ジバールの死闘(4)


土の国 ジバール



風で舞い上がる土埃が、目に見える周囲の空間を茶色に変える。

さらに陽の光が強すぎて暑さは頂点を迎えていた。


ジレンマは黒い片翼を羽ばたかせた瞬間、背を向けて両膝をつくワイアットに高速で向かう。


ワイアットは薄れゆく意識の中、ある葛藤があった。

抗うのか諦めるのか……心の中でこの二つで揺れていたのだ。


"正直もう戦えない"

"こんなやつに勝てっこない"


右腕を失い、さらにその出血によって今にも意識が飛びそうだ。

諦めてしまえば楽になる。


過去にもあった。

風の国でカゲヤマと戦った時だ。

あの時は完全に諦めてしまっていた。

だがその時にノアに言われたことがずっと頭に残っていた。


"今の二つ名はこの程度か"


こんな状況でそれを思い出し、こめかみに血管が浮き出る。

さらにそこにある魔法使いのことが思い浮かんだ。


"アルフィス・ハートル"


ラムザと戦って、一度負けているだけじゃない。

胸をぶち抜かれて心臓が一度止まってる。

それでも生きていた。

そんな出来事があったとしても、それでも一度負けた相手に立ち向かう。

自分より強い相手に再度、戦いを挑むなんて正直イカれてると思っていた。


だが、この男との出会いでワイアットの中にある当たり前の常識は覆っていた。

アルフィス・ハートルという男に出会っていなかったら、ここで"抗う"なんて選択肢は出てこない。


勝つか負けるかはもうどうでもいい。

このジレンマという男に一矢報いる。

ワイアットにはもう"諦める"という選択肢は無く、迷いは一気に吹き飛んだ。


ワイアットは無意識に杖を持つ左手を地面に打ち付けていた。

すると周りで爆風が巻き起こり、さらに竜巻に変化した風はワイアットを包み込む。


高速で動いていたはずのジレンマだったが、竜巻が目の前に起こったせいで攻撃できず、そのまま通り過ぎる。

ジレンマが振り向くと凄まじい眼光でワイアットが睨んでいた。


「なんという男だ……戦意喪失しているように見えたが……」


ジレンマはワイアットの行動に感服していた。

ここまで傷を負って、まともな精神状態でいれる人間は見たことがなかったのだ。


「生きて……帰れると思うな……」


ワイアットは最後の力を振り絞り、杖握る左手をジレンマに向けた。


「俺の今ある全魔力を、この一撃に……"魔力収束"」


その言葉に応じて周囲で吹いていた風が急速にワイアットの杖の前に集まる。

それは拳台の球体になるが、ワイアットがさらに杖を握る左手に力を入れると小さくなった。


「ジレンマ!!あれはマズイ!!」


「……」


ジレンマの後方数メートル先にいたダリウスが叫ぶ。

だがジレンマはワイアットの行動に笑みを溢していた。


「力比べか……面白い」


「面白い?んだぞ!」


「だからどうした?あんなのも耐えれないなら、この国の宝具のなぞ使えん」


そう言ってジレンマは黒衣を纏った右腕を前に突き出し、手のひらをワイアット向けた。

今、放たれるであろう魔法を受けるつもりだった。


「イカれてる……」


ダリウスば後ずさる。

もしワイアットの魔法にジレンマの黒衣が耐えられなかったら自分が吹き飛ぶことは目に見えていた。


そんなダリウスにはお構い無しに、ジレンマはワイアットの魔法の発動を待った。

恐らく、あと一度、黒翼を羽ばたかせれば勝負はついてしまう。

だがジレンマはそれを選ばなかった。


「いい度胸だ……俺の魔力……受け取れ!!」


杖は横に振られた。

暴風を纏った小さな球体は高速でジレンマに向かう。

そして風の球体がジレンマの右手のひらに到達した瞬間、球体は破裂し周囲の建物を切り刻んだ。

ジレンマの右腕も例外ではなかったが、切り刻まれるたびに黒い根のようなものが凄まじいスピードで右腕に絡みつき、黒衣を再生させていた。


「なんという破壊力……黒衣が剥がされる……!!」


ジレンマは球体を握り潰そうと右腕に力を入れるが、爆風はそれを許さなかった。

だが風が弱まり始め、見計らったジレンマは右手に力を込め一気に拳を握る。


暴風は消えるが、同時にジレンマの黒衣も割れ灰になり、背中の黒い翼も崩れて風に消えた。


「まさかここまでやるとは……迅雷のワイアット……間違いなく俺が出会った人間の中で3本の指に入る強者だ」


ジレンマはニヤリと笑った。

ワイアットは正座する形で座り込み、力なく俯いていた。

意識があるのかどうなのかすらわからない状態だ。


「ここで殺すのは惜しい……だが……ここで殺しておかなければならない」


ジレンマはそう言ってゆっくりと歩き出す。

ワイアットに向かうが、その後方に凄まじ殺気を感じた。


「なんだ……今度は聖騎士か……何者だ?」


ワイアットの後方、数メートル先にいるのは金髪ワンカールで褐色肌。

白ワイシャツにスカート、軽装の鎧を身につけてた聖騎士だった。

左手にショートソードを持ち、大剣を背負っている。


「マーシャ・ダイアス。この国のシックス・ホルダーだ」


「なるほど。アルフォードの言う通りになったな……」


マーシャは首を傾げた。

目の前の大男が放った言葉が理解できなかった。


「今度はあんたが俺と遊んでくれるのか?」


ジレンマが笑みを溢しながら、そう言うとマーシャは鋭い眼光で睨んだ。

その瞳は少し金色に"発光"しているようにも見えた。


「ジレンマ、いい加減にしてくれ、もう町は移動するぞ」


ジレンマの後ろに立つダリウスは呆れ顔だった。

大きいため息をついたジレンマは振り向き、ダリウスの方へ向かう。


「まだ話は終わってはいない!!」


「文句あるならグランド・マリアに来るといい。いつでも相手をしてやる。それよりもそいつを早く手当しないと死ぬぞ」


マーシャはハッとした。

ワイアットを見ると完全に意識は無く、呼吸も浅いように感じる。


「強者の訪問は歓迎だ。5日後、ムビルークの炭鉱に来れば町に入れる」


「そんな情報を教えていいのか?聖騎士や魔法使いが大勢なだれ込むわよ」


「いいんだよ。だが1人で来ることをおすすめするよ。入ってきた奴らが生半可な強さなら……俺が全員殺す」


マーシャは息を呑んだ。

ジレンマという男は嘘を言っていない。

なにせ二つ名のワイアットにここまで瀕死の重傷を負わせるくらいだ。

末端の聖騎士や魔法使いが何人いようとも結果は見えていた。


「では土の国のシックス・ホルダー……また会おう」


ジレンマはダリウスに続き、そのまま歩き去って行った。

マーシャは唖然としながらも、すぐに我に返り、ワイアットへと走り寄るのだった。

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