中
小競り合いは続く。
大規模な戦いこそ恐れたように控えられたけれど、魔族と人間とがその悪感情から発展した戦いに興じることはよく起こった。
昼に布陣してののしりあって戦って、日が暮れるとどちらからともなく撤退して、『こちらが勝った。相手は臆病にも逃げ帰った!』と大騒ぎ。
一度たりとも『敗戦』はなくなっていた。お互いにだ。両方とも決定的な敗北がないから勝利だと騒いで、しかし得るものもないから祝勝会を積み重ねていく。
酒と食べ物が毎日のように豪勢に振る舞われて、けれど世界にはそこまでの余裕がない。
軍人や軍人を名乗るだけの乱暴者は『徴発』という理由で村々から食べ物や家畜、それに女子供までを連れ去って行き、味方による味方への被害がだんだんと無視できなくなってきた。
けれどそれは分厚く高い城壁に守られた都で暮らす人たちにとってはどうでもいいことだった。
本当はどうでもいいはずがない。家畜や畑がそうやって場当たり的に荒らされて、管理すべき人が消えていき、民衆の不満が高まっている。後にどのようなことを引き起こすのか予想できないほど能力の低い者は、都の首脳たちの中にはいなかった。
ただしそれは『きちんと向き合う気があれば』の話。
首脳にとって恐ろしいのは、戦う力もない民衆の不満ではなかった。
彼らが頭を悩ますのは、『もっと決定的な勝利を!』と大きな戦いを望む軍人たちへの対応だった。
「聖女はどこへ消えたのだ」
白亜の王城で毎日行われている会議は、けっきょくのところ、毎日そういう話題に行きつく。
怪我人が前線復帰できない。
死傷者が増えている。大きな戦いがないにもかかわらずだ!
「愚かな軍部め……! なぜああも我慢が利かない!? 今は大戦に備えて力を溜め込む時だというのに、くだらない小競り合いで兵を離脱させ! 毎日の宴会で兵站を失い! しかも死傷者に報償を払えだと!? ふざけているのか! 勝手に戦って勝手に死んでいるくせに!」
首脳が命じた戦いは、聖女と女神が消えてから、一度たりともなかった。
だからこそ軍人たちは焦れて勝手に戦っていると、そう思われていた。
けれどこういった小競り合いは実のところ、前々から常に起こっていたし、その頻度も変わっていない。
では今までなぜ問題にならなかったかと言えば、それは聖女のお陰だった。
聖女の癒しの力は、死んでさえいなければあらゆる者を快復させる。
そうして癒された人々は何事もなかったかのように軍務に復帰していた。
軍の現場司令官は『小競り合いで傷つきました』などと馬鹿正直に首脳へ報告しなかった。
だってそれは命令無視で、そんな報告をすれば自分の立場がおびやかされるかもしれないじゃないか。なぜ兵卒どもが勝手にしたことで自分がおしかりを受け、悪くすれば出世への道を閉ざされないといけないのかわからない。
それに軍人は一人の怪我人も死人もないのだ。兵数は変わらない。ならば報告の義務だってないはずだ━━
兵卒には兵卒の論理もあった。
目の前には魔族軍がいて、連中はこちらを『惰弱』だとか『臆病』だとかののしってくる。
こういう舐めたことを言う相手には多少手を出してもいいだろう。なぁに、今までだって手出しして無事に済んでいた。魔族どもの兵数は減っているのにだ! ということは、連中は弱い。どれ、いっちょナマイキな連中に立場をわからせてやりますか!
……しかし、魔族は弱くない。
数こそ人が上回っているけれど、一体一体が人より強い。
それでも今まで無事だったのだから大丈夫だろうと思った。
大丈夫じゃなかった。
聖女が替えの利かない人材なのだとわからされながら、死んでいく。
その時に彼らは決まって『聖女さえいれば』と思うのだけれど……
それは謝罪でも後悔でもない。
『聖女のやつめ、どうしていない! てめぇがいれば、俺たちは無事にすんだのに!』
『聖女に選ばれたんだから、その責任を果たせ!』
『くそ、お前のせいで俺たちは、死んでいくんだ』
最初から自分たちを救わなかった者と、途中まで自分たちを救っていた者。追い詰められた人がそのどちらを恨むかといえば、『途中まで自分を救っていた者』なのだった。
怨嗟の声は幾重にも広がり、聖女をさっさと連れて来いという叫びになって、『聖女を連れ戻すこともできない無能な連中』として国家の首脳たちへの訴えになった。
兵士たちの剣や槍は、いつのまにかそのきっさきを敵の方から味方の方へと変えている。
その殺意と怨嗟は国中、大陸中にうずまいているけれど……
◆
霊峰にある勇士の館には、今日も静謐があった。
鳥のさえずる声ぐらいはする。たまに吹き抜ける柔らかい風の音はある。
火をくべたたきぎが燃えて、たまにバチっと弾ける。かまどの上の鍋がぐつぐつと音を立てている。
まな板の上に置かれた食材に包丁を押し付ければ、ことん、と刃がまな板を叩いた。
『お父さんは畑のお世話。お母さんは家のお世話』
たぶん国の人が聞けば『今はそういう時代じゃあないよ』と言われるだろう。お父さんもお母さんも畑の世話をするし、お父さんは兵士になる。そのうち戻ってこなくなって、お母さんが全部やるようになる。そういう時代。
けれど聖女は物語の中でしか家族を知らない。
すべては生まれつき額にある桃色の石のせいだった。
聖女として生まれた彼女はすぐに両親から引き離されて、神殿の中で隔離されて育てられた。
友達はたくさんいた。
神殿で自分を世話してくれた恩人たち。
神殿でともに育った高位神官の娘たち。
彼女たちは友人だった。間違いなく心を許したことがある。
でも。
『どうしてアンタがいるのにお兄ちゃんは死ななきゃいけなかったの!?』
『私の息子を助けてください、聖女様……! どうか、どうか!』
『人一人助けられなくって何が聖女よ!』
『なぜ行ってくださらないのです!?』
『『なんのために、ここまであなたと親しくしてきたと思っているのですか!』』
聖女は一人しかいなくて、戦場はいくつもあった。
聖女は無限の生命力と瞬間的な移動力がある謎の存在ではなく、人間でしかなかった。
戦争が激化するにつれ手が回らなくなることが増えた。応えてあげたかった。でも、不可能はある。
知っていても救えない。知らないものは当然救えない。
だというのに、助からなかった者たちの近縁者たちは、みんなみんな聖女の怠慢が原因なのだと怒る。
……そうでもないとやりきれないのはわかりつつ。
『やりきれないから』で悪し様に言われるのは納得がいかない。
それに比べて、お父さんと娘はといえば……
『お母さん、大丈夫かい? なんだか包丁の扱いがおぼついていないけれど』
料理を担当すると言った時に、腕前を見てもらった。
そうしたら、そんなふうに言われてしまったのを思い出して、聖女は思わず、笑う。
できます、と意地になって言えば、彼はおろおろしながら背後で見守ってくれた。女神はどこかあきらめた表情でぼんやりしていた。
そうして出来上がった料理の感想は━━
『……僕はほら、たいていの毒は効かないから』
『神には限度がある。この分霊はさほど丈夫ではないのだ』
『まあ、そのうち慣れればいいんじゃないかな』
『死にはしないので止めぬ』
すごい、なんにも期待されていない。
だから聖女は今日も料理を続ける。
彼女が知っている『家族』は、お母さんが料理をするものだから。
でも、それ以上に、もう、これが『自分のしたいこと』だから。
失敗まみれで期待されなくて、それどころかフォローされて慰められる。
完璧を求められない、普通の人生。
たぶんこれが、『聖女』のままでは得られなかったものなのだと、彼女はとっくに確信している。
◆
不安はどうにか誤魔化さないといけない。
不満はどこかへ向けなければならない。
たとえば魔族四公は考えた。
あの魔王が姿を消して、どうするか?
すでに結構な時間が経っている。だからもう、何もしないのかもしれない。あるいはあの時に、女神か、もしくは聖女の力で死んだのかもしれない。
それでも死体を確認するまで魔族は不安でたまらなかった。【王権】は命令たった一つで魔族が積み上げたものすべてを壊すこともできる力だ。
それまでの苦心も苦労も、喜びも怒りも、すべてたった一言で『おじゃん』。
積み上げたものを崩されるのは、許せることではない。
自分が誰よりも努力しているのは自分が一番知っている。その自分の尊い努力を無にしてしまうような相手がどこかに潜伏しているのなんて、落ち着いていられるわけがない。
ならば、探さねばならない。
人の相手などしている場合ではない。探さねば。なんとしても魔王を探さねば。その死体を見つけねば。生きていれば殺さねば。
最初からそうすればよかったという後悔ばかりが募る。
こうして魔族は魔王殺害を至上目標においた。
一方で人の首脳は考えた。
自分たちがこんなに毎日を不安で忙しくしているのはなぜか。兵士や民から不満が上がるのはなぜか。
すべて聖女のせいだ。
聖女が消えなければこうはならなかった。たとえばはっきりと死んでいてくれれば、もういない聖女を探せなどと言われることはなかったはずだ。
噴出し続ける愚民からの不満が、足元をぐらぐらと揺らし続ける。
誰かが生贄となってその荒ぶる不満を鎮めなければ、連中はきっと権力の座に就く尊い自分たちに不遜な恨みをぶつけようとするだろう。
なんてひどい、理性のない、理解力のない連中なのか!
どれほど自分たちが民に尽くしてきたかをまったく理解していない。今の暮らしが誰のおかげであるのかを理解していない。
これほど尊い自分たちの中から、あの無能で恩知らずな連中を鎮めるためだけに生贄を出せというのか? 冗談じゃない!
生贄となるべきは、聖女だ。
公開処刑が必要だ。愚か者どもの意識を逸らすためのパフォーマンスが必要だ。
生きていれば捕らえて殺そう。死んでいればその死体を辱めよう。そうすることで冷静になった愚か者どもは、きっと思い出す。恩を思い出す。尊い者に尽くす喜びと、それに逆らった時にどれほど恐ろしい目に遭うかを思い出す。
だから、探さねばならない。
人類の、意思決定をする者たちにとって最上の命令は『聖女捜索』になった。
こうして。
人と魔との、一時的な和平は締結される。
魔王と聖女を殺すため、生きとし生けるものたちは、手を結んだ。
◆
「すごい、料理になってる」
「……もしかして失礼なことを言ってます?」
食卓で潰れたふかしイモを頬張る魔王はサッと視線を逸らした。
本日のメニューは潰れふかしイモだ。
この料理はとにかく根気が必要で、まずはイモを茹でる。すごく茹でる。
イモというのは案外茹で上がらない。火加減を維持しながら茹でる。火のそばということもあって、その作業は汗をにじませながらする大変なことだった。
次に皮を剥く。あつあつのイモの皮を剥くのだ。
熱くないとうまく剥けないから、火傷しそうなのをこらえて剥いていくことになる。
茹でる前に剥けというのは却下だ。聖女には食べ物を粗末にする趣味はない。剥いた皮の方が実より重いなんていう不条理を避ける使命がある。
そして潰す。ものすごく潰す。
ダマが消え去るまで潰す。すべての固形物を消し去らんと気合を込めて潰す。力仕事だ。『お母さんの仕事』のイメージと違う。
だからお話の中に出てくる『お母さん』はたいてい恰幅がよかったのかと納得してしまう。この作業は腕力ではできない。うまく体重をかけることがコツで、軽くて小さめの聖女からすればとても大変だった。
そうして出来上がったのが潰れふかしイモ。
以前にふかしたイモの皮を剥くのが面倒すぎてぐしゃぐしゃに潰して皮を口の中で取り除きながら食べたことから生まれたメニューである。
スプーンいっぱいに潰れふかしイモを乗っけて大口を開けて頬張る女神は、無表情ではあるが満足そうだった。
虹色の綺麗な瞳がこころなしかキラキラしている気がするし、そもそも、普段の料理はあんなにほっぺたがパンパンにふくらむまで口に入れない。つまり成功だ。聖女はグッと拳を握りしめた。
「いやしかし、うん、比較的とてもおいしいよ」
「うむ。比較的とてもおいしい」
「あの、気になる一言を入れないといけない決まりでも?」
「自分の力量を冷静に見極められた料理だと思う」
「うむ。今日の『お母さん』は冷静であったな」
「いつも狂乱してるみたいに言わないで?」
「まあ、ゆっくり覚えていけばいいよ」
「そうだな。期限はあれども時間はある。神の尺度からすれば、人の一生など短いものだ」
「最後にフォローしないで?」
とはいえ聖女はこれまでそれなりにいいものを食べたこともある。
だから自分の料理が『料理』と呼べるレベルにないこともわかってはいるのだ。
現場に出るようになってからは、時間がなくて屋根のある場所で寝ることもなく、いわゆる軍用食ばかりになっていた。しかし幼いころには精一杯の『おもてなし』をされたし、テーブルマナーなども覚えさせられたことがある。
まあ、貴族との会食などしている暇があるなら現場に出た方がより多くの命を救えると思ったので、テーブルマナーが役立ったことはなかったけれど。
これからはきっと、時間もあるのだろう。
「そのうち、昔食べた宮廷料理も再現してみせます。鳥ぐらいは、とれるようなので」
「「肉の取り扱いはやめておいた方がいい」」
「なんでですか!」
そりゃあもちろん、新鮮なうちに羽をむしったり、内臓をとったり、血抜きしたりとやることが複雑で多いからだ。
そして失敗した時の危険性が野菜や穀物の比ではない。
この『勇士の館』あたりにある野菜は火さえ通せばとりあず大丈夫なものばかりだが、鳥はどうにも野生なのだし、魔王は大丈夫でも女神は体調を崩すだろう。何せこの女神、体の頑強さは本当に見た目相応、子供なみなのだから。
「まあ、僕が見本を見せようか……」
「ええ!? 料理ができるんですか!? 魔王なのに!?」
「確かに僕は他の魔族と違って魔力さえあれば生きていけるけれど……それでもほら、人間の偉い人との会談に備えて、テーブルマナーを覚えようとしていたからね。かといって人間の料理なんていう『惰弱』なものを作ってくれる人もいなかったし、結果として一通りこなせるよ」
「そんな馬鹿な……」
「いやそこまで言うこと?」
「女神から提案なのだが、お母さんはお父さんに料理を習うところから始めるべきだと思う。これは神託である」
「こんな神託がありえていいんですか?」
「まあ神託ならしょうがないからそういうことにしようか。僕も次から料理場に立っていいかな?」
「調理場はお母さんの戦場なんですよ……」
「今は普通の戦場だって男女関係なく立つじゃないか……」
「……わかりました。神託ならしょうがない……」
聖女はしぶしぶ承諾した。
こうして第二勢力が戦場に降り立ち、家族の兵站事情はすさまじい勢いでの改善を見せることになる。
いくつもの日が経過して、家族ごっこはそれでも続いている。
目的のない遊びはいつの間にか骨身になじんでいて、まるで最初からこうだったのではないかというぐらい、自分の基礎になりつつあった。
神の力はいずれ消え、この楽園は雪に閉ざされるだろう。けれどそれはどうにも聖女が死んだずっとあとのようだし、魔王もたぶん、そこまで人から外れた寿命ではないだろうなとなんとなくわかっている。
唯一の不安だった女神も、今の分霊にはほとんど権能が残っていないようで、人なみの寿命で死んでしまう。あるいはもっと短いのだとか。
だからタイムリミットはあっても、わりと長い。
ゆっくりこの生活を楽しむことができる。
そう思っていた。
◆
人と魔は足並みをそろえて魔王および聖女の捜索に入った。
女神を探すことにさほど力が入れられていなかったのは、あの女神にそれほどの力がないとみなされていたからだ。
実際、ただの大人が集団でかかればやすやすと取り押さえられる女神など、【王権】や種族特徴としての基礎能力を持つ魔王や、死んでさえいなければあらゆる人を癒す聖女より優先順位が低い。
しかし一点だけ警戒されていたのは、あの時の『フッと消えた現象』だ。
大人数に見守られる中央で三人は一瞬にして掻き消えた。
これが女神の力ならば見つけても逃亡される可能性がある。そこだけは警戒され、『基本的に女神は探さないが、もしも三人、あるいは女神と誰かがいっしょにいた場合、まずは女神を殺す』ということになった。
ネタばらしをしてしまえばこの方針に意味はない。
分霊でしかない女神はただの一度奇跡を行使しただけでもはや力を失っていた。
そのようなことを知らない人々は謎の現象がもう一度起こるものとして準備を進めた。できれば遭遇しないように。遭遇したらすぐさま念入りに殺すように。
そういった方針の共有がかなうぐらいに人と魔の足並みはそろっていた。競い合うように捜索を続けることで捜索効率も高かった。
保身のために合理的となった人々は表面上力を合わせて捜索活動をしていた。
もちろん魔族が先に魔王を確保し、その死を確かめるか殺すことができれば、あとは『聖女探し』に必死な人類の背後を突くだけだし……
逆に人が聖女の処刑を終えてしまえば、魔族の隙を狙った総攻撃をするつもりだった。
けれどこの時だけは協調し……
ある人が、見つけた。
めったに人の近寄らぬ霊峰。一年通して吹雪が続くその土地に、本当に久々の晴れ間が差した。
そうして、遠くの山の上にある、不自然な雲の切れ間が発見された。
それはあまりにも神の奇跡めいていた。
だから魔族と人は軍勢を率いて霊峰へと進んだ。
……そこに聖女や魔王がいる確固たる証拠はないはずなのに、捜索するすべての人たちが、まるで『そこに自分たちの前から消え失せたすべてがいる』と確信しているかのような行動だった。
それは仕方ないことだろう。
彼らが本当に欲していたのは『区切り』だ。
あの時、消えてしまった聖女や魔王はもう死んでいるかもしれない。
でも生きていたら嫌だからこうして探している。
言ってしまえば、『いなかった』と発表できる何かがあればよく、不自然すぎる……神なる雲の切れ間を『捜索した』という実績がほしかった。
人は『聖女は死んでいた』と言えればそれでいい。
適当な平民女の死体でも飾れば愚かな民を納得させることはできるだろう。
魔族が欲しいのは安心だ。
あの魔王が【王権】を使うとは思っていない。けれど万が一が怖すぎるから必死になっている。自分に『魔王はもう死んだ』と言い聞かせることができるだけの努力さえできたなら、もう生きているか死んでいるかわからないものに怯える生活を終わることができる。
かたちのない物を求めて、決死の雪山行軍が始まる。
命を懸けるほどの確信は何もなかった。きっと、命令している者が自分でこの猛吹雪の雪山に入らなければならないなら、この行軍は始まらなかっただろう。
誰よりも尊い自分の生命と安寧のため、権力者たちは兵を送り込む。
神はもう、この世界から視線を外していた。
◆
『あなたを生み出したのは、事後処理です。あなたはあの世界の終焉を見届けることになります』
決闘と正義の女神から分けられたこの存在は、己の発生理由についてそのように聞いていた。
『管理のためのリソースも無限ではありません。あなたはあの世界で祈りを捧げられ力を手にし神となってもいいし、渡した一度きりの権能を使って人を救ってもいい。魔族の味方となってもいいし、何もしなくとも構わない』
『それは、自由ということか?』
『いいえ、興味がないということです。もはや私は、あの世界に興味を抱けない。あなたが興味を抱いたならば、それでもいい。あの世界は失敗です。小さいまま熟れてしまった。大きさも形も最低基準に満たない。
発生したばかりの少女に主神の言い様はよくわからなかった。
ただし、とにかく好きにしていい、こうして説明をする時間も割きたくない、という気配だけは感じた。
『ただ捨てるわけにはいかんのか』
少女は問うた。
すると自分を発生させた存在は、舌打ちでもしかねないほど面倒そうに、こう応じた。
『ですから、捨てるのですよ。もしもそこであなたがまたこの領域にのぼるほどの存在になれれば、望外の喜びです』
それが最後の会話となって、少女は世界に降臨した。
神の『望外』など起こりうるかはわからない。
ようするに自分はなんらかのトラブルか、あるいは神が生きていくうえでどうしても避けられない事情で生まれてしまった何かであり、だからこの世界に廃棄処分されたのだと、最近そんなふうに理解した。
だってあれは、『お母さん』の態度ではなかったから。
どうやら『お母さん』はもっと接触が多くて、暑苦しくて、なんでもかんでも話しかけてきて、くだらない言葉をたくさん重ねて……
優しく抱きしめてくれる存在らしいと、最近、知ったから。
でも、ちょっとは子離れしてほしい。
「私は神であるぞ」
「違います。わたくしたちの娘です。ねえ、お父さん」
「うーん、まあ、そうだね。神らしいことも、魔王らしいことも、聖女らしいことも、僕らはここに来てから全然してないから」
「この庭に案内したのは私だ」
「では、神さまはそこでおしまいで、あとはわたくしたちの娘になるだけですね」
こいつ全然退かないな……と抱きついてくる聖女を片手で押し退ける。
けれど、まったくかなわない。
それはこの体に体のサイズなりの力しか残っていないからか、それとも……
このままでいいと、思っているからか。
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次回最終話
明日11時公開
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