ノアのレベル下げ紀行 〜ドレインされるほど強くなる〜

雪窓

不遇な冒険者、ノア

第1話

僕は今、大きな木箱を3つ積み重ねたものを両手で抱えて、えっちらおっちら歩いている。

前が全然見えないけど、店主さんが前を歩いて先導してくれてるので危険はない、はず。

「それじゃ、ここに置いてくれるか?」

前から店主さんの声が聞こえる。

「分かりました」

少し前に歩くと、店主さんが横目で見えた。

「もう少し前、もうちょっと右、そう、そこ」

「よっと」

ドスン!

僕が木箱を床に置くと、重たい音を立てて床が振動した。

「いやぁ、凄いね。この量をいっぺんに運んじゃうなんて。初めて依頼してみたけど、これなら今後も頼んじゃおうかな」

よしっ、お客さん増えたぞ!


まだ線の細い子供のような僕が、これだけの荷物を持ち運べるのには理由がある。

下位スキルの<荷運び>を取得しているからだ。

このスキルがあれば、自分が持ち上げている荷物の重量が軽減されて、なおかつ荷崩れしなくなるんだ。だから木箱を3つも積み重ねて持ち運ぶことができる。


「ありがとうございます。あ、これにサインを」

僕が依頼受託票を差し出すと、店員さんがサインしてくれた。

「はい、これでいいかい?」

「ええ。それじゃ僕はこれで」

「ご苦労さん」

手を振って僕はその場を離れ、次の仕事に向かった。


「こんにちは~」

「おっ、来たなノア。今日もよろしく頼むわ」

町役場の職員さんが待っててくれた。

「はい」

やってきたのは共同トイレ。

この町では、各家庭にトイレは無くて、このような共同トイレがあちこちに建てられていて、し尿をまとめて処理する仕組みになっている。この場所以外にし尿を捨てると罰せられるから注意してね。


この共同トイレの清掃依頼が町から定期的に発行されていて、僕の貴重な収入源になっている。

清掃道具を受け取り、両手に持つ。本当は道具は必要ないんだけど、この方が掃除の過程を想像しやすいんだよね。

トイレのドアを開けて、スキルを使う。

「<清浄>」

トイレの床や、便器がパァっと光に包まれた。

その光が収まると、汚れも臭いも無くなって、掃除したてのようにピカピカになった。

「ノアの<清浄>は相変わらず奇麗だな。他の奴にやらせたら汚れが残ってたりしてな、結局手作業が必要になったりするもんだ」

職員さんに褒められた。ちょっとうれしい。

僕はいい気分で、隣のドアを開けた。

「きゃぁっ!」

あ、人が入ってた。


あの後、平謝りしてお許しいただき、職員さんにからかわれつつ次々にスキルで掃除していく。

今日の依頼は10か所の共同トイレが対象で、全部で1時間ほどで終わった。

「はい、お疲れさん。やっぱりノアに頼むと早くていいな」

サインをもらって完了だ。

「またよろしくな」

「はい。それじゃ、さようなら」

とりあえず今日請けた依頼はこれで終了だから、冒険者ギルドへ戻ろう。


カララン、ガヤガヤ。

ドアを開けるとベルが鳴って、ギルド内の人の話し声が聞こえる。

「おっ、”永遠の子供”のノアじゃないか。ここは子供の来る場所じゃないぞ」

「そうだ、そうだ。子供は家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ」

「「ぎゃはは」」

うわ~、またあいつらか。

なぜかしょっちゅう絡んでくる二人組が、ギルド併設の酒場から僕を囃し立ててきた。

あいつら、昼間っから仕事もせずに酒盛りか?

僕はちらっと目を向けただけで、無視して奥のカウンターへと歩いていく。

「おいおい、無視かよ」「ここはお前みたいな低レベルが来る場所じゃねぇんだよ!」

あー、うるさいな。無視無視。


まぁ、悔しいけど僕のレベルが低いのは事実だ。

普通なら、9~11歳でレベル10になってるもんだ。

しかし、僕の場合はなぜかレベルが9で止まってしまった。

13歳になった今でもレベルは上がっていない。

レベル10は一つの節目で、世間では”子供を卒業したけど半人前”として扱われる。

なので、レベル9のままの僕のことを、”永遠の子供”なんて呼んで馬鹿にするやつらが存在する。

まぁ、馬鹿にはされなくても、可哀そうにと同情されることは多い。


なおもヒートアップしていく彼らを完全に無視して僕はカウンターの前に立った。

「こんにちは、ノア君。依頼の報告かな?」

受付のお姉さん、ドリスさんが声をかけてきた。

体形のはっきり出るギルドの制服を見事に着こなして、笑顔を絶やさない綺麗なお姉さんだ。冒険者の男たちに大人気なのは言うまでもない。

後ろで騒いでいた二人も、僕がドリスさんと話し始めたら静かになったくらいだ。


「はい、これお願いします」

サインの入った依頼受託票を2枚差し出す。

「お預かりします。うん、問題なし。ちょっと待ってね。…はい、銀貨3枚と銅貨18枚ね」

トレイに載せられた報酬を差し出されたので、それを数えながら財布に移す。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、いつもありがとうございます。ノア君の仕事はいつもお客さんの評価が高いから、ギルドとしても助かってるのよ」

ドリスさんににっこりと微笑んで褒められると、僕の顔もニヨニヨと緩んでしまう。


受付を離れて依頼掲示板の方へ行くと、例の二人組もやってきて、僕に絡んできた。

「お前みたいな”職無し”が冒険者なんてやれるわけないだろうが」

「さっさとあきらめてお家に帰ってママのおっぱいしゃぶってろ」

こいつ、やけにママのおっぱいにこだわるな。


またまた悔しいけど、僕の”適職”が”なし”なのは厳然たる事実だ。

”適職”はレベル10にならないと授かることができない。

だから、レベル9の僕は13歳になった今でも”なし”のままだ。


でもなぁ、職無しでも雑用くらいはできるし、お客さんにも喜んでもらえている。

僕だって頑張ってるんだぞ!

ムッとして睨みつけてやった。


「おいっ、何だその目は!」

ドンっ!と肩を押されてふらついてしまった。

おっとっと。ドスン。

後ろにいた人にぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい」

とっさに謝罪して振り向くと、服の上からでも分かるムキムキの胸板が見えた。

つつーっと視線を上にあげると、頬に傷のある強面がこちらを見下ろしていた。

「何か揉め事かね?」

渋くて迫力のある声が投げかけられた。

さっきまでイキっていた二人組が急にしどろもどろになって、後退った。

「あ、あぁ、いやぁ」「べ、べつにぃ」

「こんなところで他人にちょっかいを出す暇があったら、依頼の一つでも受けたらどうだね?」

その人は二人組をギロリと鋭い目で睨むと、低い声で苦言を呈した。

二人組は首をすくめて、「ひぃぃ!す、すいませんでした~!」と情けない声を出しながら、ギルドのドアをカラランと鳴らして、転げるように出ていった。


「やれやれ。未だにあのような輩がいるんだな。大丈夫か?ノア君」

「だ、大丈夫です。支部長さん」

そう。この方はここのトップである支部長さんだ。

「君のおかげで、このギルドに対する町の評判が目に見えてよくなったんだ。我々としては非常に感謝しているよ。何か困ったことがあったら、いつでも相談しなさい」

大きな手で僕の肩をポンポンと叩きながら、迫力満点の笑顔でそう言ってくれた。

とても良い人なんだけど、とにかく顔が怖い。

「あ、ありがとうございます」

ちょっと顔を引きつらせながら礼を言うと、支部長さんがカウンターの奥に戻っていった。

もしかして、僕のためにわざわざこっちに来てくれたのかも。

本当に良い人だよ、うん。

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