第6話 ただ、女の子の前でカッコつけたかっただけ

「ギ、ギルドに報告しないと……」


 ルードの返り血に濡れた俺の姿に怯えた兵士は村の方に向かって走り去る。

 俺はその兵士に背を向けると、すぐにリリスの傷口に手を当てた。


「レノ様! ちゃんと説明しないと!」

「動くな」

「え?」


 そして目を閉じて意識を集中する。


「これは……回復魔法!?」


 さっきルードが使っていた回復魔法を見て、何となく使えるような気がしたから試しに自分に使ってみたら出来た。自分に使うのは簡単なんだが、人にかけるのは結構気を使う。


「凄い……こんなに綺麗に傷が塞がっていくなんて。さっきの魔法といいレノ様はいったい……」


 その質問には答えることができない。なぜなら俺もまだよく分かってないんだから。


「でも良かったんですか? 会ったばかりの私の事なんて別に……」

「別にもう今更だよ」


 さっきの兵士とは何度か話をしたことがあるから、今頃は俺が誰なのかも気付いているだろう。それに村まではそんなに距離が無いから、他の冒険者や村人が来るのも時間の問題だ。

 だからそれまでに治さないといけない。


「よし、これでどうだ? 痛みはあるか?」

「大丈夫です。まるで最初から怪我なんてしてなかったみたいです。レノ様、ありがとうございます」

「良かった。じゃあ……とりあえずじっとしていてくれ」

「レノ様なにを──んぐっ!?」


 俺は油断していたリリスに麻痺の魔法をかけると、服の裾を少し破いてその口も塞いだ。


「悪いけど装備は全部貰うよ。剣も、そのネックレスも」


(確か身に付けてる物の殆どに追跡用の魔石が付いてるって言ってたな。流石に個人で買う下着には付いてないだろう)


「…………!? …………!!」


 やめて欲しいと目で訴えるのを無視して装備を全て外すと手持ちの縄で縛って肩に担ぐ。そして予備のローブで下着姿になったリリスの体を隠したところで背後から複数の足音が聞こえた。


(来たか)


 振り向くとそこにはギルドマスターのザイードさんを筆頭として、武装した数名の冒険者達。ほとんどが見知った顔だった。その中には何故かフィオちゃんもいる。


「貴様が勇者殺しだな」


 ザイードさんが俺に向かってそう言う。


(ん? ザイードさんなら俺の顔を知ってるはずなのに)


 他の冒険者達も見てみると、明らかに知り合いに向ける視線じゃない。まるで俺の事をレノ・ノクターとして認識していないみたいに。


(もしかして……)


 おかしいと思って剣を抜いて刀身にうつる自分の顔を見てみると、丸々としていた俺の顔は痩せてシュッとした顔になっていた。頬にあった出来物も消えている。

 自分でいうのもなんだが……まぁ、中々の男前かもしれない。


(なるほどね。これもリズフレイヤ様のサービスってやつか。確かにここまで変わっていれば俺だってわからないのも納得できる。ならこれは好都合だ。声さえ出さなければ俺だってわからないだろう)


「なんとか言ったらどうなんだ? 何故こんなことをした。その女もお前がやったのか!」


 ザイードさんの問いに俺は無言のまま一歩ずつ後ろに下がってリリスから離れる。例え説明してもわかってもらえないだろう。彼等からしたら目にした事実だけが真実。俺が勇者を殺したことには変わりはないのだから。


(なんでこんなことをしたのか……か)


 そんなのは決まってる。

 ただ、女の子の前でカッコつけたかっただけ。

 少し変な女の子だけど、俺のことを好きだって言ってくれる子なんて今までいなかったからな。

 そして最後にもう一度だけカッコつける。


「………!? ……! …………!!」


 ずっと俺の事を見つめていたリリスの目が見開かれ、その視線は俺の手の上の赤い転移石に向けられていた。何かを言いたそうにしているけど、口を塞いでいるからわからない。


(あとはこの鎧を持ってどっかに飛んで捨てるだけだ。初めて転移石使うけど頼むぞ。出来れば何も無い広いところに行ってくれよ)


 俺がそう願いながら転移石を砕くと、地面に俺を中心とした魔法陣が拡がる。

 それは徐々に光を強めていき、眩しいくらいに光り輝いて転移が始まろうとした時だ。


「レノさん、逃がしませんよぉ?」

「……なっ!? いつの間に!?」


 何故かリリスを抱えてニヤリと笑ったフィオちゃんが同じ魔法陣の中に立っていた──。

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