運命の出会い……


火の国 ガバーナル



宿へ入ったヴァネッサは大きなベッドの上に寝転がる。

首から下げた、"赤い宝石"がついたペンダントを手に取り、それを見つめると口元が緩んだ。


だが、すぐに眉を顰めた。

この先のことを考えると一気に不安になる。

明日になれば、またここを出発して旅が始まるが、その旅はたった一日半くらいで終わってしまう。


アルフィスは南野営地の近くの町、べルートの出身だ。

もう二度と会えない……ということはないだろうとヴァネッサは考えていたが、長く会えなくなるのは目に見えていた。


「よし!」


そう言って、勢いよく上体を起こしたヴァネッサはベッドの近くにある化粧台へ着く。

鏡に向かい、紫色の髪、三つ編みもしっかり整えて、深呼吸すると立ち上がり、そして部屋を出た。


向かったのはアルフィスの部屋だった。



____________



夜空の下を歩くアルフィスとヴァネッサがいた。

町には灯りは多かったが、少し歩くと徐々に町の灯りは減り、満天の星がハッキリと見えた。


「星、綺麗ですね!」


「そうだな」


隣同士で歩く2人だったが、ヴァネッサは途中で立ち止まると俯く。

やはり明日以降のことを考えると不安に駆られ、悲しげな表情を浮かべていた。


「どうした?」


「あ……明日で最後だなって……」


「そうだな……いや、まだ野営地までの旅が残ってるぞ」


「そうですね……」


ヴァネッサは苦笑いを浮かべていた。

アルフィスの言葉が、さらに追い打ちとなり、無理な笑顔になった。


「セレンは性格は"どぎつい"が面倒見はいい。心配することはないさ」


「私が気にしてるのは、そこではなく……」


「ん?じゃあなんだ?」


「あの……」


「ん?」


「アルフィスさん、もし……よかったら……」


それだけ言って口篭る。

ヴァネッサは、それ以上、何も言えなかった。


「ごめんなさい!また明日!」


そう言って宿へ向かって走り出してしまった。

色々な考えがグルグルと頭を回る。

考えが全くまとまらないまま、ヴァネッサは宿へと戻った。



____________




急いで宿へ入り、自室へ戻るヴァネッサ。

ベッドに前のめりで倒れ込み、枕に顔を埋めていた。

自分がメガネをしていることも、お構いなしだ。


「私のバカバカ……なんで、あそこまで言って、最後まで言えないかなぁ……」


異常なまでの後悔の念がヴァネッサを襲っていた。

旅が終わればアルフィスとは離れ離れとわかっていた。

それでも伝える勇気が湧かなかった。


「はぁ……明日で最後……」


ベッドの上で意識が朦朧となる中、ヴァネッサは次の日、出発前にアルフィスに自分の気持ちを伝えようと決意しつつ、眠りに落ちた。



____________




ヴァネッサの朝は早かった。

日も登りかけで、早朝も早朝。

セントラルで、なぜここまで早起きできなかったのだろうと思いながらベッドから降りる。


「でも、そのおかげで会えたんだよね」


そう言って笑みをこぼす。

そして、化粧台に着くと、顔を近づけて自分の紫色の髪をまじまじと見た。


「この髪の色でよかったことなんて一度も無かったけど、初めて、よかったって思えることだな」


そう呟きながら、髪に櫛を入れた。

紫の髪の色でなかったらノアに目をつけられることもなかった。

それがあったからアルフィスと再会でき、ここまで来れたのだ。


「後悔したくない……自分の気持ちしっかり伝えよう!」


ヴァネッサは顔をパチンと両手で叩くと真剣な表情で化粧台の鏡を見た。

そして意を決して立つと、合流場所へと向かった。



____________




ヴァネッサは誰よりも先に到着しようと、合流場所へ歩いていた。

まだまだ時間は早い。

そこには誰も来ているはずはなかった。


町の入り口に辿り着きそうな時、ヴァネッサの横を猛スピードで馬が駆け抜けていった。


「わ!!」


ヴァネッサは倒れそうになる。

そこを、誰かに受け止められた。


「大丈夫かい?」


優しそうな、その声にヴァネッサは受け止めてくれた人を見る。

それは黒のロングコート、銀色の長髪で、それを後ろで結っている血色の悪い男だった。


「あ、ありがとうございます」


「いいんだよ」


そう言って、銀髪の男性は笑顔で歩き去っていった。

ヴァネッサは男性の髪の色が気になったが、あまり考えず、合流場所へ向かった。



向かうまでヴァネッサは色々と思考していた。

なんと言って伝えようかと、ずっとまとまらないでいたのだ。

そんな事を考えているうちに合流場所が数メートル先に迫るとヴァネッサの鼓動が跳ねた。


その先にいたのはアルフィスだが、なぜか見知らぬ女性と抱き合っている。


ヴァネッサは自分でも気づかぬうちに、涙が頬を伝っていた。

そして、その光景を見るのも耐えることができず、入り口の逆方向へと走っていった。


「なんで……私は……」


そして、俯きながら走り、曲がって路地に入ると誰かとぶつかった。

その衝撃でヴァネッサは後ろに倒れてしまう。


「痛いわね!!どこに目をつけてるの!!」


ヴァネッサが、その声の主を見ると、鋭い眼光を向ける1人の聖騎士だった。

目つきが悪く、今にも襲いかかってきそうだ。


「ご、ごめんなさい……私は……」


「涙なんて流して……みっともない。それで許してもらおうと思ってるの!?」


ヴァネッサの心は不安と恐怖でいっぱいだった。

だが、聖騎士は倒れたヴァネッサから視線を逸らして、その後ろへ向けた。


ハッとしてヴァネッサも釣られて後ろを振り返る。


「弱い者イジメはよくないなぁ」


「なんだ貴様は!!」


そこに立っていたのは、さきほどヴァネッサを受け止めてくれた銀髪の男性だった。


「魔法使い程度が、私とやろうってのか!!」


「いや……僕が出るほどじゃない」


「なんだと!?貴様……!!」


聖騎士は腰のショートソードのグリップに手をかけた。

今にも切り掛かりそうな勢いだ。


「"ゾーイ"……君が相手をしてあげなさい」


そう言うと、銀髪の男性の背後から1人の女性が姿を現した。

何もない場所からいきなり現れた女性。

メイド服を着用し、ショートカットで、黒と銀が真ん中から分かれた髪色。

血色が悪く、目がうつろだった。


「仰せのままに」


「な、なんだ貴様は……」


「私はゾーイ・レヴァンティア。アルヴァリア家のメイドを務めさせて頂いております」


「メイドだと……」


聖騎士は困惑していた。

メイドが聖騎士と戦うなんてありえない。

しかも、どこからともなく現れた"ゾーイ"という人間の不気味さは異常だった。


ゾーイが銀髪の男性より前に出ると、聖騎士は後退りする。


「もういい!!」


そう言って聖騎士は振り向き、来た方向を逆へ戻って行った。


「大丈夫かい?」


銀髪の男性はヴァネッサの元へ向かう。

そして笑顔で手を差し伸べた。

ヴァネッサは男性の手を掴むと、その力を借りて立ち上がる。


「あ、ありがとうございます」


「ふふ。二度目だね」


「ええ……」


ヴァネッサは思わず笑みをこぼした。

その間、全く気配もなく"ゾーイ"というメイドの姿を消していた。


「あの短い時間に何かあったようだね。僕でよければ話を聞くよ」


「あ、いえ、いいんです……私なんて……もうどうなっても……」


そう言って俯くヴァネッサの表情は暗い。

今にも消えて無くなりそうな雰囲気に、銀髪の男性はキョトンとした表情をした。


「君の抱えてる問題はわからないが、僕は君には笑顔が似合うと思うな」


「え?」


「では、僕はこれで失礼するよ」


銀髪の男性は去ろうとした。

ヴァネッサは思わず口を開き引き止めていた。


「あ、あの!この髪のことは……」


「髪?何か?」


「紫色なんて……変ですから……」


そう言って俯くヴァネッサ。

銀髪の男性はキョトンとしたが、すぐに笑顔になった。


「誰かに"変"だと言われたのかい?」


「え?いえ……みんなは"特別"だって……」


「確かに特別な色をしているかもしれないね」


「はい……変ですよね……」


「だが、"特別"なんて周りの評価だろ?それを鵜呑みにして自分で勝手に"変"だと思い込んでるだけさ。もう1人……君と同じ"紫色の髪"の人間がいたらどうする?それはもう特別なんて言えない。単なる"珍しい"だ」


「……でも、こんな色の髪は私1人です。こんな色じゃなければ……私は……こんな"特別"なんていらなかった……」


「うーむ……あっ、そうだ、気休めかもしれないが、いいものをあげよう」


そう言って、笑顔になった銀髪の男性はロングコートのポケットから何かを取り出した。

それは"一つの小瓶"だった。


「土の国で有名な医者が作った薬なんだけど、とても気持ちがスッキリするんだ。君にあげるよ」


「え?いいんですか?」


「ああ。別に構わないよ。大して高価な物じゃないし、僕が飲んでも意味がないからね」


ヴァネッサは、その小瓶を受け取る。

中身を見るが、その薬は"赤黒い色"だった。


「また、気持ちが落ち着いたら話でもしよう。僕は、まだこの町にいなければならないからね」


「あの、ありがとうございました!お名前は?」


「僕かい?僕はアルフォード・アルヴァリア。みんなは"アル"って呼ぶ」


アルフォードと名乗った男は笑みを浮かべる。

その笑顔を見たヴァネッサは、誰かの面影を感じた。


そう、その笑顔は"アルフィス・ハートル"そっくりだった。

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