運命

土の国 ライラス


日中、ライラスの北門に2人の男性がいた。

金髪のオールバック、貴族服の男はこの町の領主であるゾルディア・ゼビオル。

もう1人は、大きな屋根付き荷馬車の前に立つ少年リオンだった。


「お世話になりました!」


「こちらこそ、感謝している」


そう言うとゾルディアはリオンに手を伸ばした。

リオンは戸惑いながらもその手を取り握手した。


「ああ、そうだあとこれを」


ゾルディアは左手に持っていた本をリオンに渡した。

その本は分厚く、読み切るまでとなると相当な時間を要しそうだった。


「あ、あのこれは?」


「学生時代、私が読んでいた土の魔法の本だ。君へのお礼だ」


「お礼ならもう頂いてます……」


「いや、紹介状は"魔拳"のために書いた。これは是非君に受け取ってもらいたい」


リオンは少し涙目になりながら、その本を受け取った。

見た目通り、その本はとても重かった。


「また来るといい。彼も治ったら一緒にね」


「ありがとうございました!」


リオンは深々とお辞儀すると荷馬車に乗り込む。

屋根付きの荷台にはアルフィスが寝ていた。

あれから数日経つが起きる気配は全く無かった。


ゾルディアは砂漠地帯をゆっくり進む荷馬車を、それが見えなくなるまで見つめていた。



____________



ゾルディアが屋敷に戻ると、門の前にはクロエがいた。

不機嫌そうに腕組みをして目を閉じていた。

それを見たゾルディアはため息をつく。


「なにかあったのかい?随分と機嫌が悪そうだ」


「いいえ、別になんでもない。ただもっと高く買い取ってもいいんじゃないかと思っただけよ」


ゾルディアは首を傾げた。

クロエが誰に何を売ったのかわからないが、恐らく商人にぼったくられたんだろうと思った。


「それより、この前の話しだけど」


「ああ。ここに来るメイヴへの使いのことか。それならいい考えがある」


「へー。さすが優等生」


クロエの馬鹿にしたような口ぶりには耳を貸さず、ゾルディアと2人で屋敷の書斎へ向かった。



____________



書斎は散らかっていた。

今までメイヴが好き放題使っていたせいだ。

真ん中のテーブルの上には手紙が乱雑に置かれ、本は床に散らばる。


「汚いわね」


「勘違いしないでもらいたいね。私は綺麗好きだよ」


クロエはテーブルの前に行くと散らばった手紙を手に取り読んだ。

それは全てグランド・マリアから届けられたものだった。


「手紙の日付を見るにもうすぐここに使いがくるだろう。私の魔法で上手く誤魔化して、君を連れて行ってもらう」


「いい考えね」


そう言って、次々とテーブルの手紙を見ているクロエは一つの手紙で手を止めた。


「なるほど……やはり魔女が……」


「どういうことだ?」


首を傾げるゾルディアにクロエはその手紙を渡した。


「これは……君達がメイヴと戦った時の作戦か?」


そこに書かれていたのはメイヴと戦う時に、アルフィスとリオン、クロエの3人が宿で話し合った作戦が書かれてあった。


「未来を予知する能力を持つ人間がいるとなると、こちらの作戦も筒抜けだろう……君がその町に辿り着けるとは到底思えん」


「最後を見て」


「ん?」


ゾルディアは手紙の最後を読んだ。


「なんだこれは……"勝利するのはライラスの女王"だと!? どういうことだ……」


「魔女は嘘をついたのよ」


「なぜそんなことを?」


「彼女達は自分達の都合のいいように未来を改変している」


「改変?」


「ええ、もしこの手紙に真実が書かれていたとするなら、メイヴは私達と戦ったかしら?」


ゾルディアは少し考えた。

確かに手紙に"戦ったら負ける"と書いてあったらメイヴは戦わなかったかもしれない。


「だが、それは結果論でしかないだろう」


「でも少なくとも、この一文でわかることは、魔女は私達の敵ではないということ。恐らく私は問題無くグランド・マリアに入れるわ」


「確かに……」


「このまま、あなたの作戦でグランド・マリアまで行く」


クロエの真剣な眼差しに、ゾルディアは心動かされていた。

さらにクロエに対しても借りがある。


ゾルディアはクロエの決意に応えるように、無言で頷くのだった。



____________



土の国 



太陽がちょうど中央に差し掛かる昼下がり、シリウスの馬車はもう少しでセントラルに到着しようとしていた。

ここまでほとんど休憩がなかったため、護衛の聖騎士達も疲れが顔に出ていた。


4人いた護衛は1人減っていた。

その1人は"マイアス"という町に残してきたのだ。


馬車から外を眺めるシリウスの表情は晴れやかだった。

こんなに清々しい気持ちは何十年ぶりだろうか……と思っていた矢先、いきなり馬車は止まった。


「また魔物か……」


シリウスはため息をつきながら馬車のドアを開けて降りる。

聖騎士達が2人、馬に乗って横に並んでいた。

シリウスが乗る馬車の御者を務める聖騎士も手綱を握る手が強張る。


数メートル先に向かい合うように3人の男性が立っていた。

その男性達は二台の馬車を横にし通行を妨げていたのだ。


「貴様ら!何者だ!」


馬に乗る聖騎士が声を荒げた。

だがそんな威嚇はお構いなしに真ん中に立つ銀髪の男は笑みを溢す。


その男は長髪で銀髪。

黒いロングコートを着用し、血色の悪い細身の男だった。

横に並んでいるのは薄黒い緑色のローブを着た魔法使いでフードを頭まで被って顔は見えない。


「シリウス・ラーカウの馬車とお見受けする」


銀髪の男のその言葉に、聖騎士達は一気に緊張感が増した。

そして馬に乗りながらも腰に差した剣のグリップを握る。

これはさらなる威嚇のためだった。


「それならどうした?こんなことをして……死にたいのか?」


「ちょっとしたファンでね。話しかけちゃダメかい?それとも熱狂的すぎるかな?」


銀髪の男は再び笑みを浮かべる。

その優しい口調とは真逆の不気味な笑顔に聖騎士達は息を呑む。


馬車から降りたシリウスは馬に乗る聖騎士達より前に出た。


「これはこれは。ワシも君のファンじゃよ」


「ん?僕を知ってるのかい?これは光栄だね」


砂漠地帯に風が吹く。

妙な空気感だった。

シリウスが言ったことに聖騎士達は困惑してる。


「名前は知らないが、"ナンバー"だけは知っとるよ」


「……」


銀髪の男の笑みは消えた。

そしてシリウスを鋭い眼光で睨む。

先ほどまでの優しそうな雰囲気はそこには無かった。


「"ファースト・ケルベロス"……」


「まさか……僕とナンバーを結びつける……魔女か……」


「古い友人じゃよ。それより君の目的はなんだ?」


「その友人の魔女から聞いてないのかい?」


「それは話さなかったな」


「この国の宝具をもらっていく」


「使えんじゃろ……おぬしには……」


「僕は使えないね」


シリウスはその言葉に引っかかった。

その口ぶりからは使える人間が組織にいるというように聞こえる。


「僕は"ナンバー"や"強さ"に興味はない。言ってしまえば宝具にもね」


「王に匹敵する力を持っていてもか?」


「それになんの意味がある?」


銀髪の男はただ無表情だった。

この男が言ってることは嘘ではない。

強さが全てのこの世界で自分と同じ思考の人間は珍しいとシリウスは思った。


「もう少し違う出会い方をしたかったものじゃな」


「そんなのは言うだけ無駄さ……僕達は戦う運命にあったんだ。宝具はもらっていく」


銀髪の男はロングコートのポケットに手を入れながら、ゆっくりと前に歩き出した。

シリウスは後ろの聖騎士に下がるように命じる。


「全員で来た方が得策じゃないのか?」


「いや"ワシ"だけで充分じゃよ」


シリウスのこの言葉には深い意味があった。

自分自身がその発言を噛み締めるように、左腰から"小さなステッキ型"の杖を抜き、前に構えた。

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