第2話

 教会の祭司様が良くされるお話の中に、

「人は自分の『死』と同等と言えるほどの受け入れ難い不幸に見舞われた時、まず、その事実を否定し、その後、それは間違いようのない事実であると理解して激しい怒りを感じ、どうにかその事実を取り消せはしないかと取引を持ちかける。そうして、どうすることも出来ないと事実と己の不幸を嘆き悲しみ、そうやってようやく体が、その事実を受け止める準備が整えられるのです」

というものがあった。


 流行り病で亡くなる者も多い中、家族を失った者が多く教会を訪れたため、その悲しみを持て余す人々に対しての説法だったと思うのだけれど、今、私は、あの祭司様の言葉を思い出している。


 私は夫の浮気の事実を知った、しかも夫はその浮気相手と結婚する決意をしているようだった。私の父母が健在だった時とは違い、生家は叔父一家に奪われたような状態の中で、私には後ろ盾というものが一つもない。

 後ろ盾を失った妻よりも、老舗の商会の令嬢に鞍替えした方が得策と考えたのだろうけれど、それが利益を追求する商人らしいといえばそうなのだろう。


 私たちの間には、確かに愛はあったと思うのだけど、それは私だけが作り出した妄想だったのかもしれない。

 父の商会を引き継ぐ予定だった私は、物心つく頃から商船に乗って世界を渡り歩いていたから、気が弱くてはやっていられない。必要な時には、はったりの一つもかませなければ相手の食い物にされてしまう。


 会頭の妻として一線に出て仕事をする私の姿を見て、満足そうに笑っていたとは思うけれど、やはり夫もそこらの男と同じで、出しゃばらず、隣で淑やかに笑っている美しい伴侶がいればそれで良いと考える男だったのだろう。


 私がもっと違う態度を取っていれば、彼の自尊心を守るように配慮し続ければ、などと考える事もあったけれど、大きな取引に乗り出すという時に絶対に進んではいけない方へと行こうとする夫を放置する事が私には出来なかった。


 家を出て行ってから数日は夫の浮気を否定し、怒りでどうにかなりそうになり、どうにか夫を取り戻せないか・・・という事は考えなかったけれど、自分がやはり悪かったのかと落ち込み、全てを受け入れるまでに十日を要することになってしまったのだった。


 家を出て十日の間、夫が私たち親子に会いにくることは一度としてなかった。

 執事のベントンが口を濁しながら言うには、私が出て行った次の日にはクリスタ・ホルンルンドが屋敷に入りこみ、私の私物の全てを売りに出したと言うのだから驚きだ。

 息子の部屋にだけは手を出していなかったのが幸いと言えるのか。

 報告に来たベントンには息子の私物もすぐにまとめるように命じる事にしたのだが。


「お嬢様、エディット・ロンダ様からのお手紙がこちらの方へ来ていましたので、お持ちいたしました」


 最後にベントンが渡してきた手紙には、友人の、突然お茶会を中止にしてしまった事に対する謝罪と、今、王都で話題となっている離宮のカフェを予約したから一緒に行かないかという内容のものが書かれており、

「気分転換にはちょうど良いかしら」

手紙を読みながら独り言を呟くと、ベントンは少し心配そうな表情で口元に微笑を浮かべたのだった。

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