第27話 女優とテレビ出演と、カクテル"清流"
「唯さん、リカー男子記事読ませてもらってます」
「ありがとうございます」
唯は今、地方のテレビ局。朝のニュース番組に出演している。何故こうなった? リカー男子という単語がトレンドに上がったからだ。企画に参加してくれた店舗にリナ先生のイラストが並びそれを見に行き推し活ならぬ推し杯しにいくお酒ファン及びリカー男子ファン。本当にこんな人いるのかと唯は半信半疑だったが、リカー男子の生まれた経緯などについて語る。
「あるバーにはじめてバーという空間を経験させてらもらったんですが、そこで飲ませて頂いたお酒で多分酔ったんだと思うんですが、まぁ……そのリカー男子の夢を見まして、ちょうど翌日に別件でオフィスにいらしてたリナ先生が興味を持っていただいて今に至る感じですねぇ。はは」
これはきっとオフィスでネタにされるんだろうなと受け答えをしていると、質問をしている女優の
「私も最近日本酒とかお酒ハマってるんですけど、そのバー一緒に行っていいですか?」
「はは、すごい光栄ですけど、大人気の寧々さんはお忙しいでしょう!」
「おやすみもらっていきますよー」
「またまたぁ!」
とそんな会話をして収録を終えた。今回の放映の件も記事として書かせてもらえるというので一石二鳥、ウィンウィン。そして、思いもしない事になる。
「おい。秋田、今日はもう上がっていいぞ」
「はい? まだ色々残ってるんですけど」
「いや、接待な。女優の呼子寧々さん下まで来られてるから、サインもらっちったよー。なんか女子会? 飲みに行くんだろ? 行っていいぞー」
「えぇ!」
絶対リップサービスだと思っていた唯はオフィスのあるビルの一階に降りると、サングラスをして、立っているだけでオーラの違う女性がそこにいた。
「秋田さーん! オフィスに連絡してみたら今上がりだって聞いたので、来ちゃった!」
「おおぅ」
舌をぺろりと出して、テヘっと笑う寧々。テレビや映画の中の人が目の前にいる。同い年だったと思う彼女だが、役によっては制服に袖を通し学生になり、アイドルになり、時には母親となり実年齢を感じさせない。同じ女性の唯でもドギマギするのだ。こりゃ男性ファンはたまらないだろうなと思う。
「じゃあそのバーにいきましょうよ」
「え、えぇ」
一抹の不安はあった。マスターはあまりテレビとかで話題になるのは好きじゃないらしい。お客さんを待たせるのがあまり好きじゃないらしくあんな場末にバーを開いている。にしても儲かっているようには思えないのでどうやって生活をしていっているんだろうかと思う。
「こんばんわー」
「いらっしゃいませ。唯さん。と……ご友人の方でしょうか?」
「こんばんわ! 呼子寧々です」
そう言ってサングラスを外した寧々を見て、マスターは微笑で胸に手を当てると会釈する。
「ようこそ、“バー・バッカス”へ」
唯もこの反応には驚きだった。いつも通りの対応、そりゃそうかとマスター程になったら芸能人の一人や二人がやってきてもそれを顔に出すなんて事はしないだろうと納得。
「素敵なお店ですねー!」
「恐縮です」
マスターは決して客を焦らせない。バーはお酒を飲むところかもしれないが、その雰囲気を楽しみ、友人や恋人、バーマスターとの会話を楽しむところでもある。音楽を楽しんでもいいし、読書をしたっていい。そこにお酒という付加価値がついてくるのだ。
「寧々さん、何か飲みたいお酒とかありますか?」
「そうね。唯さんにお任せしてもいい?」
これは困るなと思った唯がちらりとマスターを見るので、マスターはコクりとその仕事を引き受ける事を承諾した。
「じゃあ寧々さん、マスターのおススメ出してもらっていいですか?」
「えぇ、構わないわ。私日本酒が好きなんだけど、こういうお店でのお酒ってあんまり飲んだ事ないのよね」
「かしこまりました」
そう言ってマスターがトンと置いたボトルは日本酒。
「ワンカップでも有名な大関のお酒です。上撰辛丹波をベースにしたカクテルをご用意いたします」
シェイカーに上撰辛丹波、ブルーキュラソー、レモンジュース、ライムジュースをを入れるとマスターは上下に普段よりも強めにシェイクする。
「おぉ! バーっぽい!」
クスクスとマスターは楽しそうに微笑むとシェイクした物を氷を入れたグラスに注ぎ、レモンスライスを添えた。
「お待たせしました。清流でございます」
「ま、マスター! 私も、それ作ってください!」
「畏まりました」
日本酒のカクテルなんてサムライくらいしかしらない唯はスマホで撮影している寧々と同じく自らも写真撮影の上メモを取る。
「じゃあ、秋田さん乾杯しましょ!」
「はい!」
コツンと合わせてそれを一飲み。柑橘類のジュースの中に日本酒の風味がだんだん口の中に広がり、これは……
「おいし……」
寧々はぼーっとしていた。ここはどこ?
「えっ、私。さっきまでバーにいたのに……」
季節は冬のハズなのに、優しい日差し、涼しい風、季節は春の少し前、あるいは秋の中頃。緩やかに流れる川の淵で釣り竿を垂らしている青年。寧々と目が合うと頷くので寧々はその青年の横に座ってみる。
「こんにちは」
「あぁ、俺の前ではそんな作った顔をしなくてもいい。先ほどみたいに素直な顔でいればいい」
「えっ、新手のナンパ?」
「もちろんだ。日本酒は種類が多すぎるからな。それぞれ一押しになってもらいたくて毎年うまくなる」
何を……とは思わない。これは今朝唯をレポートしたときに聞いていた夢。
「じゃあ君は上撰辛丹波さん」
「ああ、カクテルじゃなくてそのままの俺もどうだ?」
ざばっと川で冷やしたボトルを取り出し、ぐい飲みに注ぐ。香りから、寧々は受取一飲み。その飲みっぷりに上撰辛丹波は少し驚く。
「キリリとしてる辛口! でもすっごい飲みやすい! なにこれ」
「ははっ! お嬢さん、悪くない飲み方だ。銘酒揃いの灘の酒の特徴として非常に飲みやすいところがあげられる。酒の席では素直であればいい。あのマスターはどんなワガママでも聞いてくれるから頼んでみたらどうかね? 本当に飲みたい酒を」
そう言って上撰辛丹波は口の端を緩めて笑った。切れ長の目、着流しを着たサムライのような彼に寧々は何かを言おうとした時、
「あっ……これ? 秋田さんが言ってたのって」
「あれ、もしかして寧々さん。見ましたか?」
「見た」
マスターは変わらず微笑で微笑みながら空になったグラスを見て、チェイサーを差し出す。
「何かおつくりしましょうか?」
「あの。果物を使った甘いカクテルとかってできますか? 日本酒も最近ハマってるのは本当なんですけど、実は甘いスイーツみたいなカクテルが好きで」
「かしこまりました。では本日ご用意しているフルーツはこちらですので、お好みの物をおつくり致します」
唯はそんなメニューあったんだと、自分も何か作ってもらおうと果物のメニュー表を見つめる。
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