第16話 世界の真実
*****
創造神は無からこの世界を創った。
暗闇に光を灯し、昼と夜ができた。
それから創造神は、大地、空、海……この世のあらゆる自然を形成した。
それらを治める二つの種族を生んだ。
一つは光を
世界には様々な緑や動物が生まれ、育っていった。
世界の基盤が整ったところで、創造神は最後に人間を生み出した。
人間は繁栄を司る者なり。
か弱く寿命は短いが、繁殖と進化の力を持つ。
すべての力を使い切った創造神は、世界の発展を祈りながら眠りについた。
*****
世界の創造を語り終えた魔王は細く息を吐き、
「闇を司る者の
その眼差しには懐かしさや親しみがこもっている。魔王城で相対したときの冷たさはなく、温かく柔らかいものだ。
「ま、待って……」
この世界に生まれてから、ベルがずっと知りたかった情報が魔王の言葉に溢れていた。脳が追いつかず、額を手で押さえる。創造神、二つの種族、末裔——。ボッカから聞いていた話と違い、ますます混乱する。
「わ、わたしが教えてもらった話と違う……」
やっとのことで絞り出した言葉に、魔王は一つ瞬きをし、
「それはお前が行動を共にしていた人間から聞いたものか? ならば、それは仕方がない。人間の命は儚い。百年も生きられない。繁殖の力がある代わりに寿命がとても短い。奴らにとっては、
言葉を一度切ってから、眉間に皺を寄せて首を横に振る。
「我らの言葉は奴らには伝わらない。また、奴らの言葉は我らには伝わらない。私は多少の人間語は使えるが……意志疎通ができたと感じたことはない。文化が異なる生物なのだから、今までだって一度も交流を果たせたことはない。我らは人間にとって上位の存在。人間が虫と言葉を交わすことはできないだろう。それと同じだ。時間の流れの隔たりすらある。人間が創世史を理解できるはずがない。
魔王の口調はやや淡々としているが、悪意はなく、むしろ誠意があるようだった。丁寧に話し終えた後、魔王は地面に手を
魔王は「ここで休め」と言って、ベルを花の上に優しく乗せた。華やかで甘い香りが鼻をくすぐる。
「神は我らよりさらに上位の存在。前の世界……とやらの女神なら、命を異世界へ送ることも可能かもしれない。そして、元が人間の命だったのなら、人間と交流ができることも納得ができる」
柔らかい花弁はベルの疲れた身体を癒してくれるようだった。それに自然と触れることで息苦しさも和らぐ。ベルは世界を脅かす魔王とは思えない情けを彼に感じた。
「あなたの話によると……魔族は世界を滅ぼす存在じゃないの……? むしろ……」
恐る恐る口に出したベルの問いに、魔王は目を大きく開いてから口を開けて笑った。初めて見た感情的な表情。面白い冗談を聞いているかのような反応だ。
「なんと……人間どもは我らをそのように認識していたか! 道理で話が通じないはずだ」
魔王はしばらく肩を震わせてから、鋭い眼で遠くを見つめた。
「——まったく愚か者どもめ。救いようがないな」
怒りや
「『世界を滅ぼす存在』……とは、本当に何も知らないのだな……」
次の声音から感情は感じられなかった。伸びた草が一瞬にして萎える。
「あの……?」
おずおずとベルが話しかけると、魔王は何もなかったかのように話を続けた。
「ああ、そうだったな。光の者も闇の者も、創造神にこの世界を治める役割を与えられた種族。謂わば、同類だ。力を均衡に保たねばならないゆえに刃を交えることはあっても、憎しみからではない。職務に近いかもしれない。昼が終わらなくても、夜が終わらなくても、生き物たちは困るだろう。それが我らの定め」
「じゃあ……じゃあ……!」
ベルの背筋に冷たい汗が流れる。今考えていることを口に出すのは恐ろしい。それでも、知らなければならないことがあった。
「あなたがしようとしたことは……」
声が
「世界の均衡を乱す人間どもを一掃することだ」
ベルから一切の音が遠ざかる。優しい風の音も、虫の美しい音色も、草が
「奴らは繁栄しすぎた世界をあるべき姿に戻す。それが我らの目的だった。人間は繁殖し過ぎた。奴らは恐らく創造神の予想を超えて進化している。己の欲望のために自然を壊し、空を汚し、海を濁す。このままでは世界は滅びるだろう。本人たちが気づかないうちにな」
魔王は顔を歪め、空を見上げる。そこにはまだ澄んだ夜空が広がっていた。月と星々が
ベルが前世で住んでいた町では、こんなに綺麗な夜空は見られない。だから、知っている。このまま人間たちの文明が栄えればどうなるのかを。
魔王の話を理解したベルの顔色が白くなる。魔王がやろうとしたことはよい方法とは思えない。けれども、このままにしておけば、目の前に広がる
「森の娘よ、お前の仲間たちは人間のせいで姿を消した」
魔王は目を細めてベルを見つめる。
「お前たちの力の源は、緑だ。人間たちが土地を広げるために斬り倒していってしまった。光の者は強い力を持つが、優しすぎた。呑気だったのかもしれないな。『いつか人間たちが分かってくれる』と言い続け、結局は力を使い果たし、草木に宿るわずかな存在となった。聖獣も精霊もエルフもすべて消えた。お前は恐らく、残ったわずかな力から生まれた最後の妖精だろう。我らも遠からず人間どもに鉱山などの力の源を奪われ、同じ道を辿る。もう、私には仲間を統率する力はない」
眉根が下がった魔王の表情は少し寂しげだ。この世界の行く末を憂いているのだろうか。風が吹いて闇色の髪を
「あなたの力はなくなってしまったの?」
問いかけるベルに魔王は
「私は一度死んだからな。大半の力を失ってしまった」
今度こそベルは言葉を失った。ボッカと協力して魔王を倒したのは、他ならぬ自分自身だ。
「わたし……」
何と言っていいか分からず、手で顔を覆う。もしかしたら、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか——。
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