第4話 Vtuber美優とラムカクテル・禁断の果実

 そのバーはふと気がついた時に手招きするように場末の高架下でひっそり開店しているという。そこには桃色の御髪をした美麗なマスターが微笑で出迎えてくれる。人によっては男性だった、人によっては女性だった。

 古今東西広いお酒の知識を持ちながら、されど驕るわけでもなく迷い込んだように入店する客が望む夢を見せてくれるという。

 

「いらっしゃいませ、おや確か倉田様でございましたか?」

 

 何度となくこのお店に足を運んでいる女性客、彼女の目にはマスターはどう映っているのか、そんな些細な事はどうでもいい。

 倉田美優、ブローガー兼、俺様系V tuberの酒呑として活躍する所謂中の人、そのエロボイスで女性リスナーの心を掴んで離さないドSキャラと思われているが……その中の人は……

 

「マスタぁあああ! マスター、マスタぁああああ!」

「はいマスターです。本日はどのようなお酒を飲まれますか?」

「それより聞いてよマスタぁあああ!」

「お伺いしましょう」

 

 美優はとても気の小さい女性だった。毎回毎回提供されたネタに関して俺様キャラで配信する日々、配信後恥ずかしさと多大なストレスからいつも逃げ出したく辞めたくなるのにそんな美優に反比例しリスナーはどんどん増えていく。


「あーもう無理無理。もう無理ぃ!」

「倉田様のお気持ちは分かりかねますが、ここに来られたと言う事は何か飲まれたいんですよね? いつもと同じ、マリブを飲まれますか? 冷たいミルクでお割りしますよ?」

 

 トンとラムリキュールのマリブを取り出すが美優はそれを見て首を振る。

 

「マスター、今日は何だか強いお酒が飲みたい。でも甘くて梅酒みたいなお酒がいいな。何かある?」

 

 マリブをリカーラックに戻すとマスターはふむと考える。ウオッカを手にしてやはり止めるとホワイトラムを美優の前に置く。そして冷蔵庫からアップルジュース。グレナデンシロップを並べた。

 

「倉田様が演じられる酒呑という方は酒呑童子から取られておりますね? とてもお酒が好きな鬼だったとか? それではその酒呑様にお楽しみいただく当方オリジナルカクテルはいかがでしょう?」

 

 小さな氷とホワイトラム、アップルジュースをシェイカーに入れて軽くシェイク。表情の変わらない微笑のマスターに美優は見惚れていると、ショートグラスにそれを注ぐ。そしてカクテルスプーンにグレナデンシロップを注ぐと浮かべるようにショートグラスに落とす。ホワイトラムとアップルジュースのカクテルより重いグレナデンシロップは沈んでいきグラデーションを作る。

 

「わぁああ! 綺麗!」

 

 ゆっくりとマスターは美優の手元にそのショートグラスを置く。

 

「フォビトゥン・フルーツ(禁断の果実)です。軽く混ぜてお飲みください」

 

 混ぜると薄いオレンジ色に変わり、それを一口飲むと、美優は驚いた。梅酒のような味と香り、上品なポートワインのような……美味しい。

 マスターは指をパチンと鳴らす。

 すると美優は見知らぬ座敷で横になっていた。キョロキョロと周りを見渡すと、肘置きを使い寛いでいるニヒルな男。着物を羽織り角の生えた彼の事を美優は知っている。

 

「あ……酒呑……」

「おぅおぅ? 貴様が我の声主か?」

「……あぁ、はい」

「ははっ、なんと弱き目か、声も震えておる。その酒、飲まんのか?」


 自分の声で煽られる。なんだこれは? 夢? 夢でなければなんなのか? 酒呑は立ち上がり美優の元にやってくる。そして美優の持つカクテルグラスを奪い取った。

 

「芳しい! なんという酒か! これは我にこそ相応しい。我と同じ声で喋る痴れ者よ。去ね。もう貴様に用はなし」

 

 そう言って美優の為にマスターが作ってくれたカクテルを飲もうとする。せっかくマスターが作ってくれた物が取られてしまう。いつも困った時に話を聞いてくれるマスターの……そのカクテルを奪われるなんて我慢ならない。

 気がつくと酒呑に指をさして美優は叫んだ。

 

「痴れ者は貴様だ酒呑! 我の声があっての貴様であろう! 分かったらその酒を返せ! それはマスターが私に作ってくれた唯一のカクテルだ!」

 

 酒呑はほぉと驚く、そしてそのグラスを持ったまま美優の元に近づいて手を伸ばす美優の前でカクテルを半分飲み干した。

 

「あぁあああ!」

「ふん、甘露だな。半分返してやろう。我の声となるのであればもっと背筋を伸ばし前をむけ、もしまた同じようであれば次は全部飲み干してやるからな?」

 

 カクテルグラスを返してくれると頭をポンポンされた。自分の声で話すイケメンに……それがなんだかすごい恥ずかしくなり、いても立ってもいられなくなった時、気づいたらいつものバーに、

 

「倉田様、お気づきですか?」

「あぁ、寝ちゃってましたか?」

「飲みやすいですが度数の高いカクテルでしたからね。どうでしょう? 気に入られましたか?」


 もう一杯飲みたい……けど酔い潰れそうだなと思って美優は頷くと、

 

「はい! それはもう。マスターまた飲みにきますのでこのカクテル紹介してもいいですか?」

「それよりも、こちらの雑誌のコラムをご紹介されてはいかがでしょうか?」

「なんですか? 地域の紹介雑誌です? ……なになに? お酒の紹介コラムですね……あっ! イラストレーターのリナ先生の絵ですよ! 私の酒呑のイメージもリナ先生ですよ! へぇ、初心者にも分かりやすいお酒の事書かれてるんですね……いいかもこれ! ありがとうございますマスター!」

「どういたしまして、タクシー到着したみたいですよ?」

 

 お酒の料金を支払うと店を出る。いつきても自分しか客がいないようなこのお店、本当にやっていけるんだろうか? 店の外までお見送りをしてくれるマスターに美優は聞いてみた。

 

「マスターって恋人とかいるんですか?」

「私ですか? 店内のお酒が全て、私の恋人ですよ」

 

 微笑でそういうマスターをカッケェええと思いながら美優はタクシーに乗り店を後にした。

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