第41話 ルーラン家の最後



時は少し遡る。


我らは黒騎士…我らの忠誠は黒薔薇であるフルール様にのみ捧げられる。


『黒薔薇』を枯らすような存在は…例え王であろうが敵だ。


今回の我々の目的はルーラン公爵夫婦、および長男の暗殺。


そして、公爵になりすまし使用人を無事解雇する事だ。


「それでは任せたぞ、黒の30番」


「また俺ですか? 真っ昼間から正面から入って三人を暗殺して誰にも気づかれずにその死体を処理するなんて無茶苦茶ですよ」


「と30番が言っているが、こんな簡単な事此奴、出来ないらしいぞ! こんな簡単な事出来ない奴なんて居ると思うか?」


「まぁ黒騎士には居ないわよね」


「赤ん坊でも出来るお使いみたいな仕事だな」


「だな」


此処には黒騎士総勢30名で来ている。


だが、この任務に参加するのは5名。


そして残りの4名は俺に全部やらせて自分は何もする気が無いらしい。


「出来ないとは言ってないですよね…30番は辛い、折角黒騎士になれたのに実質ただの使い走りみたいなもんですからね」


「黒騎士になったからには『お前が一番欲しい物』は手に入ったのだろう! ならば文句は言うなよ」


黒騎士の契約。


その最初の報酬は『当人が1番望む物』それが貰える。


それは復讐であったり、大切な存在の命だったり様々だ。


なかには重犯罪者で『それを無かった事にする』なんて物もあったそうだ。


此処に居るという事は『それをフルール様から貰った』という事だ。


以前にリーダーの1番に『王位』や『王妃との婚姻』を望んだらどうなるか聞いたことがある。


『それが心からの願いなら『黒薔薇』は動く…だがふざけた理由なら』


ふざけた理由ならどうなるかは…怖くて聞けなかった。


「はいはい…確かに頂きました」


俺が願ったのは『母の幸せ』


母子家庭でスラムで育った俺は母の苦労を見て育った。


そして、それは叶えられた。


そんな願いを叶えて貰えた俺がフルール様に忠誠を誓わないわけが無い。


軽口を叩いているが…やらない選択は無い。


それに仲間は『俺なら1人で出来る』そう信頼したから任せられたのだ。


その期待を拒む事など俺はしない。


こうして俺は1人でルーラン公爵家暗殺を行う事になった。


俺はまず、公爵家の使用人を一人見つけて軽く当身をあて気絶させ、納屋に放り込んだ。


可哀想だから金貨10枚を布袋に入れメモとして『退職金』とかいた紙と一緒に胸元に入れておいてあげた。


俺って親切だと思うだろう?


敵以外には優しいんだ。


そのまま屋敷に入るが誰も俺には気がつかない。


俺の黒騎士での字(あざな)は『影無し』


何処にでも入り込み気がつかれない事からついた字だ。


究極のモブ、何処に居ても違和感が無く感づかれない。


それが、俺独自の能力だ。


だが、最後に入ったからか誰もが『30番』としか呼んでくれない。


決して実力が30番目という訳じゃないんだ。


何食わぬ顔で中に入り込み、俺は簡単にルーラン公爵家族に近づく。


フルール様の家族であるが…捨てたのだから俺達にはただの敵だ。


「お前は誰だ、なにかようか?」


『公爵様、申し訳ございませんが死んで貰います』なんて言わない。


こんな事言うのは物語の中の人間だけだ。


実際のプロは声なんて出さない。


一瞬で近づくと長く細い針を首筋に突き刺した。


この針は凄く固く、そして鋭い。


「ひぃ..」


馬鹿な奴だ。


怯えないで廊下に出て叫べば助かった可能性はあった。


それすら出来ない。


しかしクズだ…


驚きながら、針が刺さって死ぬまでの間に、子供に手を伸ばそうとしない。


子供を愛する親なら、最後の行動は子供に手を伸ばそうとする。


その『愛ある動作が無い』


そのまま首筋から長い針を心臓まで打ち込み絶命させた。


「お金ならあげますから、だから殺さないで下さい…せめてこの子だけでも」


俺はそれに答えず針を心臓に打ち込む。


夫人は死の瞬間は母だった。


子供を庇うように抱きしめて死んでいった。


「たた助けて…お願いだ…助けて」


子供であっても『黒薔薇』を捨てたのだ…その責めは負わせる。


ただ、慈悲を与え、母と同じく楽に殺してやろう。


「怯えなくて大丈夫だよ! 俺は優しいから一瞬で楽に殺してあげる」


そういいながら心臓に直接針を打ち込んだ。


◆◆◆


声を殆どあげる間も無く一瞬で殺す。


それが俺の得意な殺し方だ。


どちらかと言えば苦痛なく殺すのが俺のスタイル。


黒騎士である以上は『最大の苦痛を与え拷問の末殺す』事も可能だ。


殺さない選択は無いが…恐らく『楽に殺してやる』それが黒騎士の上の数の存在が決めた慈悲なのだと思う。



俺という人選をし楽に殺すように命じた事が、恐らく『フルール様の家族だった者』への最後の慈悲なのだろう。


俺は通信水晶を使い仲間に連絡をした。


「3名の暗殺に成功、このまま公爵に成りすまし使用人を解雇します」


「了解」


公爵から服を脱がし、着替え3名の死体をベッドの下に放り込んだ。


これでこの部屋を掃除するまで誰も死んだ事に気がつかない。


俺は『顔無し』から貰った特殊マスクを被った。


黒騎士の先輩に、どんな姿にもなれるという『顔無し』という存在が居る。


本来なら此処からは彼の出番だが、フルール様が絡まないせいか、目一杯サボる。


こんなマスクを渡して「お前がやれ」だとよ。




宝物庫の鍵をあけて中を確認した。


そして、執事を捕まえて使用人を集めた。


「何があったのですかご主人様」


「実に不味い事になった。娘を他国に嫁がせた事で儂に謀反の疑いが掛かってしまった。仲の良いバルダーク伯爵からの手紙では暫くしたら国軍がこちらに責めてくるという話だ」


「そんな、それで旦那様はどうするのですか?」


「私達家族はもう助からない、だが使用人のお前達迄死ぬ事は無い。1人金貨10枚渡すゆえにすぐに屋敷から立ち去るが良い、解雇した使用人にまで咎が行く事はあるまい」


「旦那様」


「御主人様」


「「「「「「「「「「「「「「「ご主人様」」」」」」」」」」」」」」」


「時間が惜しい、さぁ今から金貨を配るゆえ、それを持って立ち去るが良い。宝物庫の物は足がつくから無理だが、それ以外の物で欲しい物があれば持っていって構わぬ。ただ、最後の時はゆっくり家族で過ごし、死を迎えたいからななるべく急いでくれ」


全員が悲しそうな顔で見ているが、俺は何も感じない。


俺は公爵で無いからな。


使用人の中にはフルール様の顔見知りもいるし、フルール様に良くしてくれた者もいる。


この位はしてやるべきだ。


流石に金貨10枚も貰えると解ってか行動が早い。


俺は全員に金貨を払い終わるとベッドに寝ころんだ。


後は彼らが最低限の荷づくりをして此処から出て行くのを見送るだけだ。


1時間位はたっただろうか?


「ご主人様、私で最後でございます」


「そうか、儂達の分まで達者で暮らすのだぞ」


「はい…」


「そう悲しそうな顔をするな、今迄ありがとう」


「ご主人様勿体なく思います」


こんなにも使用人に慕われているのに…ルーラン公爵も馬鹿な事をしたものだな。


王家との繋がりという欲が人を変えたのだろう。


俺は屋敷から最後の使用人が立ち去るのを確認すると三人を吊るして仲間に連絡をとった。


「コンプリート」


◆◆◆


「これが俺達の退職金代わりか?」


「そうね、流石はフルール様太っ腹だわ」


「全員で均等に分けろと言う事だったから1人当たり金貨2200枚(2億2千万)か、働かないで暮らせるねぇー」


「それでお前達はこれからどうするんだよ?」


「フルール様に『これから自由に生きなさい』って言われたわね」


「『自由』なんだから、別に黒騎士を続けてもいいんじゃない」


「まぁ、何か遊び半分に仕事をしながら、フルール様が困ったら助けるとか」


「あのフルール様が困ると思うか?」


「困らないな、しかもあの方が惚れた男が傍に居る」


「あのおっかないフルール様が女の顔をしていた位だからな」


「それじゃ解散か」


「そうだな、ルーラン家が無くなったのだから解散か」


「まぁ『自由』で良いんじゃないか? 俺は面白そうだから暫くフルール様の傍で遊んでいようと思う」


「そうだな、冒険者にでもなって暫く傍で遊んでいるか」


「そうだな」


結局、黒騎士達の半数が『暫くフルールの傍で遊ぶ』事を選んだ。


「おい、変なのが来たぞ」


「何だ、あれ」


「まぁ良い、俺達はずらかるから30番頼んだ」


「また俺ですか」


仕方ない。


◆◆◆


「ルーラン様のお屋敷の方ですよね? あの屋敷には沢山の使用人が居たと思うのですが何かあったのでしょうか?」


「貴方はどなたでしょうか?」


「私はライダと申します。昔父と母がルーラン公爵様に、大変お世話になった物ですから、気になりまして」


「そうかい、今はいかない方が良いよ! ルーラン様がね、王様を怒らせてしまってね。お咎めを受ける事になったんだ。それで使用人も咎められたら可哀想だと言い出して全員解雇なさったんだよ。自分の命すら危ないというのに、退職金に金貨まで下さって、あんなに良いご主人様だとは思わなかったよ」


此奴、俺達と同類の臭いがする。


俺をきな臭いと思わない三流以下だけどな。


「そうですか、まだルーラン公爵様はいらっしゃるんですね」


「まだいますが、今は誰とも会わないと思いますよ」


「そうですか」


さてと、後でこいつ等驚くだろうな。


使用人を探して話を聞いても…真実は解らないんだから。



◆◆◆ 


時は更に遡る。


「貴方は黒騎士、黒の3番」


流石は私の黒騎士。


王城にまでくるとは思いませんでしたわ。


「フルール様、一体どうしたのですか? 何故本当に奴隷になってしまったのですか?」


確かに。


少し前まで私は少し腹がたっていましたわ。


ですが、どうでもよくなりましたわ。


「そう言えば、私が居なくなった後の貴方達は何をしていたのですか?」


「一応表向きは解散ですね。ですが我々の忠誠は貴方にあります。貴方からの命令一つでルーラン家の公爵は元より王族であっても」


「今は興味ありませんわ」


「フルール様?」


「私、恋をしましたの」


「えっ、フルール様がですか?」


「その顔はなんですの、私だって恋位しますわ。今迄は、私の目に止まる男が居なかっただけですわ」


「そうなのですか?私はてっきりフルール様は拷問や暗殺が恋人なのだと思っていました」


「貴方、死にたいの?」


「死にたくはないですね《こんな顔は見たことが無いな》」


「冗談よ…そうね、今迄『ルーラン家なんてどうでも良い』そう思っていたけど、あのまま誰かに持っていかれるのは癪ですわね」


「フルール様?」


「どうせ、私達が居なくなり、誰かに食い物にされるなら『貴方達の退職金』にしちゃいなさいな。ただ使用人にはお世話になった人も居るから幾ばくかのお金はあげてくださいな」


私は、ルーラン公爵家の財産を黒騎士の退職金代わりに与える事にしましたわ。


本当に義理固いですわね。


何時でも自分達だけで好きにも出来ますのに…


私が許可しないと何もしないなんて


「本当に宜しいのですか」


「どうせ『黒薔薇』と『黒騎士』の居ないルーラン公爵家なんてすぐに終わりますわ。それなら今迄私に仕えてくれたのですから貴方達に退職金としてあげますわ」


「フルール様が言うなら、有難く頂きます」


散々汚れ仕事をさせられていたのですからこれ位当然ですわね。


◆◆◆


しかし、本当に律儀ですわね。


金貨2200枚入りの収納袋が届けられ『フルール様の分です』って。


まぁ折角のご厚意ですので頂きますわね。


お姉さまは…態々他国迄行く必要はありませんわ。


後ろ盾が何もない女が王城で真面に生活が出来る訳ありませんわ。

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