旅の始まり

 「今日は楽しかったね、ユシャ!みんな私たちを祝福してくれて……お祭りみたい!」


 今回のことで真の救世主と認識された俺は領主から小さな屋敷をプレゼントされた。パレードは日が沈むまで続き、ようやく開放された俺たちは屋敷で休息をとっている。


 「それより教えてくれないか。何なんだお前。その……助けてくれたのは感謝しているけど、あの女幹部を一撃で倒したのは普通じゃない。」

 「ああ、あれ?何かよく分からないけど、この世界に転生したときに身についていたの。どこからともなく声がして、力の使い方を教えてくれた。ユシャも持ってるんじゃないの?」

 

 知らない。そんなのは初耳だ。予想だが、救世主というのは確かに実在した。だがその枠は一人で、何人かこの世界に転生してきた者がいたが、その枠に運良く入ったのがトウコだったのだろう。

 つまりあの場でトウコが助けてくれなかったら……奇跡的にあそこから逃げ出せたとしても、奴隷として生活するルート一直線。救いはなかったのだ。


 「ねぇそれよりも……こうして二人きりになるのは久しぶりだね、覚えてる?昔はよく二人で遊んでたよね?突然、距離を置くようになったけど……あの時は凄く悲しくて悲しくて毎日物に当たってたんだけど、最近になってようやくユシャのことがわかったんだ。」

 

 冷や汗をかく。隠し撮り写真を見つけていたのがバレたのか?今更?どうする?ここは異世界、警察に通報して逃げることなんて出来ない。そして先程のトウコの力。暴力をちらつかせられると、俺は抵抗ができない、なすがままだ。この孤独な異世界で。

 生唾を飲み込む。緊張感が走る。トウコが次に何を言うのか、俺は真剣な眼差しで見ていた。視線に気がついたのか、トウコは少し頬を染めた。


 「それってさ……私のことを女の子として意識し始めたってことなんだよね……ごめんね、知らなかったの。あの年頃の男の子って、女の子と一緒にいるだけでからかわれるんだって。」

 「いや違うけど。」

 「え?」


 あまりにも見当外れの意見に思わず突っ込んでしまい、後悔する。トウコは「どういうこと?」とこちらを見ている。心なしか、その表情の奥には怒りを感じさせた。適当な答えをすると殺され……る?いやそれよりもひどい目に合う可能性だってありえる。俺は必死に脳をフル回転させた。


 「な、なにを言ってるんだよトウコ!俺が友達にからかわれるからって理由なだけでお前と距離を置くわけないじゃないか!あれはその……は、恥ずかしかったんだよ!うん、だって年頃の異性の部屋に二人きりだぞ!?逆の立場で考えてみてくれよ!ほら、今になって俺の部屋に俺とトウコ二人きりになるって想像してみろって!そんな簡単に行けないだろ!?」


 トウコは俺の言い訳を無表情で黙って聞く。怖いからせめて相槌くらいうってほしい。だがしばらくすると赤面して目を背けた。


 「た、確かに……ユシャの部屋にふ、ふふ二人きり……私そんなの意識してなかった。そ、そうだよね、そういうのって段階が大事。うれしいな、ユシャがそんな風に考えてくれてたなんて。」


 多分、トウコの頭の中で描いている感情と俺の当時抱いていた感情は全く別物だと思うが嘘はついていない。あの時、俺が感じていたのは純粋に恐怖。友達だと思っていた幼なじみに性的に見られていたこと。それも異常ともいえる偏愛。それが幼い俺にとってはただ怖くて怖くて、トウコと二人きりになるのを避け続けたのだ。

 そして今更ながら現状を再認識してしまう。ここは異世界。頼れる友人も家族も警察もいない。力がものを言う世界。そしてトウコは今、絶大な力を持っている。あの強大な力を持つ、シュクレを簡単に粉砕できる程度の。更にいま、俺たちは屋敷で二人きり……。

 記憶が駆け巡る。これは走馬灯か。肉食動物を目の前に群れからはぐれた草食動物の気分。


 「屋敷は小さいとはいえ、救世主様に雑用はさせられませんからね。従者も一人差し上げます。」


 領主の言葉が頭の中に強く響いた。


 「そうだ従者!トウコ!忘れてないか!領主さまが俺たちの屋敷のために従者をくれたじゃないか!早くその人を迎えないと!!」


 女豹のように俺に対して距離をつめていたトウコが俺の叫びにビクつかせ、そして「あー……。」と残念そうに呟いた。俺のひらめきがなければ、何をするつもりだったんだこいつ?


 「はじめまして、わたくし領主様のご命によって救世主様に仕えることになりましたメイと申します。身の回り、雑用、清掃、調理、伽など全て任されておりますので何なりとご命令してください。」


 メイと名乗る従者は玄関口でずっと待っていた。背格好は同世代のようだが、その言動、振る舞いはしっかりしており、すぐさま屋敷を軽く清掃し、食事の準備を始めた。格好はメイド服のようで従者というより使用人のようだ。


 「伽……?ユシャ……?どういうこと……?」


 肩がものすごく痛い。トウコが俺の肩を掴んで万力のような力で握りしめてるのだ。俺は振り向くとぎょっとした。何が気に入らないのか、トウコはまるで般若のような形相で俺を見ている。


 「と、突然どうしたんだお前、とぎ?俺もしらないって。何なのとぎって?」


 あまりの形相に俺は素の反応でトウコに逆に尋ねる。それが逆にトウコにとっては最高の反応だったのか、すぐに機嫌は直り、肩から手を離した。


 「ううん、何でもないよ。ごめんね、痛くなかった?」


 凄くいてぇよ。まだじんじん響いてるわ。と、言いたい気持ちをぐっと堪えて苦笑いを浮かべた。


 「あの領主、余計なことを……潰そうかしら……いやでも、もうメスガキがいるし……。」

 「トウコさん?よくわからないですけど、街と敵対するような真似はやめてくださいね?」


 ぶつぶつとトウコが物騒な呟きをしていたので諌めた。さっきまで機嫌が良かったのに情緒不安定すぎて怖い。これからしばらく一緒に生活すると思うと、胃が痛くなる。早く開放されたい……。そう思いながらメイの作った食事を摂った。領主お抱えの従者なだけで絶品だった。


 俺たちは近辺の地図を見ていた。今いる街、ルドンと呼ばれる城塞都市らしく、魔王軍とは度々戦闘をしているらしい。そして魔王の拠点は遥か遠く。馬を使い船を使い……長旅になるため準備が必要であるということだ。

 ルドンはこの近辺では一番大きな街らしく、周辺に小さな村はあったのだが、魔王軍により潰され、ほとんどが廃墟と化しているらしい。魔王と戦うためには船が必要……つまり港町に行く必要があるのだが、そこまでの道のりは長く途中で補給のためにいくつかの町による必要があるのだが……。


 「途中、本当になにもないのか……。」

 「ないですね……食料品の確保は現地調達することが多いと思います。ご心配なく。そういった技術も身に着けていますので、救世主様を飢えさせることは決してありません。」


 俺の目論見は救世主なんて役割を捨て去ることだ。そのためにはまずこの街から逃げ出さなくてはならない。だが、周辺に都市はない。魔王軍め……。だがそれは逆に好都合かもしれない。あまりにも近い場所だと、俺が救世主を騙った偽物だと分かった時点でルドンから俺を捕まえに軍隊が来るかもしれないのだ。思い込みかもしれないが、異世界転生者を平気で奴隷にするクソみたいな民度だ。ゼロとは言えない。

 故に目指すのは港町。海沿いの田舎町でスローライフ……うんイメージができた。中々良いじゃないか。


 「ただ懸念があります。途中にあるナビレの大森林。ここはまさに秘境。霧も濃く出るので、道中は困難です。案内役がいると良いのですが……。」

 「雇えば良いんじゃないのか?幸い領主からお金はたくさん貰ってるし。」

 「いえ、案内人の方々は気難しい方々なので、お金では……大森林の手前にある村に住んでいますので、寄っていきますか?」


 勿論だ。俺は即答した。というか、村があるなら救世主の肩書きを捨てて、そこに永住してもいい。案内人……観光ガイドみたいなものだろう。それで生計を立てるのも……うむ悪くない。

 俺たちは早速荷造りをして、その村へと向かった。

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