思い出の終わり


森林地帯



アメリアは眉を顰めて、目の前に立つ囚人服の女性を見ていた。

ボサボサの長い青髪に、囚人服の上からフードを羽織る。

両手には包丁を手にしていた。


「ぐふふ……まさか……この日がやってくるなんて……アメリア・ハートル……自分の名前を思い出せなくなっても、この名と、その小汚い顔だけは忘れたことはないわ!!」


「カレン・ファーガスト……」


体をぐらぐらと横に揺らす、カレンと呼ばれた女性の顔は見えない。

だが、その怒りは表情など見なくともハッキリと殺気だけでわかる。


アメリアの後方に立つアインも息を呑んだ。

今までにないほどの殺意が、この囚人から放たれていたからだ。


「ここで……あの時の恨みを晴らす……」


「私は恨まれるようなことをしたと思ってはないけど」


「それよ!!その態度!!気に食わないのよ!!」


「カレン……あの時のことは忘れなさい。もう一度やり直すの」


「忘れる?できるわけないでしょ。想像の中であなたを何度殺したかわからないわ……」


「……」


「ああ、そういえば、あの男もよ……なんて言ったかしら?あの弱々しい生徒……彼はどうしてる?せっかくモーンを出れたんだから、あなたの次はあの男よ!!」


「彼は……戦死したわ……」


「へ?」


呆気に取られたカレンは、体の動きを止めた。

そしてブルブルと震え始める。


「くはははは……やっぱり!!そうでしょう、そうでしょう!何が"強さの本質"だよ!!これが結果じゃないのよ!!」


「……」


「何も言えないわよねぇ……あれだけ息巻いて私に言ったのに、当の本人が死んだなんて……ああ、今日ほど嬉しい日はないわ!!」


後ろに立つアインは、アメリアの肩が少し下がったように感じた。

明らかに動揺している……それはアインにも伝わった。


「アメリア・ハートルのそんな顔を見れるなんて……あとは死に顔さえ見れれば悔いなんてない……さぁ、あなたから来ないなら、私から行くわよ」


そう言うとカレンはドン!と地面を蹴った。

そのスピードは瞬時にアメリアとの距離を縮める。


アメリアはショートソードでカレンのクロスされた包丁の斬撃を止める。

だが、先ほどまでのキレのいい動きはなかった。

アメリアは奥歯を噛み、顔を引き攣らせる。


「その顔、その顔!!もっと私にちょうだい!!」


「アル……私は……」


「泣きながら口開けて死にな!!」


あと一歩、踏み込まれたら首を切られる。

そんな状態の中、アインが動いた。

杖を持った手を地面に当てて、魔法を発動する。


その魔法は土の魔法。

アメリアの足元からカレンへ向かい、土の細い棒が斜めに突き出す。

それはカレンの腹に直撃する。


「がは!!」


不意の痛みに思わず後退りするカレンに、さらに魔法の追い討ちがあった。


カレンの頭上に土でできた大きな拳が現れ、それは勢いよく地面に落ちる。

間一髪のところで、カレンは土の拳をバックステップで回避した。


「邪魔すんなよ!!クソガキがぁ!!」


猛スピード、カレンが地面を蹴って向かった先はアインの方だった。

アメリアを通り過ぎてアインに切りかかろうとしていた。


「早い!!魔法が間に合わない!!」


「魔法使い程度が、調子に乗んなよ!!」


異常なまでの殺気。

アインは、この一瞬で死を覚悟するほどの圧に襲われた。


だが、寸前でアインは突き飛ばされ、アメリアの右肩に包丁が振り下ろされた。


「く!!」


右腕から出血し、悲痛の表情のアメリア。

だが、踏み止まり、体勢を立て直して左手に持つ剣を上から下へ切り上げ、牽制する。


「遅い遅い!!これが、あのアメリア・ハートル?」


だが再度、両手に持つ包丁を重ね、下から振り上げる縦一線の斬撃を放つカレン。

その威力にアメリアはショート・ソードを吹き飛ばされてしまい、剣は森の中に消えた。


「勝った……私の勝ちだ……アメリア・ハートル!!」


後退りしたアメリアに対して、一歩踏み込み、カレンは渾身の突き攻撃。

それはアメリアの胸へ一直線に向かう。


「アル……私もそっちへ行くわ……」


そう呟いたアメリアは目を閉じた。

それは死を受け入れてのものだった。


だが……その瞬間、周囲の地面が一気に凍った。

時間差で寒風が吹き荒れ、アメリアとカレンの間に氷の壁ができる。

カレンの突きは、氷の壁によって阻まれた。


「なんなのよ!!これは!!」


包丁が氷の壁に当たった瞬間、包丁が凍り始める。

一瞬で危険を察知したカレンは右手に持つ包丁を手放した。


バックステップして距離を取ると、氷の壁は包丁と共に粉々に砕け散るが、ただ唯一、地面に突き刺さった、"あるもの"だけは残った。


「アメリアさん!!使って下さい!!あなたにはまだやるべき事がある!!」


後方のアインは叫ぶ。

アメリアの目の前には氷でできた"直剣"が地面に刺さっていた。


アメリアはアインの叫びに後方を見た。

そこには馬に乗って、涙を浮かべて震えるリンの姿があった。


「私は……そうね……」


カレンは、そのやり取りに構うことはなく、一気にアメリアへ迫った。

数メートルの距離、到達は一瞬。


「私の勝ちだぁぁぁぁぁぁ!!」


アメリアは氷の剣を地面から抜く。


カレンの包丁での横振り。

その隙だらけの攻撃に、アメリアは体勢を低くして回避した。


そして、ドンと地面を蹴ってカレンの腹を、通り過ぎざま、横振りで一刀両断した。

カレンの勢いの乗った突進によって、自分が胴を切り裂かれる結果になったのだった。


「カレン……もし生まれ変わって、また出会ったら……今度は友達になりましょう……」


「わ、わ、わ、私の……か、か、勝ちよぉ」


カレンはふらふらと歩いていたが、胴体だけが後ろへ倒れ落ち、下半身が遅れて両膝をついて倒れる。


アメリアとカレンの"思い出"は、これで決着を迎えるのだった。

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