八、王都の姫(一)
「とうとう、帰ってきたわねぇ……」
宝劉は、安堵や疲労と共に言った。
城のある王都に足を踏み入れたのだ。長い旅路を越えてたどり着いた故郷だと思うと、感慨深いものがある。
どんな宿場町より活気のある都は、喧騒に包まれていた。通行人や物売り、客呼びの声や人の足音が、四方八方から飛んでくる。
「さて、行きましょうか」
まずは、王都の土地神に挨拶をしなければならない。
一行は、この国最大の神社に向かって馬を進める。
「いい天気でよかったわ」
「ええ、本当に」
彩香の声も、心なしか嬉しそうだ。
「殿下」
空鴉が後ろから声をかける。
「私と兄さんは、先に城へ戻ります。殿下のご帰郷を、陛下や城の者にお伝えしておこうかと」
「ええ、そうしてくれる?」
「御意」
「あ、馬も先に連れ帰ってくれるかしら?」
「もちろんです」
宝劉と舜䋝は馬を降り、それぞれの愛馬を二人に託す。
「よろしくお願いします」
「はいよ」
燿と空鴉は二頭の馬を預かると、一礼して去っていった。
「あ、珀富にも寄りたいわ」
「少しだけですよ」
話しながら歩いていると、大神宮に着いた。
三人は礼をして鳥居をくぐり、境内に入る。
門をまたいで社務所に行くと、宮司が本を読んでいた。
「おや、殿下」
宮司はすぐ宝劉に気付く。
「お帰りになったのですね。いま、お茶を……」
「やっほー、趙宮司。すぐ帰るから、お茶はいいわ。土地神様へのご挨拶ついでに、顔を出しただけなの」
「左様でございますか」
白髪の宮司は、ゆっくり頭を下げる。
「土地神様は、境内にはいらっしゃるかと存じます。お探しください」
「分かったわ。ありがとう」
三人は社務所を後にして、本殿へ向かう。
「じゃ、ちょっと行ってくるわね」
「御意」
「いってらっしゃいませ」
二人に見送られ、宝劉は本殿に入っていった。
「……はぁ……」
舜䋝が大きなため息をつく。
「どうされました?」
彩香が訊くと、舜䋝は泣きそうな顔を彼女に向けた。
「宝劉様が、話しかけてくださいません……」
数日前に、もう少し王女としての自覚を、と言った時から、宝劉は舜䋝に話しかけなくなった。
「僕は、どうしたらいいんでしょうか……」
目に涙を浮かべる舜䋝を前に、彩香は反応に困る。
大人数でいたために、一人に話しかける機会もあまり無かったし、舜䋝の思い込みかもしれない。しかし、たとえそうでも、この青年には泣きかけるほどに大きな問題なのだろう。
「城に着いたら、様子を見て謝った方がいいかもしれませんわね」
「許してくださるでしょうか……?」
「大丈夫です。宝劉様がお優しいのは、あなたも知っているでしょう?」
「……はい。そうですね」
本殿の扉が開いて、宝劉が戻ってきた。
「いらっしゃらなかったわ」
「あら、いつもの事でございますわね」
「そうね。気配を察するに、境内にはいらっしゃるみたいだけど」
ここの神様は外が好きで、本殿に籠る事はめったにない。
神の気配を少々感じられる趙宮司も、境内に居ると言っていたし、探してみるしかないだろう。
「多分、こっちだと思うんだけど……」
この大神宮には草の生えた一角があり、そこで兎を十羽ほど飼っている。
「あ、いらしたわ」
白い普通の兎たちに混ざって、勾玉の首輪を下げた兎が居る。
「土地神様!」
宝劉が呼びかけると、その兎がこちらを向く。
「あら、宝花!」
宝劉を愛称で呼ぶこの兎が、大神宮の主であり、王都の土地神だ。
「久し振りねぇ、元気してた~?」
こちらに跳ねてきて、しゃがんだ宝劉の胸に飛び込む。
「会いたかったわ~、戻ってきてくれてありがと~」
「お久し振りです。土地神様も、お元気そうで何よりでございます」
昔から仲の良い一人と一匹は、そのままおしゃべりに入る。
「ねぇ聞いて、珀富に新しい甘味処ができたのよ~。そこの看板商品が、なんだかすごく美味しいの~」
「え、それは気になります。珀富のどの辺りですか?」
「えーとね、かんざしの港心堂ってあるじゃない? あそこの斜め前よ」
「へーぇ、行ってみようかしら」
久方振りに会うと、話に花が咲く。
最近、都で流行っているものの話や、里での暮らし、旅の道中大変だった事など、話題は尽きない。
「えー、じゃあ、秀誠と晃誠は、今捕まってるの~?」
「はい。これを受けて誠家がどう出るか、ちょっと怖いですね」
「確かに~。あの一族、割と容赦ないものね~」
しばらくして話が一段落したところで、宝劉は土地神を地面に置く。
「では、そろそろ失礼いたします。城へ帰る前に、珀富に寄らないといけませんので」
「そうね、またお話ししに来てくれると嬉しいわ~」
「はい、もちろん。またお邪魔しますね」
土地神に挨拶し、三人は大神宮を後にする。
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