第35話 バーテンダーの休日

“バー・バッカス“マスターについて、常連客の唯達が尋ねた質問。

 

「休みの日の過ごし方、でございますか?」

 

 そう、どこかバーのマスターという存在をバーに来るお客さんは住む世界が違う生物だと思っているようで、店を開けていない時間や、定休日は一体何をしているのか? 常に勉強をしているのだろうかなどと思っているので、唯にお願いされた休みの日のマスターの1日についてマスターが律儀に報告してくれた内容を唯はオフィスで見返していた。

 

 某日。

 AM5時半起床。歯を磨きスポーツウェアに身を包み、散歩。たまに自転車で少し遠出する時もあるらしい。30分程で家に戻り、常温の炭酸水をゆっくりと呑む。その後軽くシャワーを浴びて洗濯があればそこで洗濯を始め、朝食の準備。

 AM7時半、朝食。和食の時と洋食の時を気分で選び1時間ほどかけてゆっくりと食べる。その際はラジオをかけて音楽やニュースをBGMにするのがルーティーン。その後に掃除、“バー・バッカス“の開店時間は夜なので、月から金曜日で掃除する所を決めている。月曜日なら玄関周り、水曜日は水回りなど、土曜日や日曜日は気になった所を掃除する。掃除が終わるとエスプレッソマシンでブレイクタイム。その際はファッション雑誌や読もうと思って購入した本を読む事もある。ここから行動は分かれるのだが、外出するかしないかである。

 

 外出しない時は、サブスクなどで映画や海外ドラマを見て過ごす事が多いらしい。その場合は自炊かデリバリー等で食事を済ますのだが、マスターは自分の食へのこだわりがほとんどないのでいつも同じ物を食べる事が多いらしい。

 デリバリーならインドカレー、自炊なら作り置きもできてバリエーション豊かなポトフ。

 

 AM10時半。そしてこの日はマスターは近所の駅に併設したモールに向かう事にした。着替えて化粧を終えるとウィンドウショッピング、国内から海外の商品までとり揃えられているKALDIを覗き気に入ったコーヒー豆を少し購入。新しいスマホの機種の下見をしてお花屋さんで癒される。デパ地下を思わせるフードとお菓子屋さんを見てボンボンチョコレートをお店にきた人に出そうかといくつか購入。

 そうこうしているとお昼だなと、何か食べていこうかなと目に入ったのは台湾屋台料理。たまにはこういうのもいいかと思った時、腕を引っ張られる。

 痴漢、ひったくり、なんだろうと冷静に見ると、かつての同僚であり知り合いのダンタリアン。既にお酒の匂いがする彼女に連れられて、韓国焼肉のお店に、

 PM12時45分。ダンタリアンはビール、マスターはウーロン茶で韓国焼肉のランチメニューをゆっくりと楽しむ。聞き流していてもマシンガントークで話をしてくるダンタリアンに閉口しつつも特に目的もなかったので、食後はどうするかを尋ねると、お酒を飲みに行こうと言うので却下し、家具や小物も販売している紅茶専門店にお邪魔する。

 PM14時。フレーバーティーとパンケーキをシェアしてスマホで閲覧できるニュースの話やら取り止めのない会話が続く。1時間程時間を潰すと何気なく映画を観に行くことになった。

 15時25分ハリウッドのリメイクを映画を二人で並んで視聴。ダンタリアンはビールを、マスターは爽健美茶。バターとキャラメル味、二種類のポップコーンをつまみながら黙々とスタッフロールが流れ館内が明るくなり他の客が退館してからマスターも退館。

 18時15分。映画のチケットの半券を持って行くとワンドリンクサービスの洋食屋へ居酒屋兼夕食として早めの食事。マスターはカニクリームコロッケ、ダンタリアンはポークジンジャー。テーブルワインの赤で乾杯。映画の感想を二人で語り合い、そこから昨今流行っている書籍について話が飛躍し意外とダンタリアンがそれらの知識に明るい事に少しばかりイラ立ちを覚えつつも感心する。

 

 21時。同業者の知り合いのバーに向かう。その店のバーテンダーも元同じホテルで働いていた同僚だった人物。シェイカーを振らせたら右に出る者がおらずマスターも久しぶりにその技を見せてもらおうかと少しばかり胸を躍らせる。シンガポールスリングの本家と日本レシピについて常連客も交えて語り合う。いつもはカウンターから見ている景色に混ざり、最後はジンフィズを注文。ダンタリアンはブッカーズのロックを楽しみ酔い潰れたのでそこでタクシーを呼ぶ。

 

 AM1時半。ダンタリアンを家に送り届け、帰宅。メイクを落としてシャワーを浴びて日記を書く。

 さぁ明日は何をしようか、そう思いながら就寝。

 

 

 と、そんなマスターの1日をデスクで読んで唯は一言。

 

「ちょ、こんなドラマみたいな1日過ごしている人いるの……マスターカッケェな。というかよく考えればマスターだって普通の人だからお休みの日は普通に過ごしてるんだよね」

 

 ちょいちょいマスターの元同僚というダンタリアンが一緒に遊んでて羨ましいなと思いながら、今度のリカー男子の記事にはバーマスターのお休みについても記載しようと思っていた。マスターのコメントを毎回少し載せていると、雑誌の購入読者の中でじわじわと協力してくれているマスターの人気が上昇しているのだ。

 

「ふぅ、次回の記事はこれで一旦提出するとして、高橋キャップの仕事も奇跡的に一発オーケー出たし……時間は23時……タクシーで行けば“バー・バッカス“にいるみんなまだいるかな」

 

 本日花金、リナ先生に美優は確実にいるだろうし、下手すれば寧々もいるかもしれない。お仕事の依頼とはいえマスターのプライベートを教えてもらったのだ。何か差し入れでも持って行こうかと、崎陽軒のシウマイと両国国技館の焼き鳥を三人前ずつ買ってタクシーに乗る。

 

 色々お酒については教えてもらった。お酒は度数の低い物から順番に上げていく、最初の一杯目はどうしようか? やはり下手にジントニックか、それともオススメのビールでも出してもらおうか、あるいはハイボールなんてのも悪くないな。

 

 そうなると二杯目も考えておこう。入れているボトルを出してもらう。それとも次回のリカー男子でピックアップして紹介する為にブランデーを出してもらおうかな。それともマスターがシェイカーを使う姿を見たいのでカクテルを頼むのもいいかな。

 

 タクシーを降りるといつものシャッター街、こんな場末のバーに通うようになったのが本当に不思議だが、手書きの看板を見つけると安心する。

 

“バー・バッカス“

 

「こんばんわ!」

 

 いつもはジャズなのに本日はプレスリー、ロックンロールが流れている。店に入ると微笑のマスターが微笑みかけ、

 

「いらっしゃいませ唯さん、お仕事お疲れ様です」

 

 店内には想像通り、リナ先生、そしてもう半泣きの美優。流石に女優の寧々はいないがお酒関係の会社に顔がきくという工藤も端の席でボトルを前に何かのウィスキーを飲んでいる。

 

「遅かったっすね唯さん!」

「唯さん聞いてくださいよー! ゆいさーん!」

 

 工藤はグラスを上げて挨拶。リナ先生と美優のすぐ近くの席に座るとマスターが唯に、

 

「唯さん、本日は何を飲まれますか?」

 

 そうだなぁ。何を飲もうかなと唯は考える。リナ先生はジントニック、美優はオリジナルカクテル。どうやら工藤はマッカランらしい。

 それぞれ好きなお酒を楽しんでいるので唯はマスターに、

 

「マスター、何かオススメお願いできますか?」

「かしこまりました。では、こう言ったお酒はいかがでしょうか? カルヴァドスです」

 

 ボトルの中に小さなリンゴが入っている。そんなリンゴのブランデーいきなり唯の心を射止めてきた。

 これだからバー通いはやめられない。

 

「マスターそのお酒、お願いします。あと、お土産持ってきたんでみんなに出してあげてくださいよ! マスターも一緒に食べましょ!」


 崎陽軒のシウマイ、そして両国国技館の焼き鳥。出しておいて唯は流石にバーには合わなかったかなと思ったが、マスターはいつもの微笑で「ありがとうございます。お皿にお出ししますね」と言ってマスターは唯の持ってきたお土産にマスターお手製のタラモサラダを添えて出す。


 続いてマスターはシェイカーを取り出すとカルヴァドス、ブランデー、スイートベルモットをステアしてカクテルグラスに入れる。


「お待たせしました。死者をも蘇らせるカクテル。コープスリバイバーです! 長いお仕事を終えて、今から休日になる唯さん大復活させるお酒でお休みをエンジョイしてくださいね!」

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