それぞれの報酬



土の国 ライラス



クロエは診療所から1人出て、ゾルディアの住まう屋敷へ向かった。


町道にはうなだれている男性が数多くおり、中には頭を抱えて泣いてる者もいた。

このメイヴ事件の重さをクロエはゼビオル家の屋敷へ向かう道中、痛いほど感じていた。


クロエは屋敷の門前に到着した。

屋敷は横に広い作りで、かなりの大きさだった。

門を抜け、長い道の真ん中には噴水がある。

そしてそれをかわしてさらに歩くと玄関があった。


玄関前には2人の男性がいた。

1人は貴族服を着た男性。

もう1人は執事と思われる。


貴族服を着た男性は金髪でオールバックの背の高い男。

金髪の男はクロエに気づいて見るなりニヤリと笑った。

そして執事に屋敷に入っているようにと促すと、クロエへの方へ歩いて来た。


「よく来たね英雄さん。君に蹴られた頭がまだ痛いよ」


「あら、生きてたの。運がいいわね。殺すつもりで蹴ったのに」


クロエの冗談かどうかもわからない発言に苦笑いする貴族服の男。

この男はメイヴのバディであったゾルディアだった。


「死ぬかと思ったというのが正直なところさ。ところで少年は大丈夫かい?」


「アルフィスのこと?彼はもう戦えないわ」


「そうか……」


ゾルディアの表情は険しい。

街を救った英雄が、その行動によって戦えなくなるほどの重症を負ったとなれば、さすがのゾルディアも感じるものはある。


「それよりメイヴは?」


「地下牢にいるよ」


「大丈夫なの?あれほどの敵は今まで戦ったことはない。鉄の牢なんて簡単に抜け出しそうだけど」


「大丈夫だ。腕はこちらで切り落とした。彼女はもうあの少年同様で戦えまい」


クロエはその言葉に安堵していた。

これ以上、手間が増えるのはゴメンだった。

なにせメイヴを倒したアルフィスがあの状態であれば、再度メイヴが暴れ出したら止めようがない。


「戦意も喪失している。君は彼女に会うためにここに来たのだろう?うちの執事に案内させよう」


「そうしてもらえると助かる。あなたはどこへ?」


「少年にお礼をね」


そう言いながらゾルディアはクロエの横を通り過ぎて診療所へ向かおうとしていた。


「アルフィスは意識不明よ」


「構わんさ。気持ちを伝えるのに意識があろうが無かろうが関係ないだろう」


「伝わっているかどうかは重要だと思うけどね」


「そうかな?私はそうは思わない」


ゾルディアは笑みを浮かべてクロエに手を振ると歩き去った。

クロエは首を傾げながらも屋敷の玄関に向かい、ドアを力強くノックした。



____________




診療所に取り残されたリオンは眠るアルフィスの側にいた。

その目には涙を浮かべる。

一体これからどうすればいいのかわからない。

医者の言う通り、セントラルに向かうしかないがリオンはセントラルには入れない。


「どうしたらいいでしょうか……師匠……」


ため息混じりにそう呟くリオン。

そこに病室のドアが開いた音が聞こえた。

リオンは医者だと思いドアの方向を見なかった。


「これは……重症のようだな……」


聞き覚えのない声に、リオンがその男性の方を見る。

そこにいた貴族服を着たオールバックの男性をリオンは知らなかった。


「あの……どちら様でしょうか?」


「私はここの領主のゾルディアだ。君にも感謝せねばな」


「領主様!?」


リオンは驚いて頭を下げる。

その行動を見てゾルディアは笑みを溢した。


「やめてくれ、一緒に熱いハーブティーを飲んだ仲じゃないか」


「へ?」


リオンがその言葉を聞くと顔を上げて首を傾げた。


「"君"と"君のおじさん"がいなければ、今回のような結果にはなっていない。心から感謝している」


「は、話が見えないのですが……」


「君が昨日の晩に行った家とルドルフという男は私が土の魔法で作ったんだ」


「そんなことが……」


「私は昔から造形が得意でね。スキル構成もそちらに偏ってる。私の魔法はあまり戦闘向きじゃないんだ」


リオンはあの晩のことを考えていたが、あそこまで精巧に魔法で家だけでなく人間までも作るなんて考えられなかった。

ゾルディアはそれらを駆使してリオンにメッセージを伝え、それをアルフィス達が知ることでこの事件は解決したのだった。


「僕は何も……」


「いや、君はよくやった。あの土壁を作る魔法のタイミングもバッチリだった。あれが無ければ住民への被害が大きかったろう……本当にありがとう」


リオンの頬に涙が伝った。

ただの田舎の村人が町の領主からここまで感謝されることはありえないことだったからだ。


「そこで、君に借りを返したい。報酬……と言ったらなんだが、何か望むものはあるか?」


「それなら……師匠を……セントラルへ運んでもらえないでしょうか!」


リオンの言葉にゾルディアは驚く。

自分の名利のためじゃなく、アルフィスのために"貴族の借り"を使うなんてあり得ないと感じた。


「君の願いはそれでいいのか?」


「はい!僕はセントラルには入れないので……だから……」


「いいだろう。このゾルディア・ゼビオル、その願い聞き入れた」


ゾルディアがそう言うとリオンは泣き出した。

それを見たゾルディアが笑みを溢す。

美しい師弟愛を見た気がしたのだ。


「アルフィス・ハートル。君はいい弟子をもったな。君にも感謝を」


ゾルディアは意識の無いアルフィスに対しても丁寧に頭を下げる。


ゾルディアはリオンがセントラルに入れるように紹介状書き渡すことにした。

そしてリオンと意識不明のアルフィスはセントラルへ向かうためライラスを出るのだった。



____________




クロエはゼビオル家の地下牢にいた。

薄暗いのもそうだが、湿った空気が特に不快に感じられる。

目の前の牢屋の中にはメイヴが地面にあぐらを組んで座っている。


右腕は肩まで無く、肩には包帯が巻いてあった。

左手は天井に伸びる鎖が繋がれている。


メイヴはクロエを見るとニヤリと笑った。


「これはこれは……この町を救った英雄の1人か……」


「前置きはいい。"グランド・マリア"は今どのを移動している?」


「なぜそれを知りたい?」


「"セカンド"がそこにいるのはわかってる」


メイヴは"セカンド"という言葉に反応し驚いた表情をした。


「お前は何者だ?なぜ"グランド・マリア"を知ってる」


「私はあそこの生まれだ」


クロエのその発言を聞いた瞬間、メイヴは吹き出し大笑いした。

その声は地下に響き渡るほどだった。


「まさか……私と同じとは……だがどうやってあそこを出た?」


「父が見つけて助け出してくれたんだよ」


メイヴはクロエの言葉に驚いた。

"あり得ない"という表情だった。


「馬鹿な……グランド・マリアは地下を移動しているんだぞ……どうやって見つけたんだ……」


「父は他の人間とは違う。特別なのよ。それよりも"アレ"は今どこを移動してるの?」


「知るわけないだろう。お前もあそこの出身ならわかるだろ。あの都市は常に移動している。あそこは王にすら見つけられない」


クロエは怪訝な表情をした。

だが、すぐにハッと何かに気づいたように口を開いた。


「そういえば女、子供をあそこに送ったと言ったが、どこかで止まらないと町には入れないはずだな。どこで町に入れるつもりだった?」


「それも知らん。ただここに使いの者が来て連れていくだけだからな」


「なるほど……その使いは次いつ来るの?」


メイヴはクロエの言葉に口をつぐんだ。

確かに使いの者が来てるということは、その使いの者の帰る場所はグランド・マリアだ。


「この町に女、子供はもういない。もう来ないと思うがね」


「何言ってるの?いるでしょ」


「なんだと?」


「私はこれでも"女"だけど」


メイヴは言葉を失っていた。

このクロエという聖騎士については何も知らないが、ただハッキリしていることがあった。

この女の執念はブラック・ケルベロスにとってとても危険だということだ。


メイヴは項垂れるだけでクロエを睨む力も消えていた。

その姿を見たクロエはもう情報を聞き出せまいと地下から屋敷の入り口へ向かった。



____________




クロエが屋敷の入り口に行くと、玄関にはちょうどゾルディアがいた。

診療所へ行って戻ってきたところだった。


「メイヴはどうだった?」


「面白い情報が聞けた。そっちは?」


「お礼は言えたよ。そして彼らをセントラルへ送るために紹介状を書く。私は書斎へ行くよ」


「そう。後で話がある。終わったら宿へ来てもらえると助かるわ」


「まさか私を歩かせるとは……」


「どっちにしろリオンに紹介状を渡しにいくでしょう」


クロエの言葉を聞いたゾルディアは苦笑いを浮かべながらため息をつく。

そしてそれに頷くと屋敷へ入っていった。

それを見届けたクロエは宿へ戻るため屋敷を後にした。


町を歩く途中、クロエはコートのポケットに手を入れると何かに触れた。

そしてポケットの中の"何か"を握ると首を傾げた。


「ん?」


その"何か"を取り出してみると、それは黒いグローブだった。


「アルフィスのグローブか……」


クロエは歩きながらそのグローブをまじまじと角度を変えながら見ていた。


「見たことない形の魔法具だけど……まぁ今回の報酬としてもらっておくわ」


そう言ってクロエはグローブをポケットに戻す。


どのみちアルフィスはもう戦えない。

クロエはただの魔法具くらいもらったところで差し支えないだろうと思ったのだ。

クロエにとってこのグローブはどこにでも売ってる安い小型ステッキ程度の魔法具だろうという感覚だった。


「売ったらちょっとしたお小遣いにはなるでしょう」


クロエはそう呟きつつ、宿へ戻るのだった。

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