Evol.091 宣戦布告 

「それで何の用だ? この前、俺たちに難癖つけてきた奴の報復か?」


 すでに検討はついているが、一応聞いておく。


「いえいえ、あなた方には大変ご迷惑をおかけしました。あの男はすでに女神の導きを除籍にしました。我がクランの団員としては品性に欠けますので」


 まさか除籍とは。でも、女神の導きの名前を笠に着て、身勝手にビャクを奪おうとしてきたからそのくらいは当然か。


 とはいえ、こいつらもそう変わらんと思うが。


「そうか。それじゃあ、なんの用だ?」

「すでにご存じなのでは?」


 ステラから話を聞いているのも織り込み済みか。


「いや、分からないな」

「そうですか。それでは場所を移してお話しませんか?」


 俺が恍けると、糸目の男は近くに会った喫茶店に視線を向けた。


「ああ。いいだろう」


 俺たちは糸目の男の後に続いて喫茶店に入った。


「まずは自己紹介を。クラン女神の導きのトロイと申します。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧に。俺はラストだ。頭の上に居るのはビャクだ。よろしく」

「スフォルと申します。よろしくお願いします」


 注文を終えた後でお互いに自己紹介を交わす。優雅な仕草で頭を下げるトロイに、俺たちも軽く頭を下げて応えた。


「ラストさんはもしかしてあの?」


 すぐに本題に入るかと思ったが、俺の正体について聞いてくる。


 "雑魚"=ラスト・シークレットだと知っている人物だったらしい。雑魚って名前が広まり過ぎて本名を覚えていない奴がほとんどなのだが、覚えている奴は珍しいな。


「ああ。トロイさんの思っている通りだ」

「まさかあなたが従魔を手に入れるとは驚きました。あっ、私のことは呼び捨てで構いませんよ」

「分かった。俺も呼び捨てで良いし、丁寧な言葉遣いもいらないぞ」

「これは染みついた癖みたいなものなのでご容赦を」


 ゴブリンを数万匹倒したところでドロップなんてしないアイテムだ。以前の俺なら従魔なんて一生に手に入れられなかっただろうな。


 それもこれも二度の進化クラスチェンジであり得ない程の力を手に入れたおかげだ。


「了解。まぁ、俺も色々あったからな」

「そうでしょうね。今のあなたからは以前見かけた時とは比べ物にならない力を感じます。そちらのスフォルさんも中々の力をお持ちだ」


 トロイはその糸目を少し開いて鋭い視線で俺たちを見つめながら話す。


「早速本題に、と行きたいところですが、ちょうど注文の品が来ましたね。まずはそちらをいただきましょうか」

「そうだな」


 俺たちはまず注文したデザートや軽食を摘まんだ。


「それでは改めまして今日伺った理由をお話ししたいと思います」


 食事を終え、コーヒーで口を潤したトロイがカップを置いて話し始める。


「ああ」


 先ほどまでの和やかな雰囲気が張り詰めたものに変わる。


「その従魔を譲っていただけないかということです」


 言い方は丁寧だが、実質命令のような口調と表情だった。


 でも、俺はその命令に従うつもりはない。


「それは難しいな」

「あなたが望む物ならなんでも対価としてご用意させていただきますよ?」

「こいつは俺の子供みたいなもんだ。トロイは自分が愛する家族を、他の何かの替わりに差し出せるのか?」


 少なくとも俺には家族を他の何かに替えたりなんてできない。


「それは確かにおっしゃる通りですね。しかし、私も引き下がるわけにはいかないのですよ。できれば、ここで譲っていただきたいのです。それが一番お互いに傷つかずに済む方法です」

「こいつは俺が手に入れたものだ。そもそも他人の物に手を出そうってのは悪いんじゃないのか?」


 それはこいつらの言い分であって、俺たちには関係ない話だ。こいつらが手を出さなければいいだけのことなんだから。


 何を取り繕ったところで、こいつらは家族を攫おうとする誘拐犯だ。それに従う道理はない。


「……絶対に譲る気はないと?」

「ああ」

「後悔するかもしれませんよ?」

「それでもだ」


 何度聞かれたとしてもビャクを譲る気はない。


「はぁ……分かりました。それでは正式にクランウォーを仕掛けさせていただきます。日時は一週間後以降になるでしょう。詳細は追って連絡いたします」


 トロイは本当に俺たちのことを心配して言ってくれているように思う。


 こいつも上に逆らえないんだろうな。組織ってのは大変だな、全く。


「それでいい。俺たちは最後まであがくだけだ」

「あなたたちはたった二人。絶対に我々には勝てません。我々はあなた方を痛めつけたいわけではない。早めに降伏されることを願いますよ」

「俺たちをあまり舐めないことだ。そう上に言っておいてくれ」

「分かりました。ここの支払いは私が持ちますので。それではまた」


 俺が挑発するように笑いかけると、トロイは呆れ笑いをして席を立った。


 俺たちはトロイの背中を見送った。


「だ、だだだだ、大丈夫なんですか、ラストさん!?」


 話が終わった途端、スフォルが慌てて俺に縋りついてきた。

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