第2話 号泣。


 あれから一日が経った。凛翔は昨夜、佐渡さんに言われた「許さない」の意味について真剣に考えていた。小学校の頃、自分が何かしてしまって恨んでいるのか、或いは入学式の日に気づかず、彼女を傷つけてしまったのか。もしかして、キャーキャー騒がなかった事を気にしてる? まさかね。

 

 何も心当たりが無いのに、理由の無い罪悪感に苦しめられていた。

 明日、謝るとともに発言の意味をちゃんと聞いてみよう。


 そして迎えた今日。


 家の近くの桜が散っていくのが見えた。今日も空は晴れていた。


 重い足取りで学校に向かう。何故、重いのかというと彼女に話しかけるのが怖いからだ。何か彼女の周りには狂気がまとわりついているような気がした。


 学校に着くと凛翔は廊下に行く。


(今日、佐渡さん休みだったらやだな) 


 廊下に居ないので、佐渡さんのクラスに行こうとすると、丁度佐渡さんが教室から出てくる所だった。


「あ、おはよ、凛翔。どしたの?」


「おはよう、佐渡さん。あの、昨日『許さない』って言――」


「廊下で話そ。あと、佐渡さんじゃなくて瑞葉って呼んで」


 話を遮られ、瑞葉はそう言った。小学校の頃は凛翔にとって瑞葉は遠くから見ていて、常に見守る存在だった。そんなに親しくなかったから、名前で呼ぶなんて、あり得なかった。


 彼女の提案通り、廊下に出た。


「それで瑞葉、昨日許さないって言われた気がするんだけど……あと、昨日言いそびれたけど、俺も高校でまた瑞葉と会えて嬉しかった。これからもよろしく」


 そう言う凛翔の声は震えていた。そんなに怖がらなくていいはずなのに、この人相手だとオーラが怖くて緊張してしまう。


「こちらこそよろしく。……そんなこと言ったっけ? 空耳じゃないかしら」


「んー、空耳だったのかなぁ……でも、俺が悪い事してたら、謝るから!」


 瑞葉は押し黙る。


「空耳でもごめん。一緒の中学校に行ってあげられなくて。他にも色々あると思う。許してくれなくていいから、謝罪は受け取ってほしい」


 すると、瑞葉の様子がおかしくなった。

 瑞葉の心にピキッと亀裂が走ったのだ。


「ぐすん……ひっく」


(ん?)


「わあああん……! えーん。ひっく。あたしが悪かったよー。凛翔は悪くない。今すぐあたしを殺して」


 泣き出したのだ。しかも大声で。


「ごめんって。泣かないで、ここ廊下だから」


(そういえば、小学校の頃も俺が運動会で転んで怪我したら、こいつ泣いてたな)


 理由は分からなかった。

 ただ、本人によると瑞葉は怪我をしているのが、痛々しくて見てられなくて、可哀想で泣いていたらしい。

 そして、しまいにはそのグラウンドを呪っていた。


 どうやら、凛翔が怪我したり、謝ったりすると泣くという事が分かった。


「何で泣いているんだ?」


「だって……凛翔に謝らせちゃって。あたしのせいなのに。自分を責めて責めて責めて。だから、苦しくなって……だから、もう謝らないで」


「うん、分かった、もう謝らない」


 瑞葉が泣き止むと、群衆は離れていった。


 そして、瑞葉に腕を引かれ、人気の無い場所に連れて来られた。


 瑞葉は自分の人差し指を凛翔の唇に当て、こう告げた。


「放課後、屋上に来て。待ってるから」


 凛翔は頷いた。

 だけど、恐怖心が胸にうごめく。瑞葉と二人きりは怖い。本能がそう察している。


 瑞葉はニヤニヤと気持ちの悪い不気味な笑みを溢しながら、凛翔を見つめた。


 そしてまた、瑞葉に腕を引かれ、教室へと戻った。


 手をひらひらさせ、去っていく彼女の後ろ姿がとてつもなく怖かった。

 放課後、屋上で何されるのだろうか。

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