黒穢れのレディ・ナイト(3)
火の国 中央ラザン
セレスティー家
日は落ちかけていた。
セレスティー家の門から、屋敷にかけての庭内には黒い瘴気が漂い、空間を歪めている。
ヴァネッサの体は変化し、身長が3メートルを超え、被った黒兜から出た銀色の長髪が腰まで伸ていた。
筋肉質な上半身とは真逆で、腕や足は細い。
鋭利な爪を生やし、鎧の部分部分から血が流れ出して地面まで伝っていた。
「ヴァネッサ……」
見たこともない禍々しい姿に、アルフィスは脱力し、両膝を地面につく。
凄まじい絶望感に襲われていた。
そんな、アルフィスに構うことなく、ヴァネッサは長い銀色の髪を少し揺らすと、その場から消えた。
瞬く間に、アルフィスの前に現れるヴァネッサは鋭利な右爪を振り下ろす。
だが、膝をつき、俯くアルフィスにダメージは無かった。
アルフィスが顔を上げると、ヴァネッサの爪を押さえる女性が目の前に立っていた。
「立てアルフィス!!お前が諦めたら、ここにいる全員が死ぬ!!」
そこにいたのはセレン・セレスティーだった。
槍を両手で横に持ち、ヴァネッサの右爪を押さえている。
片手は親指しかないため、槍を親指の関節に挟んでいた。
凄まじい力の攻撃にセレンの腕も、足も、ギリギリと骨が軋んだ。
「セレン……」
「立つんだ……まだ策はある!」
セレンの言葉にアルフィスがハッとする。
ヴァネッサは容赦なく、左爪を大きく下から切り上げセレンを退け反らせた。
「クソ!!」
ヴァネッサの右爪、突きのモーションがアルフィスには闘気で見えていた。
それはセレンの心臓狙いだった。
ビュン!とアルフィスが消え、セレンの前に立つ。
黒炎の剣を左手に握り、抜剣体勢。
予測通りの右爪の突きが放たれた瞬間、アルフィスは剣を抜く。
「天覇一刀流・雷打!!」
右爪先に黒炎剣の柄頭を当てた。
ヴァネッサの爪は黒炎に包まれる。
間髪入れず、アルフィスは左親指に力を込める。
「天覇一刀流・空塵!!」
黒炎剣の鍔を弾き、高速で飛んだ剣の柄頭が、ヴァネッサの胸に当たった。
黒い炎に包まれ、数メートル吹き飛ばされる。
だが、アルフィスの猛攻は終わらない。
左手に持つ黒炎剣は、すぐに形を変えて"黒い炎の弓"になる。
「
弓を構えて、狙うのは一瞬。
その"黒炎の矢"はすぐさま放たれた。
矢がヴァネッサに着弾すると黒い炎の薔薇が胸に広がり、連続した爆発が起こる。
完全にヴァネッサを黒煙が包み込んでいるが、アルフィスが感じる、異様な気配は消えてはいなかった。
「これで、終わらないのか……ジレンマ以上の強さだ……どうしてこんな……」
アルフィスが絶望の淵にいることは、後方に立つセレンにも伝わっていた。
「アルフィス。これを」
その言葉に振り向くアルフィス。
セレンから投げられた"小瓶"を掴んだ。
中身を覗くと、そこには透明な液体が入っていた。
「お前なら、それが何なのかわかるだろ。彼女を楽にしてやれ」
「これは……まさか……」
アルフィスはヴァネッサが吹き飛ばされた方向を見た。
数十メートル先、そこには全くの無傷の"黒く穢れた騎士"が大量の瘴気を放って立っていた。
「デカい借りができるな……」
「構わんさ。今度、酒でも奢ってくれればそれでいい」
「ああ。町中の酒集めてやらんとな」
そう言うと、アルフィスはセレンからもらった"小瓶"を握りしめる。
そして、ただ無感情に佇むヴァネッサを鋭い眼光で睨んだ。
「ヴァネッサ……」
「アルフィス……ヲ……タベル……」
ヴァネッサが地面に片手をつく。
その後の行動は、闘気が見えるアルフィスにとっては手に取るようにわかった。
"再度、右爪による振り上げ攻撃"
アルフィスはゆっくりと目を閉じる。
小瓶が握られた右手は黒い炎に包まれた。
そしてアルフィスが次に開眼した時、ヴァネッサが消える。
読み通りの右爪での振り上げ攻撃。
地面を抉るように放たれる、その攻撃は、当たれば体は真っ二つだろう。
アルフィスは左足を前に出して構え、左拳の甲を、ゆっくりと地面に向かって振り下ろす。
闘気を纏った裏拳は、振り上げられる前の鋭利な右爪を砕き、凄まじい重力をかけた。
ドン!という轟音が響くと、ヴァネッサの細い腕は地面に叩きつけられ、2人が立つ場所に一瞬にしてクレーターを作る。
「"魔力収束"……」
小瓶を握る右手を腰に構えると、腕を覆うほどの黒炎が上がった。
大竜の咆哮が周囲に轟く。
「俺の全魔力を……この拳に!!」
アルフィスは渾身の右ストレートを打った。
黒炎で燃え上がる右拳はヴァネッサの胸を貫く。
同時に小瓶が割れて中身が黒炎と共にヴァネッサに吸収される。
「
黒い炎がヴァネッサの黒い鎧を燃やし尽くす。
破壊された、その体は瞬く間に再生し、ヴァネッサの色白の肌があらわになった。
生まれたままの姿で前に倒れ込むヴァネッサを、アルフィスはすぐに上着を脱いで包んだ。
地面に寝かせるように抱きかかえる。
膝をつき、ヴァネッサの顔を覗き込むと虚な目をしていた。
「大丈夫か?」
「アル……フィスさん……私は……ここは一体……」
「ラザンだ。もう心配ない」
安堵の表情を浮かべるアルフィス。
日はもう落ち、夜空が広がっていた。
「私は……アルフィスさんに……とんでもないことを……」
「何を言ってる。変なもん飲んで、おかしな夢を見ただけさ。何も心配することはない」
「それなら……よかったです……」
「ああ」
「夜空……星が綺麗……です」
「そうだな」
「伝えたいことがあったんです……」
「ん?なんだ?」
「よかったら……私と……バディを組んで……下さい。嫌なら……いいんですけど」
「嫌なんかじゃない。バディなんていくらでも組んでやるさ」
その言葉に、ヴァネッサの頬には涙が伝う。
虚な表情は変わらない。
アルフィスは眉を顰め、少し違和感を感じた。
「最後に……言えて……よかったです……」
「おいおい。最後なんて、何を言って……」
そこで初めてアルフィスは、違和感に気づいた。
「なんで……髪の色が銀色のままなんだ……」
「アルフィス……さん……私は……もう」
ヴァネッサの柔らかいはずの体が土のように固まっていく。
「そんな……なんで……」
「アルフィスさん……また一緒に旅を……」
その瞬間、アルフィスの手から重みが消えた。
固まったヴァネッサの体は徐々に崩れる。
少しの間だけ強い風が吹くと、手の中にあったヴァネッサの体は簡単に粉々になって飛ばされて消えていった。
アルフィスは悲しみの中、俯き、残された上着を握りしめる。
その上着の中にある"何か"を感じた。
ゆっくり上着を広げると、そこには赤い宝石のついたペンダントだけがあった。
「うあああああああああ!!」
アルフィスの叫びはセレスティー家を超え、この中央ラザンに響き渡る。
そして、その声に反応するように火の国全土の大地が大きく揺れるのだった。
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