第28話 オリジナルカクテルを頼んだり

 果物で作るカクテル。よく考えれば普通なのだが、それにしても選べる果物の数が凄い多い。普段スピリッツばかり飲んでいた唯だったが、これはやっぱりテンションが上がらないわけがない。


「お決まりになりましたら教えてくださいね」


 いつも微笑のマスター、それには寧々も興味が尽きないようだった。こればかりはやはり、スポットライトの下に立つ乗りに乗っているプライドなのか、


「マスター、私。映画とかドラマとかに出演しているんですよ」

「さようでございますか、そのような方にいらして頂き光栄です」


 驚いた。というわけではないが、しっかりと反応してくれる。だが、そうじゃない。唯はなんとなく感じ取っていた。誰にでも同じようなサービスを提供するバーマンの鑑みたいなマスターにさすがに寧々も笑う。


「ぷっ、都内の高級ホテルにあるラウンジのバーなんかだとサインを所望されたりしたのよー! なんだか自信なくしちゃう」


 そう上目遣いにマスターに言う寧々にマスターは、


「いえ、サングラスをされて唯さんとお忍びで来られているという事は、一人のお客様としての対応をご希望かと思っておりました。大変配慮に欠けなかったかと、呼子寧々様の出演されている映画でしたら以前、パティシエの作品“オータム・カップ”でしたか? あれと、神経衰弱で宇宙人と地球を賭けて戦うコミカルな物を視聴した事がございますね」


 バー、マスターはお酒の知識や雑学、語学と様々な教養が必要になると聞いていたが、目の前の呼子寧々の出演作品で抑えておいた方がいい物をちゃんと話して見せた。それにはやはり寧々が驚く。


「マスター凄いポーカーフェイスね? 分かってたなら言ってくれればいいのに」

「いえ、唯さんとのお時間をお邪魔するのは野暮かと思いまして、宜しければ後ほどサインを頂けると大変ありがたいのですが」

「ダメ! なんか、そこで私がそうしたらなんだか本当にみじめじゃない。マスターが絶対に置きたい! って思うようになった時にサインしにくるわ」

「その時は宜しくお願いいたします」

「果物のカクテル。マスターのチョイスにしてもらえる? この中で嫌いな物はないわ!」

「畏まりました。唯さんはどうされますか?」


 ええっと、ここで私もと言うのは唯の中ではちょっと違うような気がしたので、自分が好きな物を選ぶ事にした。


「じゃあ、このキンカンのカクテルをお願いします」

「かしこまりました」


 ハンドブレンダーを取り出すとマスターはキンカンをすり潰す。そして、ウォッカだろうか? それと氷をシェイカーに入れるといつもの微笑から少しだけ真顔の表情でシェイク、唯はこの時の表情が何気に好きだった。リナ先生に至ってはご飯4杯はいけると語るレアなマスターの表情。


 カクテルグラスにキンカンの果肉をつけて塩を立たせる。そしてそのグラスに先ほどシェイクした物を注ぎ、キンカンを添えると、


「キンカンのソルティードッグです」

「うわー可愛い!」


 ぱしゃぱしゃ! とスマホで撮影。いつも通り微笑のマスターは補足する。


「宮崎産のキンカンです。そのまま食べられますので添えている物もご一緒にお楽しみくださいね」

「はーい!」


 しかし、寧々のカクテルがまだだ。どんな物を作るのかマスターが取り出したのは、まさかの柿だった。


「硬い柿が手に入りましたので、呼子様の」

「私も唯さんみたいに寧々さんってよんでよー」

「かしこまりました。寧々さんにはこちらを使ったフルーツカクテルをおつくりします」


 唯は用意しているお酒をまじまじと見つめる。ウオッカと、梅酒だろうか? それに柿をブレンダーでジュースにする。それらをシェイク。隠し味に何かを入れているようだがなんだろう? 


「お待たせいたしました。柿を使った吉祥天女。さしずめサラスヴァティーとでも名付けましょうか?」

「凄いいい香り」


 ペースト状になった柿と何か赤い果肉がまざっている。なんだろう。寧々はグラスを掲げるので、唯も同じくグラスを上げる。


「じゃあ唯さんこの素敵なカクテルで乾杯しましょ」

「はい!」


 優しくグラスを合わせると二人はそれらを口にする。唯のカクテルはしっかり甘くてキンカンで作るとこんな違ってくるんだ。あんまりお酒飲めない人に飲ませてはいけないお酒だなと思いながら寧々を見ると、


「最初すっぱ! って思ったんだけどその後から甘さが広がってくる! なにこれおいしいー! 唯さんもこれ飲んでみて!」

「ほんとですか? じゃあ私のも」


 滅茶苦茶可愛い女優さんと間接キスだなんて役得だなぁと思って一口いただくと本当に最初は声に出しそうになるくらい酸っぱいのに、優しい甘さが広がってくる。同じ感動を分かりあえたからか、寧々は人懐っこく笑う。


「うーん、凄い美味しいわマスター」

「恐縮です」


 マスターが指をパチンと鳴らすと、店内の音楽がジャズからJPOPに変わる。それに寧々が驚く。どうやっているのか唯も知らないが最初は驚いた。そして寧々にとっては二重の意味があったのだろう。現在出演しているドラマの主題歌が流れているのだ。最初は女優の呼子寧々と気づいていないそぶりだったが、しっかり気づいていてそれを主張した寧々に面白いイタズラに思えた。


 寧々もしてやったりと思って、噴き出すとゆっくりマスターが作ったオリジナルのカクテルを口にする。ゆったりと扉の外とは違う時間の流れのような“バー・バッカス”マスターは茹でた殻付きのピーナッツとポテトチップスを出してくれるので時折それを摘まみながらカクテルを飲み終えた。


「おいしかったー! 次はどうしよっかなー」


 まだ呑むんだと唯は少し驚く。マスターがチェイサーを出してくれるので、それを飲みながら次なるお酒を、そんな時、マスターから提案があった。


「リナ先生が唯さんが来られたら、是非キープしているボトルのお酒をご馳走したいと仰っていたのですが、いかがでしょうか?」


 トンと置かれたのはリナ先生の大好物。タンカレー、にしては……


「なんかボトルの形状変わりました?」

「こちら、普段リナ先生が飲まれているボトルのランクが上のお酒です。タンカレーのNo.10でございます」

「いただきまーす!」

「私、貰っちゃっていいのかな?」


 寧々は知らない人のお酒という事で遠慮しがちだったが、そこは唯がリナ先生のイラストを見せて、


「大丈夫です! リナ先生売れっ子のイラストレーターですから! 私の知り合いならリナ先生の知り合いみたいなものですよ」


 と根拠のない事を言うがリナ先生なら実際そうだろう。なんなら全部空にしてしまっても笑って許してくれるとすら思える。という事で、唯は寧々と二人分タンカレーのNo.10でジントニックを作ってもらう事にした。


 ライムを絞りタンカレーをグラスに注ぐとトニックウォーター、ライムをバースプーンでつぶして氷を持ち上げるように二回ステア。


「どうぞ、リナ先生からです」


 いつのまにか超常連になっていたリナ先生。ありがたく頂く事にしたところ、寧々が、


「どうせなんでマスターも一緒に飲もうよ!」


 と提案、それにマスターは「私は業務中ですので」と、丁重に断りニコニコと微笑む。という事なので唯と寧々はリナ先生からの奢りを口にする。唯はタンカレーは何度か飲んだ事があったが、このNo.10は初めて飲んだ。あきらかに味わいが違う。


「おいしー! これがジントニック? 美味しすぎるんだけど……」


 寧々も驚き、リナ先生のボトルを撮影する。そんなボトルの持ち主が“バー・バッカス”に入店してきたのである。


「おばんっすよー! マスター! おっ、今日は唯さんいんじゃねーですか……あと、えっ? 寧々じゃねーすか」

「リナ先生って……えっ? リナ?」


 おや……まさかお知り合い? と唯は何がどうなっているんだと思っている中、リナ先生は寧々の隣の席に座ると、


「とりあえずマスター、ストレートでもらえるっすか?」


 

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