少年の瞳(2)
土の国 マイアス
酒場の前にはゾドム、その後ろには手下とリオンが立っている。
数メートル先、向かい合うのはアルフィス・ハートルと名乗った魔法使いだった。
「ゾドム様……"魔拳"相手はヤバいです!」
ゾドムは手下の言葉に足がすくんだ。
目の前にいるのは二つ名最強と名高い魔法使いのアルフィス・ハートル。
その功績は魔法使いであれば知らぬものはいなかった。
「二つ名なぞ……二つ名なぞ単なる肩書き!どうということはないわ!!」
ゾドムは自分自身を鼓舞するため叫んだ。
それを数メートル先で眺めるアルフィスは頭を掻いた。
「で?喧嘩すんの?売るなら買うぜ」
アルフィスのその圧倒的な自信にゾドムはまた引いた。
だが、ここで引けば自分の立場は無い。
なにせ手下も奴隷であるリオンも見ている。
ゾドムは引くに引けない状況だった。
「貴様!!生きて帰れると思うな!!」
「そのセリフ、そっくそのまま返してやるぜ」
アルフィスはニヤリと笑い、肩にかけたバックとジャケットをその場に置いた。
そして手を正面に出し握り拳を作ると、手につけたグローブがミシミシと音を立てた。
「土よ!我を守る鎧となれ!!」
ゾドムが詠唱すると周囲から土が集まりだし、その巨体を包み込んでいった。
手下がヤバい!と叫びゾドムの数メートル後方に全力疾走した。
リオンもそれに続くように走り出した。
「土の魔法使いとは戦ったことねぇな。結局エイベルとはやれなかったからちょうどいい」
アルフィスの独り言を尻目に、土はどんどんとゾドムに集まり、その巨体はさらに大きく。
二階建ての家屋を超えるほどの砂の巨人になった。
「本気で貴様を殺してやる!!」
砂の巨人となったゾドムはアルフィスへゆっくり歩き近づく。
アルフィスはその遅さにあくびしていた。
ゾドムは一気に右腕を振り上げると、アルフィスに右ストレートを放った。
ズドンという轟音は町中に響き渡る。
地面は四方に割れ、砂埃が舞う。
「どうだ!!思い知ったか!!」
砂埃が晴れると、地面に落とされた砂の拳の上にあぐらで座るアルフィスがいた。
その表情は暇そうで、やはりあくびをしていた。
「これで本気なんて冗談だろ……てめぇやる気あんのか……」
「貴様ぁぁぁ!!」
ゾドムはアルフィスが乗る右拳を一気に上空に振り上げた。
アルフィスは数百メートルは空中に飛ばされてしまった。
「この高さから落ちて、平気ではいられまい!!」
「複合魔法・下級魔法強化」
アルフィスの詠唱で空中に赤い魔法陣が展開し、それが消えた瞬間、赤い歪な線が空中から地上へ向けて走る。
その線は一瞬にして巨人のゾドムの足元へ着地した。
姿を現したアルフィスは右ストレートを溜めて、それを一気に巨人の右足へ打ち込んだ。
ドン!という轟音と共に土の右足が壊れて、巨人は体制を崩して両手両膝をついた。
そしてアルフィスはまたも一瞬でその場から消える。
真っ赤な歪な線は数十メートル上空へ走った。
ある程度の高度で止まった赤い線は、一気に急行落下し両手両膝をつく巨人の背中に落ちる。
「
アルフィスの拳は巨人の背中を貫き、土の鎧の中にいたゾドムに当たると、ゾドムをそのまま地面まで叩きつけた。
両手両膝をついた土の鎧はゆっくり崩れて風に消えていった。
ゾドムの叩きつけられた地面はクレーターになっており、それはアルフィスの拳の威力を物語るが如くだった。
アルフィスは白目を剥いて気絶しているゾドムが持っていた金属製の杖に右ストレートを叩き込み、それを折った。
「ムカつくんだよ、その杖」
アルフィスはバックとジャケットを拾い、肩にかけると、その場を立ち去ろうとしていた。
そこに猛ダッシュでアルフィスに近づく者がいた。
「す、すいません!!待ってください!!」
アルフィスが振り向くと、息を切らした少年が立っいた。
「なんだ少年。お前も俺とやるってのか?」
「い、いえ!滅相もありません!ぼ、僕は……」
「なんだよ」
アルフィスはなかなか切り出さない少年を睨んだ。
少年はその眼光に息を呑んだが、構わずその場に土下座した。
「お願いします!弟子にして下さい!」
「はぁ?俺は弟子なんてとってないぞ」
その言葉に少年は頭を上げるが、その目には涙があった。
「身の回りのお世話はします!お金もいりません!ただ、僕に……僕に魔法を教えて欲しい」
「だから……俺は弟子なんて……」
「僕は……強くなりたい……」
少年は再び頭を下げた。
男なのに涙を流す、そんか恥ずかしい姿を見せたくなかったのだ。
「お前、名前は?何歳だ?」
「僕はリオン……年は12歳です……」
アルフィスは少年の年を聞いて考えていた。
その年齢はアルフィスが魔法の勉強を本格的に始めた年だった。
「なぜ強くなりたい?」
「僕は南のスラード村というところの出身です……村は竜血が迫ってきて無くなりました。その時に母と逸れてしまって……」
「……」
「だけど、本当の原因は竜血じゃないんです」
「どういうことだ?」
「村に薬を持ってきた男がいて、それを飲んだ村人達がどんどん魔人化していった……僕の父も……」
アルフィスは驚いた。
その薬とは水の国でサーシャを魔人に変えた"黒い薬"ではないかと思った。
「その薬を持ってきた銀髪の男は、それを見て笑っていた……僕は許せない……あの男が」
「そいつの名前はわかるか?」
「わからないです……」
アルフィスは少し考えていた。
アルフィスが知っている銀髪の男といえば、水の国で戦った"ジレンマ"しかいない。
恐らくリオンの村に現れた薬を持った男とはジレンマだろう。
「僕は母を見つけて、その男をいつかぶちのめす……だから僕は……」
「リオンとか言ったな。俺は弟子はとらん。特に魔法は教えられん。だが……」
「そ、そんな……」
「最後まで聞け。俺は魔力が低くて魔法がほぼ使えない。だから魔法を教えることはできない。だが、"俺の戦い方"は教えられる」
「そ、それじゃあ……」
リオンは顔を上げ、少し笑みを浮かべた。
その瞳は希望に満ちていた。
この地獄から連れ出してくれる人間が現れたことに様々な感情が入り混じる。
「早速、仕事だ。この国の中央まで行きたい。荷馬車を手配できるか?」
「はい!命を懸けて!」
「いや、こんなことに命懸けてたら、いくつあっても足らんぞ……」
アルフィスは呆れ顔になるが、それを気にせずリオンは一目散に走り出した。
そして少しするとリオンはアルフィスの元に戻ってきて、荷馬車の手配が完了したことを伝えた。
アルフィスは笑みをこぼすと、荷馬車に乗り込み、リオンと共に中央ザッサムを目指した。
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