第2話
彼氏がいることは知っていたが、まさかもう子供がいるだなんて思いもしなかった。
式はどうするの、と聞けば「お金が無いから見送るよ」なんて言いながらオレンジジュースを飲む。なんだかそわそわしてしまう。伏目がちに未来図を語る目の前の女性は、本当に私の友人だろうか。知らないきれいな女性と話しているような気分だ。
「………なんだよぉ、言ってくれればいいのに」
「あはは、ごめんごめん。なんか報告遅れちゃってさ」
「ひっど。今日は近況報告会なんだから、いろいろ聞かせてよ」
冷静な部分の私が、座る私の斜め上から俯瞰している。いろいろ聞きたい。「彼女」らしいところを数ミリでもいいから見せてほしい。
「(―――――――本当に?ほんとうは、もう何も聞きたくないんじゃないの?納まりが悪いから、彼女に興味があるふりをしているんじゃないの?)」
私はそんな斜め上から降ってくる言葉を、無視した。
仕事、引継ぎ済ませておかなきゃ。一か月後には産休入っちゃうし。
最近はベビー用品に目が行くようになって。まだ男の子か女の子かすらわからないのにね。
子供の名前どうしようかって、彼とよく話しててさ。
というか聞いてよ、昨日上司がさ―――――――
「…………へえ、大変だねえ……………」
私は冷や汗が背中をつうと垂れていくのを感じている。私は、うまく笑えていただろうか。うまく返事が出来ていただろうか?――――――私は、友人と他愛もない話をしに来たのだ。お互い何年も経ってしまったけど、会ったら時間なんて飛び越えて、高校生の時に戻れるんじゃないかって期待していた。けれど、どうだ。これは「大人」の話だ。仕事に恋愛に結婚に出産。確かに私たちの年頃ならその話をする方がよっぽどいい。だけど、これじゃなんだかストリップ劇場を見つけて心をときめかせてしまった自分が、まるで子供みたいじゃないか。恥ずかしい。早紀は私のことなんて気にせずに話す。居心地が悪い。きっとこの話たちは、聞き手が私じゃなくてもいい話だ。それがなんだか、つらい。
「ね、カノの方こそ最近どうなの」
「!、わ、私?」
カノ。本名を縮めただけだけど、好きな愛称。
学生時代に友達からよく呼ばれた愛称。単純な私はそれだけで浮上して、顔を上げた。
何から話そうか、まずは――――――
しかし。早紀は私よりも先に、口を開いた。
「彼氏、できた?」
「――――――――え、」
「え?なにその反応。もしかしてまだいないの?」
苦笑いしながら頬杖をつく早紀の目をまっすぐに見れない。
「……………う、うん」
「えー、もったいない。カノ良い子なんだから絶対作ろうと思えばできるよ。頑張ってみよ?」
「え、あ、……………」
「私たち、もう二十代も半ばでしょ。選り好みしてたら結婚なんてできないよ」
「……………けっこん」
「もしかして結婚のことも考えてないの?えー………だってさ、不安にならない?将来ひとりぼっちになっちゃうかもしれないんだよ?独身のままだと、面倒見てくれる人もいないんだよ。怖くないの?」
「……………………」
「しといた方がいいって。あ、でもさすがに結婚の話は先走りすぎか。じゃあさ、まずは男友達から作ってみようよ。なんだったら今度、知り合い紹介しようか?どんなタイプがいい?」
彼女は私を気遣ってくれているのだと思う。
久しぶりに会ったのに、二十代女子の会話についていけてない―――――心からの共感をしてくれない私に、彼女が伸ばした手なのだ、これは。無碍にはできない。
けれど、これは――――――――あんまりにも、つらい。
「…………やさしい人、かな…………」
だから私は、形だけでも応えようと思って。心にもないことを、へたくそな笑顔で言った。
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