【怖い商店街の話】 メガネ屋

真山おーすけ

メガネ屋

その日、いつもメガネをかけている真奈美が、体育着に着替えようとした時にメガネを上着に引っかけて床に落としてしまった。そこに、たまたま私の方へ走って来た由香里が、落ちたメガネを踏んでしまって耳に掛けるアーム部分を折ってしまった。由香里はすごく謝りながら弁償すると言ったけれど、真奈美は自分の不注意だからと断っていた。それでも弁償すると引かない由香里に、ならばと修理費の半分を支払うということで事態は収まった。


真奈美はかなり目が悪くて、メガネがないととても不便そうだった。女子トイレに入ろうとして男子トイレに入りそうになるし、階段は踏み外しそうになるし、ミルクコーヒーを買おうとしてブラックコーヒーを買って、思いっきり吹き出していた。


ああ、これは早くメガネを直してあげないと、と思って、私と由香里が付き添いながら、学校帰りに真奈美がいつも利用しているという商店街のメガネ屋に行くことになった。


私も由香里も商店街にはよく行くのだけれど、メガネ屋に入るのは初めてだった。店の前に置いてあるメガネ洗浄機の中で、分厚い黒縁眼鏡が洗浄されていた。


自動ドアが開くと、女性の店員さんが「いらっしゃい」とこちらを見て微笑んだ。そして、真奈美の顔を見るなり、「どうしたの。パッドが合わなかった?」と親しげに声をかけていた。真奈美は私たちに合図をすると、受付の椅子に座って壊れたメガネをテーブルに置いた。店員さんはそれを見ながら、「あらあら」と声を漏らしていた。


私たちは修理依頼が終わるまで、店の中で待つことにした。真奈美と店員さんが、修理の打ち合わせを始めたので、私と由香里は飾ってあるメガネを物色し始めた。始めて入るメガネ屋に、興味津々だった。


店内の棚には、色々な種類のメガネが置いてあった。度の入っているものから入っていないもの。縁のあるもの、ないもの。偏光レンズとかいうものもあって、サングラスなんかも置いてある。想像以上に、おしゃれなメガネが並んでいた。


由香里は、度の入っていない縁がピンク色のおしゃれメガネをかけた。


「どう、似合ってる?」


「うん、似合ってる、似合ってる」


私がそう言うと、由香里は「買っちゃおうかなぁ」と言いながら、値札を見て顔を青ざめた後、そっと元の場所に戻した。そして、安くておしゃれなメガネがないかと、由香里は飾ってあるメガネを探り始めた。私も、何かないかと周りを見回す。


すると、サングラスコーナーに目がいった。ディスプレイスタンドに飾られたサングラスは、色々な形のものがあって、レンズは定番の黒や茶色の他に、黄色やピンクのものまでがあった。私には、どれも厳つい男性が掛けているようなイメージのものばかりだった。その中で、ティアドロップンズというナスのような形をしたサングラスを見つけ、私はそれを取ってかけてみた。


「ねー、由香里。どう?」


私は振り返って由香里に声をかけると、私のことを見た大爆笑した。


「どう、似合う?」


「似合う、似合う。それっぽい」


それっぽいって何よ。と思いながら、爆笑している由香里を尻目に次のサングラスを探した。次に手に取ったのは、小さな丸型の黄色レンズのサングラスだった。


「どう?」


と振り返ると、由香里は「やっば」と言って吹き出した。私はしてやったりと、次にウケそうなサングラスを探した。


ふと目に入ったのは、レンズが青色のグラデーションがかった綺麗なサングラス。私はそのサングラスをかけて振り返った。


「ねぇ、見て」


と言いかけたところで、私は言葉を飲み込んだ。


由香里の隣に、今までいなかったふくよかで白髪交じりの背の低いおばあさんが立っていたから。ドアが開いた音も、誰かが入ってきた気配もなかったのに、おばあさんは確かに由香里の隣で受付の方を見て立っていた。由香里は私の方を見て、「かっこいいじゃん、それ」と笑っていた。私は、「そう?」と言いながらサングラスを取った。


すると、由香里の隣にいたおばあさんの姿が消えた。


「えっ?」となり、もう一度サングラスをかけると、おばあさんは由香里の隣に現れた。


「どうしたの?」


由香里が怪訝な顔をしてそう言った。


「ねぇ、由香里。ちょっと右手を水平に上げてみて」


「なんで?」


「いいから」


由香里は不思議そうに、言われるがまま右手を肩の辺りまで上げた。その手は、横に立っているおばあさんの体をすり抜けた。


「何か、感じなかった?」


「はぁ、何言ってるの?」


「ううん。ごめん、何でもない」


訳が分からないと、由香里は不機嫌になった。由香里には、おばあさんの姿が見えないようだ。私もサングラスをかければおばあさんの姿は見えるが、サングラスを目から外せば見えなくなる。不可解すぎて何度も繰り返していると、横を向いていたおばあさんがこちらを振り返りそうになった。私は、驚いてとっさにサングラスを取った。


「ねぇ、マジでどうしたの?」


由香里が、私の方を見て心配している。


「な、何でもないよ。このサングラス買おうかなって」


「え、マジで?」


由香里が呆れ気味で言った。


「そんなにダメ?」


私はそう言いながら、もう一度サングラスをかけた。


すると、さっきまで由香里の隣にいたおばあさんが、私の目の前に現れた。そして、私を見上げながら「お嬢ちゃん、イカしてるねぇ」と親指を上げてニッカリと笑った。その笑顔はしわくちゃで、口は歯茎がむき出しの小さな歯が一本だけ見えた。


私は驚いて悲鳴をあげながら、サングラスを外した。慌てすぎて、危うくサングラスを床に落とすところだった。


「さっきから何? 怖いよ、マジで」


由香里が心配そうにそう言った。


すると、受付の方から声が聞こえた。


「こらー、おばあちゃん。お客さんにまたいたずらしないのー」


女性店員さんは真奈美の前で書類を書きながら、こちらを見るわけでもなくそう言った。真奈美も由香里も、首を傾げていた。真奈美もどうやら見たことがないようだ。私はそっと、サングラスを元の場所に戻した。


そして、店から出ようとした時、「またおいで」というおばあさんの声が聞こえたような気がした。

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