その世界は残酷で
───俺の幼なじみはストーカーになった。名を
きっかけはいつからだったかは分からない。気づいたら既にそうだった。最初にそう感じたのは部屋に遊びに行った時。少し席を外している間、漫画でも読もうかと本棚を漁っていると、俺の盗撮写真で埋め尽くされたアルバムを見つけたのだ。写真だけではない。髪の毛や俺が捨てたはずの持ち物もコレクションされていた。あのときは、平静を装いいつもの調子でトウコと接していたが、あの日から違和感が拭いきれない。
学校では常につきまとい、外面は良いので周りは誰もあいつが俺のストーカーだと意識していない。それどころか、みんな彼女と俺は付き合っていると思っていて、二人きりのときは気を使うレベルだ。
俺はベッドで横になっていた。ここは恐らく病院。身動きがとれない。規則的な、電子音がする。誰かが近くで叫んでいた。何故、こんな時に、あいつのことを思い出したのだろうか。走馬灯にしても、マシなものがあるだろうに。
───薄れていく意識のなか、そんな思いで頭の中は占められていた。
[転生ボーナスを獲得しました。]
気がつくと俺は別世界にいた。見たことのない景色。まず最初に不安がよぎった。記憶喪失?知らない場所、どうやって帰る?財布は?不安で一杯だったが、とりあえず遠くに見える街に向けて歩くことにした。
「止まれ、通行証はあるのか。」
街の入り口まで来たところで門番らしき男性に止められた。通行証がないと通れないらしい。なんでも魔王とかいうのがモンスターを操り侵略してくるからだそうだ。少しずつ現状を理解した。俺は一度死んで、別世界に転生したのだと。でなきゃ魔王なんて真顔で言ってるこの人の頭がおかしいのだ。
「そこを何とか……信じてもらえないでしょうが、俺はこの世界にあてがまったくないのです。」
「そんなことを言われてもな……いや、お前のその格好、ひょっとして転生者か?」
今の格好は学生服だ。彼らにとって珍しいものなのか、そうだと答えると突然、門番の態度が変わり、街の中に入れてもらえた。それどころか、更にその中心部まで案内される。この街の領主だろう。
長々と話をされたが、要するにこの街には予言があるらしい。
「世界を破滅させる破壊の使徒現れる時、異なる世界から救いの使者が現れるだろう。」
魔王と呼ばれる存在は突然頭角を現した。魔王は人々の領地を占領していったのだ。
つまり俺は予言の子で、この街、いずれは世界を救う救世主ということらしい。金を渡されて、その金で仲間を集め魔王と戦ってほしいということだ。
誇らしい話だった。まさか俺にそんな機会があるなんて。早速、仲間を集めるのに適しているとかいう酒場に向かい仲間を集めた。
「どうも、お待ちしていました救世主ユアサ様。私は宮廷軍師のホローと言います。領主様からはユアサ様の補佐と旅のお供を命じられていますので、以後お見知り置きを。」
ホローは深々と頭を下げる。そして酒場について説明を受けた。といってもシンプルなもので求人帳に書かれたリストを見て、自分の求めている人材を指名するものだ。仲間というか、要するに傭兵みたいなもので、この世界ではそれを稼業に稼いでるものが多いという。
俺はさっそく強そうな人を何人かリストアップして指名した。
魔王を倒す。そんな大仰な目的を聞いてなお共に行くというメンバーはやはり少ないようで、結局ホロー含めて四人で向かうことになった。
「多すぎると食料の問題もありますし、このくらいが妥当でしょう。」
「そうだな、まぁ救世主様は後ろで見てな。この辺の魔物なら俺たちはいつも狩ってるからよ。」
仲間の一人、ウォンは自信満々に答えた。筋肉隆々の武人だ。もう片方はシズ。寡黙だがウォン曰く頼りになる男で、魔王討伐には十分な戦力だという。
「よし、それじゃあ魔王を倒しに行くぞ!!」
俺の人生はこれから始まる。魔王を倒して救世主となり、この世界の英雄となるのだ。大丈夫、これだけ周囲の人たちが持ち上げているのだ。きっと予言というのには深い意味があるのだ!
甘かった。
ウォンは死んだ。胴体を真っ二つにされて、臓物を撒き散らし無惨な姿となっている。ホローは逃げ出した。目の前の怪物の話だと、手下が捕まえて拷問にかけているらしい。シズは重傷を負っているが辛うじて生きている。だがそれも風前の灯火だった。
「予言の子がどれほどのものか期待してたのに……弱すぎない?こんなのそこらの一般人と変わらないじゃない。けど、そんな目で見つめられると……ぞくぞくするわぁ。」
そういって舌なめずりをして、震える俺を見るのは魔王軍女幹部、名をシュクレというらしい。
「きゅ、救世主様から離れろ女狐め……!かくなる上は……!!」
シズの身体が光りだす。何か切り札をもっていたということか!ここから奇跡の逆転劇が始まるというわけだな!
「うるさい、もう興味ないんだから死んでくれない?」
そんな期待は簡単に消し飛ばされる。シュクレが爪を薙ぐと、シグの首は切断された。残った胴体はそのままゆらゆらと揺れて倒れる。
「あ、ああ、ああああああ!!す、すいません許してください助けてください!!俺、何もできないんです!!この世界のこととか何も知らなくて!!」
殺される。俺はブライドなど捨て去り土下座した。この世界で通じるかは分からないが、敵意がないのは伝わるはずだ。
「なにそれ?願いを乞う時は、ちゃんとこっちを見ないと駄目じゃない?顔も見せないとか舐めてんの?」
「あ、いやこれは違うくて!これで良いですか!戦うつもりなんてまったくないんです!」
文化の違いを悟り、すぐに顔をあげて両手をあわせ懇願する。そんな様子はシュクレは満足げに笑いながらみていた。
「そうだねぇ、そこまでされたら殺すのはやめようかなぁ。」
「本当ですか!?」
希望が見えた。俺は救世主ではない、誤解がとけたのだ。見逃してもらえる……そう思った。
「私のペットにしてあげる、まずは四肢をもいで抵抗ができないようにするからねぇ。」
絶句した。あぁ、当たり前なのだ。人をこんな無遠慮に、残酷に殺せる者が、命乞いで心変わりなどするはずがないのだ。俺は動けない。ヘビに睨まれたカエルのようだった。
「ふふ……本当にいい表情……少しくらい、ここで味見をしても構わないかなぁ……?」
絶望の底に落ちたような俺の表情を見て、シュクレは惚悦な表情を浮かべる。天性のサディスト。下手に抵抗すれば更に残酷な仕打ちを受ける。それならせめてペットとして生かされる方がまだ……。
シュクレの指が俺に触れた瞬間それは起きた。強大な爆裂音。俺の目の前でシュクレがミンチになった。土煙が凄くて咳き込む。まるで隕石が落ちたみたいだ。
「久しぶりユシャ!ごめんね遅くなって、えへへ待ってたかな?」
土煙が晴れて、そこにいたのは俺の幼なじみであるオイズ トウコだった。その片手には、シュクレの生首が、無造作に掴まれていた。
街はお祭り騒ぎだった。予言は正しかった。ついに救世主がやってきたということで、パレードが催されている。魔王軍の幹部を倒したことはそれほどまでに衝撃的事実だったのだ。
「よくやってくださいました救世主様!まさかこんな早くに幹部の一人を倒してくださるとは!!」
「いやその……俺は何もしてないんです。倒したのはこちらの女性で。」
トウコを指差す。持ち上げられるのは悪い気はしないが、こんな命がけの出来事はもうごめんだ。俺は普通の町民としてスローライフを送るんだ。そう決意した。
「ほお、あなたが?そういえばあなたも見かけない服装をしていますね?」
「領主様、ユシャは謙遜しているだけです。私なんかの力なんて必要としない、本当は一人で余裕だったというのに、こうして仲間を立てているのです。私以外の仲間が全滅したのを酷く気にしているようで……。」
「え、ちが」
「やはり!そうだと思いました!救世主様ご安心ください。亡くなった仲間たちは立派に戦った英雄として埋葬します。勿論、トウコ様に対しても今後とも救世主様の大切な仲間として歓迎しますぞ。いやぁ良かった良かった。またホラ吹きが出てきたのかと不安だったのですよ。安心してください!救世主様を騙った偽物はご覧のとおり奴隷として罰を与えていますので。」
領主が指さした先には両手に枷をつけられ薄汚い格好をしている者たちが何人もいた。察した。彼らは自分と同じ異世界転生者。自分のように勝手に祭り上げられ、命からがら逃げ出したものの、偽物のレッテルを貼られて罰を受けているのだ。
慣れた対応なのは当然のことだった。俺以外にも救世主という名の異世界転生者はいて、その尽くが魔王の力に畏れ逃げ出していたのだ。
「あ、はいそうです。私が救世主です。今後ともよろしくおねがいします。」
やばい。即座に判断し、俺は救世主であることを決意した。早くこの街から逃げよう。こんな頭のおかしい連中といつまでも一緒にいてたまるか。
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