特攻


火の国 中央ラザン


セレスティー家



屋敷は、イレイザーの爆炎の魔法によって、ほぼ原型は留めていない。

その屋敷を背負い立つのはイレイザーだった。


右手に持つ杖を正面にいるセレン・セレスティーへ向ける。

その眼光は鋭く、完全に臨戦体勢だ。


セレンは宝具のリミッターを解除した。

魔竜牙槍ペイル・ベインの真の能力は解放される。

それはハッキリと目に見える形で、槍から放たれる赤黒いオーラは四つ首の竜を具現化している。


槍を構えるセレンの両肩と両腰付近に並ぶが、その禍々しい気配にはイレイザーですら息を呑む。


「この四王天竜の牙にかすりでもすれば、お前のスキルは永遠に封じられる……私のエンブレムのようにな……」


「な、なんだと?」


驚くイレイザー。

その能力とデメリットは知らないものだった。

セレンは、宝具を手にした時から既にエンブレムを永遠に封印されていたのだ。

そして、ペイル・ベインのリミッター解除の能力は相手のスキルを少しの間だけ封印する能力を超え、相手のスキルを永遠に使えなくするというもの。


ドン!と地面を蹴り、前に出るセレン。

同時に両腰付近についた竜は射出され、火の魔石が落ちる地面を、抉るように削った。

それは走るための道を作るためだった。


ニヤリと笑うイレイザーは二つの竜の頭が自分に到達する前に地面に魔法を放ち、残りの火の魔石を全て起爆した。


その連続した大爆発はセレンの行手を阻むが、さらに両肩につく竜が射出され、四頭の竜は高速で爆炎を喰らっていく。


「魔法をも喰うのか……なんという……ならば!!」


爆煙すら全て飲み込む四頭の竜は、全てがイレイザーへと向かう。


だが、それを見たイレイザーは地面を蹴って、四頭の竜へと走った。


「なんだと……?向かってくるのか!?」


竜から数メートル遅れて走るセレンは驚愕した。

竜に触れればスキルが永遠に封印される……それは"魔力覚醒"が、もう使えなくなるということだ。

それなのに自ら前に出るというイレイザーの思考を理解できなかった。


2人の距離は徐々に縮まる。

最初に到達したのは両腰についていた二頭の竜。


一匹目がイレイザーへと噛みつこうと、口を開ける。

だが、瞬時に反応したイレイザーは、それを横へ体をズラして回避すると、竜の首元へステッキ型の杖を当てて、すぐさま魔法を発動した。


小さい爆発だったが、それでも威力は十分。

竜の頭は地面に叩きつけられる。

二匹目、三匹目、四匹目と全て同じ方法で回避するイレイザー。


それでもセレンは困惑していた。

竜のダメージ回復は一瞬。

通り過ぎても、セレンへ戻るようにしてイレイザーに噛みつけばスキル封印は完了してしまう。


"なぜ、そんなリスクのある行動を取るのか?"


セレンは思考し、その理由に気づくまで時間を要した。


「まさか……スキルを永遠に失ってもいいと思ってるのか……」


魔法使いにとってスキルは命ほど大事なもの。

しかも、それがスペシャルスキルの"魔力覚醒"ならば尚の事だ。


「言っただろ。あとは、お前一人だけだと」


命を賭けての特攻。

それはセレンの目の前まで到達しようとしていた。

たまらず、セレンは槍を右手に持ち、イレイザーの胸目掛けて突く。


そこに、"ごく小さな爆発"が槍の先端の横で起こり、槍の軌道がズレてイレイザーの左腕へと向かった。


結んである服の左袖に槍があたると破けた。

ドンと地面に何かが落ちる。

それは緑色の水晶玉、"竜の涙"だった。


「これで終わりだ、セレン……」


杖をセレンの胸付近へと突き出すイレイザー。

魔法は発動寸前。

零距離射程の爆炎の魔法だ。


「四王天竜は間に合わない……これしかない!!」


セレンは遊んでいた左手でイレイザーの杖を握る。

それを思いっきり外側へ向けた。

瞬間、杖から放たれた魔法は、セレンの左腕で爆発する。

爆炎に包まれる左腕だったが、そのまま杖をへし折り、左手を後ろに引いて、イレイザーの顔面目掛けて左ストレートを打った。


ズドン!という轟音が響きわたると同時に、イレイザーの体は糸の切れた人形のように力なく吹き飛ぶ。

地面を転がり、火がおさまった屋敷の入り口あたりで止まった。


「やったか……」


そう言うとセレンは手を震わせて槍を地面に落とした。

右手を見ると親指以外、第三関節まで無くなっていた。


「今回は指だけで済んだか……」


息荒く、屋敷の方まで歩く。

倒れるイレイザーを蹴って、息を確かめるが、気絶しているだけのようだった。


セレンはしゃがみ、火傷を負って黒く変色した左手で、イレイザーのズボンのポケットを探ると、小瓶を取り出す。

割れていない小瓶を見たセレンは安堵した。


「あとは……家族か……みんなは……」


屋敷の方を見ると、一人の男性が少し顔を出した。

赤に少し黒が混ざる長髪の青年。

それはレイアだった。


「姉様!!」


「レイ!!」


レイアは走って駆け寄り、セレンの胸に飛び込んだ。

2人は、この再会に涙していた。


「他の……妹達はどうした?父上は?」


「みんな無事です!地下に閉じ込められてたんですが、さっきの爆発で出られたのです!」


「なんだと……」


セレンは困惑した。

イレイザーという男は一体何がしたかったのかわからなかった。


「姉様、傷が……」


「ああ。大丈夫だ、心配無い。それよりも、みなが無事でよかっ……」


その瞬間、ズドン!!と何かが落ちる音がした。

それはセレンの後方で聞こえた。

思わず振り向くセレンは、音がした方向を見ると大きな砂埃が舞っていた。


「今度はなんだ」


「空中から……黒いものが降ってきた」


レイアの言葉に首を傾げる。

空中から黒いものが降ってくる……

セレンの理解が全く追いつかないまま、砂埃は一瞬で周囲へと拡散して吹き飛ぶ。


数百メートル先にいたのは、黒い鎧、黒い兜で全身を覆い、左側の背中にだけ、細く3本に分かれた翼を生やした謎の騎士だった。


鎧は体にフィットしており、胸元は膨らみ、その胸元には小さな赤い宝石のようなものが埋め込まれてある。

背丈は小さいことから、セレンは女騎士だろうと推測した。


「なんだ貴様は!!」


セレンが声を荒げる。

黒い女騎士は少し歩くと、先ほど地面に落ちた"竜の涙"を拾った。


「それはうちが管理してるもんだ。持っていかれちゃ困るね」


「……邪魔ヲスルナラ殺ス」


黒い女騎士は、凄まじい力で、地面を踏みつける。

すると、近くに落ちていたセレンの槍であるペイル・ベインが宙へ浮く。

それを回し蹴りで飛ばすと、猛スピードで回転しセレンへ向かった。


「クソ!!」


セレンはレイアをかばうようにして地面へと倒れ込む。

槍は屋敷の残った木材に突き刺さった。


起き上がるセレンは鋭い眼光で、黒い女騎士を睨んだ。


瞬間、数百メートル先にいた黒い女騎士はビュン!と少しだけ音を立てて消えた。

気づけばセレンの目の前に、それはいた。


「なんだこいつは……速すぎる……」


黒い女騎士は右の拳を溜めた。

セレンの反応は完全に置き去り。

そのスピードは今まで体感したことのないものだったのだ。


"ここで死ぬ"


そう思った瞬間、"真っ黒な炎"が地面を高速で走り、それはセレンの目の前でハッキリとした人の姿へと変わった。


「待たせたな!!てめぇの相手は、この俺だ!!」


青年の声。

銀髪で黒いジャケットに、黒いレザーパンツの男。

両腕には黒い炎を纏ったガンドレットを装着していた。


黒い女騎士の打った右ストレートを、スマートな左アッパーで弾く。

そして、黒炎を纏った右ストレートを、全力で黒い女騎士の腹へと叩き込んだ。


ドン!!という爆発が起こり、黒い女騎士は後方へと吹き飛ばされるが、数十メートル先、空中で止まる。

女騎士は完全に宙に浮いていた。


「アルフィスか!!」


「すまん。遅れたぜ」


「アル君……」


涙目のレイアと安堵の表情のセレン。

2人は立ち上がると少し後退りした。


「すまない……アルフィス……私はもう限界のようだ……」


「了解。あとは俺がやる」


アルフィスはゆっくりと前に出た。

黒い女騎士は、それを見て、スッと地面に降り立った。


「どこの誰だか知らんが、"アルフォード"の仲間か?お前、行き先を知ってそうだな。ぶっ飛ばして聞き出してやる」


「……」


黒い女騎士は、左手に持っていた"竜の涙"を

地面に落とすと、それは影に飲み込まれて消えていった。


アルフィスの両腕の黒い炎は、より一層大きく燃え上がる。

セレスティー家の熱量は先ほど前までとは比較にならないのど上昇していくのだった。

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