顔をして瑠美夏を見ているのか分からない。

 でも、声からして二人は瑠美夏を非難しているわけじゃなさそう。……なんというか、……そんな気がする。

 冷静になるんだ……上原恭平。

 柊さんと竜太は僕達の事情を知っている。当然、瑠美夏が僕をどう思っているのかも。

 でも、二人のこの声からして、もしかしたらだけど、瑠美夏が僕をどう思っているか……その答えが当時と今日で違っていたのかもしれない。

 もう一度、瑠美夏に聞いてみよう。

 僕はゆっくりと顔を上げ、再び瑠美夏と目を合わせた。

「ねえ、瑠美夏」

「な、何よ……」

「さっきの言葉は……瑠美夏の本心で、間違いない?」

「っ! な、なんで……」

「本心からの言葉じゃなかったら、瑠美夏が僕をどう思っているのかを改めて聞かせてほしいんだ。瑠美夏の本心を」

「わ、私は……」


 なんで聞き返してくるのよ!?

 さっき言ったじゃない! それが私の本心よ!

 それをもう一度言うだけじゃない! なんで言葉が詰まるのよ!?

 私がもう一度、さっきの言葉を復唱、もしくは肯定すれば、こいつはもう私の面をしなくなる。万々歳じゃない。

 なのに、なんで……。

 そう……これが私の本心! あんたは……彼氏なんかじゃ、ない!


「ええそうよ! 私の本心で間違いないわ!」


 言った。

 こいつの目を見てはっきりと口にした。

「はぁ……はぁ……」

 たったそれだけのことなのに、なんでこんなにも息を切らしてるのよ私!?

 私の言葉を聞いても、こいつは表情一つ変えずに私を見てくる。

 何を考えてるか分からない。

 ひときわ強い風が吹いて、私は髪とスカートを押さえる。

 風がんだ時、こいつは口を開いた。

「……幼馴染としても、もう見てくれてはいないんだね」

 おさな、なじみ?

 今まで彼氏彼女の話をしていたと思っていたから、そのことが完全に頭から抜け落ちていた。……ううん。今だけじゃなく、アレを決行する前から……!

 そうだ。こいつとは幼馴染だ。小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染。

 私はこいつの彼女として見られるのが嫌だった。でも、幼馴染としては……?

 あの時、君塚と一緒に私の家に帰ったあの日……私はこいつになんて言った?

 必死に思い出そうとするけど思い出せない。

 えっと、えっと……確か、ふほ───

「僕と幼馴染でいることも、不本意なんだよね?」

「っ!」


『こいつはまぁ、不本意ながら私の幼馴染よ。家が隣同士で私の身の回りの家事をする事に喜びを感じてるような奴よ』


 そうだ。私はあの時確かにそう言った。

「ち、ちがっ! 私は……」

 私はこいつの彼氏面がエスカレートすることにイラついて、そう言ってしまっただけ。本当は不本意でもなんでもない。

 私は違うと言いたいのに、こいつの……きょーへーの顔を見ると言葉が出てこない。

 眉を下げ微笑している……まるで私がどういうかわかっていたような……それでも確かめずにはいられなかった、そんな諦めにも似たような表情。

「確かに、僕も今になって思ったら、随分と自分本位な態度だったと思う」

「え?」

 あんたが自分本位なんて……どういうことよ?

「瑠美夏と付き合えたんだって浮かれて、舞い上がって、それが嬉しくて僕はずっと瑠美夏の彼氏って君に言い続けてしまった。瑠美夏の態度を見たら、それを煩わしく思ってるのなんてすぐに分かりそうなのに……」

 きょーへーは立ち上がり、まっすぐ私の目を見ている。その表情は笑ってるけど、やっぱり悲しみを帯びていて……。

「僕の方こそ本当にごめん。瑠美夏……ううん、

「……は?」

 私の胸は、今まで感じたことのない痛みに襲われた。

 秒を重ねる毎に、その痛みは強く、重くなっていく。

 今、私を……苗字で呼んだ?

 学校ではそう呼べって言ってきたけど、今この場には私たちの関係を知らないやつはいない。

 今のは、きょーへーが自分から、自発的に言った……?

 なんで……? なんで『瑠美夏』って

 あんたが自分から私を苗字で呼ぶなんて……これまで一度だってなかったのに……。

 私は混乱している頭で、無意識にそんなことを考えていた。

「……僕はもう、小泉さんに関わらないようにするね。今までごめんね。……楽しかったよ。……行こう。竜太、柊さん」

 私は、きょーへーが私を横切るのをただ呆然と見ていることしか出来なかった。

「ま、待てよ恭平!」

「う、上原さん!」

 きょーへーに続いて、坂木と『聖女』もきょーへーの後を追うように駆け出していき、やがて屋上には私だけが取り残された。

「きょー……へー……」

 力なく発したその名前が、誰にも届くことはない。


『餌も与えず散歩もさせず、挙句に精神的苦痛を負わされた犬は、忠犬にはなり得ないってな。お前はいずれ、自分のとった行動に後悔するだろうよ』


 私は、今更ながらに、あの時坂木が言った言葉の意味を理解した。

 それと同時に、自分でも気付いてなかった感情にも……。

 私は、きょーへーを…………。

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