決着
土の国 ライラス
町の中央広場の地面に四方八方に亀裂が入り、砂が舞い上がっていた。
アルフィスとクロエが並んで立つ。
その目の前、10メートル先にドス黒く体が変色したメイヴがいた。
体は女性的で腕だけ異様に禍々しい。
顔がなく、口は裂けていた。
さらに体全体から黒い瘴気が地を這うように垂れ流されている。
「イタイ……イタイ……」
メイヴが体を震わせているのは苦痛のあらわれだった。
それは不完全な魔人化でメイヴの体は耐えきれていなかった。
そうまでして目の前の相手を倒さんとする気迫にアルフィスは感服していた。
「凄まじい闘気だな……」
アルフィスはそう言うとニヤリと笑った。
だがクロエにはメイヴの行動は理解できていなかった。
「なぜあそこまで……」
「誰かに自分を見て欲しい……それだけなのさ。ただ認めて欲しいだけなんだろう」
アルフィスの言葉にクロエも父親のことを思い出した。
確かに子供の頃はただ褒められたいだけで頑張っていた気がした。
「それはいいとしてあんな化け物をどうやって?」
「アレをやるしかねぇか……」
クロエが首を傾げる。
困惑するクロエをよそにアルフィスは手につけていた黒獅子のグローブを外しクロエに渡す。
「なにをやる気なの?」
「やつには炎の拳が効かない。ただシンプルに"衝撃"だけをぶち込むしかねぇ。一か八かだがな」
「そんな確実性のないことをやる気?」
「確実に勝てる戦いほどつまらいものはないだろ」
アルフィスの言葉にクロエが苦笑いを浮かべる。
アルフィス・ハートルという魔法使いは他の魔法使いとは違う。
明らかにその思考は戦闘狂のそれだった。
「お前はリオンのところまで下がれ、多分この辺めちゃくちゃになるからな」
「え、ええ。わかった」
クロエはメイヴから目を離さず後退りする。
アルフィスは目を閉じて一度だけ大きく深呼吸した。
「ファイアボディ・複合魔法・下級魔法強化」
アルフィスが魔法を唱え終わると、巨大な魔法陣が足元に展開する。
そして周囲に熱風を巻き起こす。
アルフィスの髪の色が真っ赤に染まり、さらに銀色が混ざる。
目は赤く発光し、その眼光は鋭くメイヴを睨んだ。
「これをやるのも2度目か……どのみち死ぬなら勝って死にたいものだな……あんたもそう思わないか?」
そう言い終わるとアルフィスはその場から一瞬で姿を消した。
ワープ魔法に等しいスピードはアルフィスの動きから音すら奪った。
赤い歪な線がメイヴへ向かい、さらに上空へ。
そして瞬時に赤い直線がメイヴへ落ちた。
「カツノ……ハワタシダ!!」
メイヴはアルフィスの超スピードを捉えていた。
頭上からのアルフィスの右ストレートに、メイヴも右ストレートの打ち上げで対応した。
ズドン!という轟音と共にメイヴが立つ地面にクレーターができ、さらに熱風が吹き荒れ、広場の木々を焼いた。
離れた家屋のガラスが全て割れ、町中にその振動は伝った。
「クソがぁぁぁぁ!!」
アルフィスの魔法が解除寸前、メイヴの右腕の骨と両足の骨が砕けた。
同時にアルフィスの右腕の骨も粉々になる。
アルフィスはすぐに右腕を引き、今度は左ストレートをメイヴの顔面に叩き込む。
左腕の骨も砕けるが構わずそれを振り抜き、メイヴは地面に叩きつけられる。
その衝撃でさらに地面のクレーターは広がる。
アルフィスはそのまま地面に着地していた。
メイヴは仰向けに倒れ、全身のドス黒い肌は割れて白い肌が見える。
かろうじて意識がある状態だった。
「まさか……私が負けるなんて……」
「俺の……勝ちだな……うっ!!」
アルフィスはあまりの苦しみに片膝をついた。
そこにクロエとリオンが駆けつける。
「アルフィス!!」
「師匠!!」
アルフィスは2人の声にも反応できずにいた。
そしてそのまま意識を失った。
____________
メイヴは"移動都市グランド・マリア"で生まれた。
メイヴは父がとても好きだった。
父はいつも優しく、なにかしら上手くできた時は一緒に喜び、そして褒めてくれた。
メイヴの剣の腕は徐々に上達していき、エンブレムの力を加えると、もはやその力は父を超えていた。
その頃から父はメイヴを見なくなっていた。
そしてその後すぐに決定的な出来事があった。
弟の誕生だった。
弟もメイヴに似て優れていた。
その魔力量も凄まじく、父は弟ばかりを褒めるようになっていった。
なにせ土の魔法で"一つの街"を作ってしまうほどだったからだ。
だが聖騎士であるメイヴは父よりも弟よりも強い。
それなのに何故こんな思いをしなければならないのかとずっと悩んでいた。
ある日、メイヴの父はいなくなり、弟と2人になった。
メイヴは弟にあらぬ感情など抱いたことは無いが、悔しいのも事実だった。
そこでメイヴは弟に一つの提案をした。
どちらが多く"グランド・マリア"に女、子供を送れるか……
メイヴ・ダリアムは弟に絶対に負けられない勝負を挑んだのだった。
____________
クロエとリオンはライラスの診療所にいた。
そこまで大きくはない部屋にベッドが6つほど横に並ぶ。
アルフィスはその一つに横たわり、クロエとリオンがベッドの隣に立っていた。
向かいには初老で白衣を着た医者もおり、深刻そうな表情をしている。
「この少年、一度でも医者に見せたことはあるかい?」
「それはわからないわ。私達は出会ってまもない」
医者はクロエの言葉を聞くとため息をついた。
クロエはそんな医者に首を傾げた。
「なにかあるの?」
「この少年の腕の骨もそうだが体の全体の骨や筋肉に"かなりの歪み"がある。どうやったらこんなになるんだ?」
「……まさか」
クロエは一つの仮説を立てていた。
それはアルフィスと戦った時に感じたことだった。
「もしかしたら補助魔法の重ね掛けかもしれない……アルフィスは同じ補助魔法を自分に二つ掛けてる。さらにそれを強化して戦っていた」
「そんな人間見たことないぞ……だが、それが本当なら納得だ。私の見立てなら彼の体はもう限界だろう」
医者の言葉にクロエもリオンも言葉を失う。
確かにアルフィスはずっとこの戦闘スタイルだった。
その肉体パワーは岩や鉄を破壊し、スピードはワープ魔法に匹敵するほどだ。
その蓄積は小さくとも、ここまで来るまでに大きくなっていたのだった。
もうアルフィスの体はとっくに限界を超えていた。
「腕の骨もここじゃ治せないよ。セントラルの病院まで運んだ方がいい」
「そんな……他に方法はないの?」
医者は首を振る。
クロエは奥歯を噛み、険しい表現へ変わった。
せっかくジレンマに対抗できる手段だと思っていたアルフィスがこの状態では役には立たない。
「そう……ここでお別れねアルフィス」
そう言うとクロエは部屋の入り口へ向かおうとしていた。
リオンが振り向き追いかける。
「ねぇさん!!」
「何?」
「し、師匠をこのままには……」
「私には関係無い」
「え……」
リオンはクロエのこの発言に絶句した。
あれほどの共闘を見せたのに、こんなにそっけない態度が理解できなかった。
「私とバディを組む条件はセカンドを倒すために協力すること。この状態じゃセカンドとなんて戦えない」
「そんな……あんまりだ……」
「あんまり?何言ってるの?私は傭兵なのよリオン。報酬があって初めて動く。だからここまで。悪く思わないで」
そう言ってクロエは診療所を出て行ってしまった。
取り残されたリオンはアルフィスが眠るベッドにとぼとぼと戻るとしゃがみ込み、俯いて涙していた。
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