奈落へ


土の国 ジバール



マーシャはジバールの小さな病院にいた。

部屋自体も広くなく、ベッドも4つしかない。

その一つに手当されたワイアットが寝ていた。

他に患者はいなかったが、その理由は、やはりこの町が困窮していることをあらわしていた。


マーシャはベッドに眠るワイアットの側に立つ。

ワイアットは元々、体が丈夫だったのか命には別状は無かった。

だが右腕を失っているのだから重症には変わりない。


ジレンマと戦って3日経つが、未だに目覚めない状況に、マーシャは様々なことを考えていた。


"もっと早く駆けつけていれば……"


"そもそも、自分が領主のところに行っていなければ"


この国のためになればとシックス・ホルダーになったが、現実は甘くはない。

最強クラスの強さを手に入れたからと言って、それは万能ではなく、誰かを救おうと行動すると、その行動によって救えない者が出てくる。


さらに今回の場合はマーシャ自身の早とちりで、勘違いから生じたことだったため、なおさら自分を追い詰めた。


「本当に私でよかったのかしら……?」


何度も考えたことだった。

決意しても、行動すると失敗して、すぐにその決意が揺らぐ。

マーシャは自分の心の弱さを恥じていた。


「どうでもいい……」


ワイアットだった。

ゆっくり目を開けたワイアットは大きく息を吸うと、ゆっくりとそれを吐いた。


「ワイアット様!よかった!」


「すまない……俺のせいで奴を逃したようだな……」


「いえ!私が遅れたせいで……」


マーシャは涙目になっていた。

目を覚ましたのはいいが、ワイアットがこの状態になってしまったのは自分のせいだと考えていたからだ。


「お前のせいじゃない。お前は、この町の人間を救おうと領主の所へ行った。行かせたのは俺だ。だから気にすることじゃない」


「でも……」


「どんなに優秀な人間でも、任務を完璧にやり遂げられる者などいない。それに、大事なのは過去じゃないんだ」


「……」


「何度、心が折れようがそれでもいい。ただ自分の目標は見失うな。お前の目標はなんだ?」


「私は……この国を救いたい」


「なら、それをやれ。宝具は資格が無い者の手元には絶対に来ないと言われている。宝具が自ら来たんだ、お前なら必ずできる」


「ワイアット様……」


「自分の選んだ道を……まっすぐ進め」


それだけ言うとワイアットは、また気を失った。


マーシャは目を閉じて大きく深呼吸し、ここからやるべきことを思い浮かべる。

それは、あの銀髪の大男を追うこと。

ムビルークの炭鉱から彼らの拠点へ入る。

そして、難民を救出するということだ。


1人で行くのは危険なのはわかっていたが、それでもシックス・ホルダーとしての責任を果し、この国を救うため、マーシャはムビルークへ向かうのだった。



________________




土の国 ムビルーク



マーシャは早馬で町に辿り着いた。

完全に夕刻となった頃に到着したせいか、あたりはもう暗くなり始めている。


町は相変わらず閑散かんさんとしていた。

誰も住んでいない町だからか明かりは一切ない。


マーシャは1人という心細さはあったが、構わず馬に乗ったまま、炭鉱へと向かった。


炭鉱前に辿り着く頃には、日は暮れ始めていた。

吹く風も冷たくなり、一気に寒さが増した。

マーシャの服装は白ワイシャツにスカート、その上からマントを羽織っている。

馬から降りたマーシャは体を震わせ、肩を摩った。


目の前には大きな炭鉱入り口がある。

マーシャは背に担ぐ宝具のグリップを右手で握り、感覚を確かめる。

左手にはショートソードを持つが、宝具のグリップから左手までの距離を、ゆっくりと行ったり来たりさせた。


「何が出てくるか……」


マーシャの警戒心を強めた。

またダリウスのような魔獣を操る者が出てきたらと考えると心臓の鼓動が早くなる。


だが、案に相違し、中から出てきたのはヨボヨボで細身の老人だった。

手にはランプを持ち、足元を照らしている。


「ああ、ジレンマ様が言っていた客人ですかな?1人で来られたようで……よかったです」


「あ、あなたは?」


「名前はありません。ただジージとだけ呼ばれております。町までの案内役です」


マーシャが見るに敵意は感じない。

この老人が言うように、ただの案内役だろうと思ったが、警戒心だけは緩めなかった。


「ではこちらへ。明日には町は移動しますので、早く入らないと」


「……」


そう言ってジージと名乗った老人は、炭鉱の中へ入って行った。

ここで何もせずに立っているわけにもいかないマーシャは老人の後を追うのだった。




________________




町へ入るまで数十分は歩いた。


暗闇の中、全く重力を感じない場所があり、体が落下するような感覚に襲われる。

マーシャは"奈落"へでも落ちるような感覚を味わった後、それでも歩き続け、すぐに広い場所に出た。


そこは大きな町だった。

周囲の空間の広さにマーシャは驚く。

ここは町の南側、女性が多くいるという地区だった。


建物は土やレンガ作りで見た目はバラバラ。

かなり密集した作りで、ほとんどの家屋に明かりが灯っている。


地上同様に、この町では、今の時間はもう夜だった。


「ここからはお一人で」


「ええ。ありがとう。あの、あなたは難民ではないのですか?」


「私はここが完成した時からいますので、難民ではないですよ」


ジージはにこやかに答える。

マーシャは同じてつを踏むまいと、しっかりと相手と会話するよう心がけた。

なによりも、ここで焦れば命取りになると感じたのだ。


「確かに、ここには難民が多く集まってます。馴染む者もいれば、逆らう者もいる」


「逆らったらどうなるのですか?」


「男性なら闘技場送り、女性ならエルヴァンヌ様の屋敷へ連れていかれます」


「闘技場?ここには闘技場があるのですか?」


「ええ。町の中央にありますよ」


「あと、そのエル……ヴァンヌ様とは?」


質問の最中だった。

かなり近くで女性の悲鳴が聞こえた。

その尋常ではない声にマーシャは驚いて周囲を見渡す。


「今のは何!?」


「ああ、それこそエルヴァンヌ様でしょう。毎晩こうですよ」


「毎晩……?何をやっているのです!」


「剥がしてるんです」


「え?何を……?」


「エンブレムを」


マーシャは絶句する。

そのエルヴァンヌという人物は女性が唯一持つスキルであるエンブレムを剥がすという常軌を逸した行動を毎晩、続けているというのだ。


「私をそのエルヴァンヌという者の屋敷へ案内して下さい」


「え?いや、それはやめておいたほうが……」


「お願いします」


この時の感情は怒りだけではない、使命感や責任感など多く入り混じっていた。

だが、それ以上に、ここで見過ごしてしまったら絶対に後悔する。

マーシャはもう失敗など恐れてはいなかった。


こうしてマーシャは女性達を救出するため、エルヴァンヌ女卿の屋敷へ向かうのだった。

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