七、何処の姫(四)
「さすがに、多いですね」
空鴉が息を切らして言う。
「そうだねぇ」
口調はのんびりしているが、燿の顔に余裕はない。
「しつこい人たちですわね」
そう言う彩香も、珍しく険しい表情をしている。
「あと少しだからね、気張れ!」
「はい!」
「ええ!」
燿の激励に、空鴉と彩香は改めて気を引き締める。そしてまた、主人のために戦うのだった。
しかしいくら三人が強い部類でも、多勢に無勢、また少しずつ押されてくる。
「っ……」
空鴉が床に膝をつく。
隙が生まれたところに振り下ろされる刀を、彩香が祥斉の刀で受け止めた。
「しっかりなさってください」
「面目ない」
二人の様子を見て、燿は思考を巡らせる。
(逃げる事を考えた方が、いいかもしれないな……)
逃走は決して恥ではない。自分の、仲間の命を守るために、逃げた方がいい事もある。その時少々不格好になるだけだ。生きてさえいれば、多分何かがどうにかなる。
(さて、どうするかねぇ……)
三人とも動けてはいるが、それぞれいくつもかすり傷を負っている。息を切らし、操る武器も空振りが多くなっていた。
(よし、逃げよう)
燿が指示を出そうとした時だった。
部屋の向こうから、野太い悲鳴が上がった。それは段々近づいてきて、敵は新しい相手の襲来に振り返る。
やってきたのは、武装した十数人の男たちだ。
彼等は見る間に三人の敵を一掃し、唖然とする三人の前で足を止めた。かと思うと、二手に分かれて集団の真ん中を開け、一斉に頭を下げる。
その道を通り、一人の男が現れた。
「晃誠殿……」
空鴉が驚きと共に呟く。
姿を見せたのは、秀誠の息子、晃誠という青年だった。
半刻後、一行は誠家の二人と、宿の一室で対峙していた。
緑茶は柔らかく湯気を立てているが、部屋の空気はそれと対照的に強張っている。
「誠家の方が、いまさら何の御用かしら?」
宝劉は少しつんつんした声をかけ、鋭く相手の腹を探る。
「申し上げた通りでございます。お迎えに参ったのですよ、殿下」
敵対しているはずの誠家がなぜ、いまさら宝劉たちの前に現れたのか、不思議でならない。
「彩香たちを助けてくれたんですって? ありがとね」
「いえ、当然の事でございます」
秀誠は穏やかに返す。
なるほど、配下に置いていたはずの街役人たちを、切り捨てたらしい。
「それにしても、よく彩香たちがあの場所で戦っているって分かったわね。公軍まで引き連れて、まるで前々から知っていたみたい」
「偶然でございます」
秀誠はあくまで、知らぬ存ぜぬで通すらしい。
「この武官たちは、自身や殿下をお守りするために連れているのです。街で偶然騒ぎを聞き、諫めようとしたところ、お三方がいらしただけでございます」
「ふぅん……」
これでは埒が明かない。自白を取れれば簡単なのだが、相手も一筋縄ではいかないようだ。ここで一回、軽く叩いてみるのも手だろう。
「じゃあ、私たちを狙っていた奴等と誠家とは、何の関係も無いのね?」
部屋の空気が静かに張る。しばしの間、沈黙が流れた。
「何のお話でございましょう」
秀誠がぬるい空気を吐く。
「我々は、敵の存在どころか、殿下が里を離れられた事さえ、存じませんでしたよ」
「じゃあ、どうしていまさら来たのよ?」
「国王陛下が、誠家になんの相談もなく、迎えを出されたようでしたので。私たちは、正式にお迎えに上がった次第でございます。遅くなりまして、大変申し訳ございません」
「……そう……」
この場で、自白や証拠を得るのは難しそうだ。一旦は引き下がるとしよう。
「正式に迎えが来たという事は分かったわ。城までしっかり、蓮華の補助をしてちょうだい」
「……補助、でございますか?」
その言葉が気に入らなかったのだろう。秀誠の顔が、ほんの少し険しくなる。
「我々は正式な迎え、しかも公軍でございます。こちらが主になって殿下を護衛するのが、妥当かと存じますが?」
「あらそう?」
また張り詰める空気を無視して、宝劉は微笑む。
「じゃあ、私のわがままね。私、あまり縁のない公軍より、兄様の私軍の方がいいわ。一緒に居て面白いし、気楽に話せるもの」
「しかし……」
「公軍なら、私にだってその行動を決める権利はあるはずだわ」
秀誠は黙り込む。
「長い旅路で、蓮華のみんなも疲れていると思うの。しっかり支えてあげてちょうだいね」
さて、相手はどう出るか。
街の役人にまで影響を及ぼす誠家が指揮する公軍など、正直言って信頼できない。迎えに来た彼等を無下にする事はできないが、なるべくは遠ざけておきたい。
宝劉は微笑を崩さず、険相を崩さない秀誠と向き合う。
「……承知いたしました」
やがて、秀誠は息をついた。
「仰せの通りに」
「ありがとう。期待しているわ」
もう湯気を立てない茶を飲み干して、宝劉と彩香、蓮華の三人は、その部屋を後にした。
女子部屋に戻ると、宝劉は畳に座り込んで溜息をついた。
「油断していたわ」
まさか、誠家の人間が直々に出張って来るとは、思っていなかった。しかも、協力関係にあったはずの役人たちまで切り捨てて、さっさと宝劉に近付いてきた。
「まったく。本当にあの一族は容赦ないんだから」
「より一層、気を引き締めねばなりませんわね」
彩香が顔をしかめる。
敵が堂々と近くにいる以上、気を抜くわけにはいかない。加えて今までの長旅で、一行には疲れがたまってきていた。
空鴉が改めて茶を淹れる。
「王都までは、あと二、三日です。我々としても、最後の踏ん張りどころですね」
「そうね……引き続き苦労をかけるけど、あと少しだけ頑張ってちょうだい」
「御意」
「御意」
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