本質



土の国 ジバール



ワイアットとマーシャがジバールに到着してから2日が経った。


ムビルークで捕らえたブラック・ケルベロスの人間と思われる少年ダリウスは、この町の聖騎士団宿舎の地下牢にいた。


ダリウスの魔獣召喚の原理がわからなかったため、目隠しと腕を布で覆い、さらに鎖で巻かれていた。


今日もワイアットとマーシャが早朝からダリウスのもとを訪れていた。


ダリウスはベッドに座り俯いているだけで口を全く開かず、声を聞いたのはムビルークで出会った時だけだった。


「今日もダンマリか?少年」


「……」


「今日もダメですかね……」


「まさかここまで口が堅いとは」


マーシャは半ば諦め、ワイアットは大きいため息をついていた。


「私、少し出てきます」


「ん、どこへ行くんだ?」


「領主の所です」


ワイアットは首を傾げた。

この件にジバールの領主は関係ない。

なぜマーシャが領主に会いに行くのかわからなかった。


「なぜだ?」


「ここの体制の件です。物が無いのに領主がそれを独り占めとは許せません」


その言葉にワイアットは眉を顰める。

そしてまた大きいため息をつくと口を開いた。


「やめといた方がいいと思うがね」


「え?」


「いや、まぁ逆に勉強になるか……社会勉強してきたらいい」


ワイアットはそう言うとマーシャに軽く手を振る。

そんなワイアットの発言と行動に首を傾げながらもマーシャは聖騎士団宿舎から出た。



____________




マーシャが町を歩くと、やはり町は相変わらずの状況だった。

明らかにこの町は貧困している。

マーシャはこの町の状況を何とかしたかった。


マーシャは怪訝な表情で周囲に目をやりながら領主の屋敷を目指して歩いていると妙な男とすれ違った。


それはこの町にはふさわしく無いような大きな体格の男で、マーシャは思わず振り向いていた。

"大男"と言っても過言ではないその人物はボサボサの銀色の長髪でブラウンのロングコートを着ていた。

すれ違いざまが一瞬だったので顔は見えなかった。


「銀髪……?」


マーシャはそう呟き首を傾げる。

大男はコートのポケットに手を入れ、マーシャに構うことなく歩き去った。

マーシャは考えすぎだろうと気にせず領主の屋敷に向かった。



______________




領主の屋敷に到着したマーシャは大貴族の令嬢、さらにはシックス・ホルダーということもあってかすぐに中に通された。


応接間にはもうすでに領主がおり、それは初老の白髪の上品な髭を生やした男性だった。


応接間はさほど広くなく、ただ真ん中に大きいテーブルが一つと、いくつかの椅子があるだけで他には何も無いシンプルな部屋だ。


「お初にお目にかかります。私はマーシャ・ダイアスです」


部屋に入るなり、マーシャは部屋の奥の窓のそばに立つ領主に挨拶をした。

窓の外を見ていた領主が振り向くが、その顔はやつれているように見えた。


「これはこれは、ダイアス家のご令嬢がこのような場所に。もてなしたいところですが、あいにく食料が乏しく……申し訳ない」


「いえ、ですが、今日はその件で来ました。妙な噂を耳にしまして」


「妙な噂?」


「ええ。あなたが物資を独り占めしていると」


マーシャはそう言うと領主を睨んだ。

領主は少し驚いた表情をした後、すぐに笑みを溢す。


「何がおかしいのですか?」


「いえ、そんなこと誰から聞いたのか気になりまして」


「この町の住民です」


「なるほど」


領主はそれだけ言うと窓の外を見た。

外は風が強く吹き、砂埃が舞い上がっている。

それがパチパチと窓に当たっており、領主は目を細めてそれを見ていた。

外を見つめる領主の目はどこか悲しそうだった。


「この町の食料は乏しい。さらに物資はなかなか届かない。逆にあなたならどうしますか?」


「え?」


「確かに私はこの町の食料を回収した。届いた数少ない物資を全てこの屋敷にも運ばせている。それは間違いないことだ。だがそれには理由がある」


「理由……?」


「もし店に置いてある食料が、今日この日に尽きると知れば住民はどうすると思いますか?」


マーシャは眉を顰めた。

そして少し考えるとハッとする。

自分が住民の立場であればやることは一つしかない。


「あなたは大貴族だ。食料に困ることはそうそう無いでしょう。だが地方の住民は違う。何か不測の事態が起こり、入ってくる物が少ないとなれば混乱は必定だ」


「で、では、あなたがやったことというのは……」


「今ある食料と届いた物資を計算して必要な分だけ市場に流してる。過度な買い占めを防ぐためにね」


マーシャは領主の言葉に驚いた。

ここの住民という青年の言葉を信じて完全に勘違いをしてここまで来ていたのだ。


「住民から見たら私は悪者に見えるでしょう。だがそれでも構わない。ただ、私はこの町を守りたい」


「私は……誤解しておりました……」


「誰の言葉を聞いたのかは知らないですが、"事の本質"を見極めるためには双方から話を聞いてから判断しても遅くはない。私はそう思います」


「はい……」


「だが、あなたは正義感でここまで来た。そんな人間はこの国では珍しい。こんな小さな町の出来事なんて誰も気にもとめないですからね。……あなたのその御心、いつまでも貫いて欲しい」


領主はそう言うと優しい笑顔をマーシャに見せた。

マーシャはワイアットが言ったことが、この時にようやくわかった。

ワイアットはこの町の現状を見て、すぐにこの結論に辿り着いていたのだ。

だから"やめておいた方がいい"と言ったのだとマーシャは思った。


マーシャは領主に一礼し、屋敷を後にした。


自分の正義感のせいで他人を傷つけてしまったことにマーシャ自身、罪悪感を覚えていた。


「社会勉強か……」


屋敷の門を出たマーシャは深いため息をついた。

そして、もし自分ならどうするべきなのか考えながら聖騎士団宿舎へ向かおうと歩き出した。


マーシャが歩き出してまもなく、いきなり町の奥でズドン!という轟音が響いた。


「な、なに!?」


その轟音は"雷"が落ちたような音にも似ていた。

住民達は聖騎士団の宿舎がある方向から慌てて走って逃げて来ている。


マーシャはただならぬ状況であることを察し、すぐさま宿舎へ向かうため走り出すのだった。

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