黒穢れのレディ・ナイト(2)



火の国 中央ラザン


セレスティー家



夕刻、日は沈みかけていた。


アルフィスの目の前には、髪の色が全て銀に変化したヴァネッサの姿があった。

身に纏う黒い鎧は相変わらず、大きく異様なオーラを放つ。

逆に、ゆらゆらと上る細い糸のような闘気は目を凝らさなければ見えないほどだ。


「ヴァネッサ……お前、まさか黒い薬を……」


世界に散らばっていた"黒い薬"は四属性王やセントラルの聖騎士、魔法使いが手分けして探し出し、ほとんど回収していた。

火の国ではセレン指揮の元、早急に回収作業がおこなわれ、残っているはずがなかった。


冷ややかな目で睨んでいたヴァネッサだったが、その表情はすぐに満面の笑みに変わる。

それが逆に不気味だった。


「アルフィスさん!見てもらえました?私の"強さ"を!」


「ヴァネッサ……お前……」


「もう、"お前"なんて呼ばないで下さい。気安く"ヴァネッサ"とも」


突然、声が変わり、落ちるように無表情になる。


「どうしたんだよ!!何があった!!」


「私は手に入れたんです。この世界で最強の力を」


「ヴァネッサ……」


「だから、そうやって気安く呼ぶなって言ってるだろ!今の私は……シックス・ホルダーである、あなたよりも強い!!」


いきなりの激昂。

その顔つきは、もうアルフィスが知っているヴァネッサではなかった。

顔面に浮き出た、黒い血管がうごめいているように見えるが、それはヴァネッサが怒りで興奮していることを現しているようだった。


「あなたは言いましたよね?"どんな状況に置かれても乗り越えられるだけの強さと覚悟があるのか?"と。今なら胸を張って言えますよ……私には"ある"と」


「あの時、俺が言ったのは、そういう意味じゃない!!」


「何を今さら……この力さえあれば、私はどこの世界へ行っても、イジメられることはない。この力こそ"本当の特別"だ!!」


「俺が言いたかったのは……」


「あなたの口からは、もう何も聞きたくない。殺して、食ってから、後で脳みその中を覗きます」


ヴァネッサの冷たい表情に、アルフィスは唖然とする。

情緒も不安定で、性格も全くの別人と化している。

そんな印象を受けた。


そして、ヴァネッサの後頭部から黒い液体のようなものが"蜘蛛の脚"のように広がる。

それは頭全体に覆い被さり、黒い兜になった。


「……ヴァネッサ!俺は!」 


「もう聞きたくないと言ってるだろうがぁ!!」


凄まじい量の黒い瘴気がヴァネッサの立つ場所に広がる。

周囲の草木が黒く変色して枯れ始めていく。


瞬時にヴァネッサは、その場から消えてアルフィスへと向かった。

到達は一瞬、両手持ちの剣を上に振りかぶり、縦切りを狙う。


アルフィスは、それをクロスガードすると、"黒剣"と"ガンドレット"がぶつかり合い、甲高い金属音が響き渡った。


「"強さ"ってのは、身体的な強さの話をしてたんじゃない!!俺は"心の強さ"のことを言ってたんだ!!」


「……」


「どんなに逆境になっても、それを乗り越えられるだけの"心の強さ"さえあればいい!!それが"強さの本質''なんだ!!"心のない力"は人を傷つけちまうんだよ!!俺は……お前から、それを学んだ!」 


アルフィスの叫びだった。

だが、ヴァネッサはそれに構う事なく、剣を持つ手に力を入れる。

このまま押し切って、アルフィスの肩から足にかけて両断するつもりだった。


「何が"心の強さ"だ!!そんな目に見えないものが、なんの役に立つ?これを見なさい!この強さを……この力を!!」


「人を愛する気持ちや、思いやる気持ちも、目に見えないだろうが!だが、それは確実に人を強くする!」


アルフィスは腕をクロスしたまま、力強く拳を握る。

手のひらかの出血は宝具へと吸収され、それは轟音と共に、凄まじい威力の黒い熱波となって広がる。


「"炎龍結界バーニング・フィールド"!!」


衝撃でヴァネッサは数メートル、後方に吹き飛ばされた。


「"不死神竜リモータル・ドラグーン"」


アルフィスの右手のひらから黒炎の鎖が伸び、ヴァネッサへ向かい胴体に巻きつく。

それは凄まじい締め付けで、ヴァネッサは剣を地面に落とした。


「もうやめろ!!ヴァネッサ!!」


「私は……私は行くんだ……イセカイに!!」


俯き立つヴァネッサから、おびただしい量の瘴気が発生する。

そして、みるみる鎧の形状が変わり、それに耐えきれず、黒炎の鎖は粉々に砕けた。


「馬鹿な……なんて力だ……」


粉々に砕けた鎖の一つ一つが爆発し、それが連続する。

爆発に包まれるが、ヴァネッサの放つ瘴気は、その爆炎を、お構い無しに吹き飛ばす。


そして、その大量の瘴気は無数の黒いショートソードへと模られ、凝固する。

ヴァネッサの体の周囲に展開した、無数の黒いショートソードの切先はアルフィスに向けられ、一気に射出された。


「"極炎壁フレイム・ウォール"!!」


一本一本が高速で飛んでくるが、アルフィスは右手のひらを前に出して、円形状の黒炎のシールドを作る。

それに当たる"瘴気のショートソード"は一瞬で灰になり、アルフィスに届くことはなかった。


「イタイ、イタイ……皮膚が、骨が引きちぎれる……でも……とても気分がイイ……」


ヴァネッサの体はブルブルと震え、さらに足や腕が伸び、体の筋肉が広がる。

黒兜に隠れていた銀色の髪が後頭部から現れ、それはヴァネッサの巨大化した体の腰あたりまで伸びた。


アルフィスは鎧の下で、ヴァネッサの体がどうなっているのか想像もしたくなかった。


身長は3メートルは超え、上半身は筋肉質、それに見合わない細い腕と足には鋭利な爪を生やす。

顔は兜で隠れているが、口元から血のようなものが滴る。

それは恐らく吐血。

さらには皮膚が伸びたことによって、体全体がちぎれているのか、鎧の関節部分からも血が時より噴き出ている状態だった。


「もう、やめろ……やめてくれ……ヴァネッサ!!」


「ワタシハ……イセカイヘ……イクンダ」


最後には背中には6本の羽根が生えた。

右に3本、左に3本、細い羽根が数メートルの長にも及んだ。


「アルフィス……ワタシハ、アナタヲ食ベテ、モット強クナル……モット特別ニナル」


唖然とするアルフィス。

声は途切れ途切れで、その姿は、もう人間ではなかった。


兜から、はみ出した銀色の長髪が風に揺れて少しなびくと、ヴァネッサは一瞬で、その場から姿を消した。


恐ろしいほど貪欲な狂気は、脱力するアルフィスへと向かったのだった。

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