記憶
火の国 森林地帯
モーン・ドレイクから火山地帯を駆け抜けて、二頭の馬が森林地帯へと入った。
先行するのはアインが1人で乗る馬。
その数メートル後方からアメリアと、その子供のリンが乗る馬が走る。
グレイが乗った荷台は、セレンの指示通り、切り離して放置した。
アイン達は森林地帯を抜けて南西の方角にガバーナルがある。
そこまで一気に向かう予定だった。
この森林地帯を抜けて、モーン・ドレイクまでの道のりで魔獣の存在は目にしていない。
もしもの時に備え、いつでも魔法を発動させられるようにアインは左手に杖を持ち、一切、緊張を緩めなかった。
ある程度進んだ頃合い、道の真ん中に"フードで身を包んだ女性"が倒れていた。
それを目視したアインとアメリアは、すぐに馬を止めた。
2人は顔を見合わせ、アインが1人、馬から降りて駆け寄ろうとした。
「モーンにいた聖騎士かな……?大丈夫ですか?」
「待って!!」
そう叫んだのは馬上のアメリアだった。
その鋭い眼光は、倒れているフードの女性に向けられたものだった。
「ぬふふ、ぬふふ、ぐふふふふ」
その奇妙な笑い声はフードの女性から発せられた。
今までに聞いたことのない笑い声にアインの顔は引き攣り、後退りする。
フードの女性が徐に立ち上がる。
小柄で、ぼさぼさ青髪は腰までかかりそうなほどの凄まじいロング。
顔は前髪で隠れて見えないが、口元は笑って見える。
フードの下は囚人服を着ており、両手には包丁ような刃物を持っていた。
「こ、これは……やばいやつだ……」
明らかに、この女性は病んでいる……。
そうアインは直感した。
「もう少しで恨みを晴らせたのにぃ……」
「いや、俺は君のこと知らないけど……」
「私は知ってるわよ……ジョンソン・マーレリア……」
「だ、誰……?」
「この私を……また騙す気なのね!!もう私は騙せないわよ……ルーカス・ラベンラスゥ!!」
その怒声にアインが一歩引いた瞬間、青髪の女性はビュン!と消えるほどのスピードで一気に距離を縮めた。
アインの目の前に一瞬で現れた青髪の女性は腕をクロスさせていた。
そのまま首元を狙いエックスを描くように、包丁を振り抜く。
だが、間一髪でアインはそれを杖で防ぎ、両手の包丁は途中で止まった。
「なんて速さだ!!風王壁!!」
その言葉と同時に、アインの周囲に爆風が巻き起こり、それが体を中心として広がる。
爆風で青髪の女性は吹き飛ばされるが、空中でクルクルと回転して数メートル先に着地した。
「往生際が悪いわね……ラシェル・ボーンズ……」
「何者だ……お前は……」
「私を忘れたとは言わせないわ!!私は116番よ!!……名前は……名前は……なんだったかしら……」
「俺はアイン。俺は、お前のことなんて知らない!」
「また、そうやって嘘をつく。いつだってそうよね……ダニエル・ガーラス……」
アインは困惑していた。
116番の言っている名前が変わっている。
さらに怒りか悲しみかわからないが、ぶるぶると震える116番の姿に恐怖を感じていた。
そこに後方にいたアメリアが馬から降り、
「アインさん……この女性は只者ではない。魔法だと部が悪いでしょう。私が前に出ます」
「いえ、アメリアさんは……」
「私は大丈夫。私に気を回すのは最小限でいい。全力でリンの護衛を、お願いします」
アメリアはそう言うと、ゆっくりと116番へと歩いていく。
116番は、そのやりとりを見て、さらに体を震わせていた。
「なんなのよ!!その女は!!やっぱり私を裏切るのね!!リチャードォォォォォ!!」
116番の激昂は森林内に轟く。
瞬間、地面を蹴って、渾身の左突きを放っていた。
距離は数メートルあったが、この間、たった数秒だった。
アメリアは目を見開くと、左手に持ったショートソードを右手に持ち替え、こちらも突きを放った。
すると寸分の狂いなく"切先"と"切先"が触れる。
アメリアは、そのまま一瞬、手をコンマ数ミリだけ右横に傾けて、116番の包丁の軌道を少しだけ右へとずらした。
包丁の突きはアメリアの肩付近を通り過ぎる。
アメリアは一歩踏み込み、116番の懐に入ると"剣の柄頭"を胸に叩き込んだ。
「が、がはぁ!!」
ドン!と鈍い音と共に後退した116番。
追撃で左下から右上への切り上げ攻撃。
116番は両手の包丁でクロスガードしてそれを受ける。
振り抜けなかったアメリアは、すぐにバックステップして引いた。
116番は包丁をクロスしたまま震えていた。
「こ、こ、こ、この剣技は……忘れない、忘れてはいけない……髪を下ろしていてもわかる……"聖騎士学校最強のポニーテールの女"……」
「あなたの剣技……まさか……あなたは……」
アメリアは眉を顰める。
2人は数十年前の過去を思い出していた。
確かに、お互いが、お互いの剣技に覚えがあった。
「"殺戮のアメリア・ハートル"!!」
「あなた……もしかしてカレン・ファーガスト?」
この時、2人の過去の記憶は蘇った。
それは、お互いにとって懐かしい記憶ではあったが、断片的に、残酷な過去でもあった。
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