土の国編

少年の瞳(1)


土の国 マイアス



この町はセントラルから南東に位置する町で、旅人や商人などはここを経由して土の国の中央を目指していた。


だが数ヶ月前、この町の領主が代わったことにより状況が一変する。


領主ゾドムは今までにないほどの税を徴収し、さらに町に入る人間からも、それを取り始めた。

そのことにより町に出入りする人間は極端に減り、町の人間の生活は困窮していった。


そんな状況を見ながらもゾドムはそれをやめなかった。

そして周りの人間も止めるどころかゾドムを崇め、この町は次第に外界から切り離されていった。


町の人間は反乱も考えたが、ゾドムの魔力量は常人のそれとは違い、一般の魔法使いが敵う相手ではない。

また相手が領主ともなれば、聖騎士団ですら迂闊に立ち入ることができなかった。



________________



ゾドムに買われる奴隷は毎日ボロボロになるまで働かされ死人すら出る。


だが奴隷の一人の"少年リオン"は、そんな毎日をなんとか乗り切って生きていた。


リオンは年が12歳ほどだが、背が高く体格がよかった。

黒髪でボサボサ頭の短髪でボロボロの布の服を着せられている。


リオンの仕事はいつも決まっていた。

それはゾドムが酒場に入って、昼から次の日の朝まで飲む酒を運び続けること。

そしてゾドムが酔っ払って吐いたテーブルを綺麗にするというごくシンプルな仕事だった。


だが逆にそのシンプルさがリオンのストレスを溜めた。

リオンの体格を考えると力仕事が一番いい。


だがゾドムは敢えて体の小さい子供に力仕事をやらせていた。

ある日、ゾドムが"苦しむ子供の顔を見ていると楽しい"と言っているのを聞いてリオンは吐き気がした。



________________




今日もゾドムは手下が二人とリオンを連れて昼から酒場に向かった。


ゾドムの体はブヨブヨと太り上半身に合う服が無いため着ていない。

下半身には軽めの布製ズボン、サンダルというカジュアルな格好だった。

さらにスキンヘッドで顔中には獣にでも引っ掻かれたような傷がいくつもあった。


手下は上品な布製の服を着ているが、風貌はチンピラだった。

そして手下の一人はゾドムが愛用している巨大な蛇を模った金属製の杖を両手に抱えて持っている。


ゾドムが町を歩くと、みなが避けて通り、さらに頭まで下げる。

その光景をニヤニヤと笑い見渡すゾドム。

ゾドムの後ろを歩く手下もそれに続くようにニヤニヤ笑っている。

さらにその後ろを歩くリオンは申し訳なさそうにうつむくだけだった。


「お前達、覚えておけ、この世は力こそ全てだ。力の前には皆がひざまずくのだ」


「ええ、ゾドム様の言う通りでございます」


リオンはこのやり取りを何度見たことか。

数えるのもバカらしくなるほど、ゾドムは毎日のようにこれを繰り返していた。


「風の国のシックス・ホルダーには感謝だな……私達にとって邪魔な魔法使いを殺してくれて助かったよ」


ゾドムはそう言うと高笑いした。

手下二人もそれに続いて大笑いする。

リオンはこの話も毎回聞くが、どういう意味なのかさっぱりわからなかった。


「やはり、二つ名なんて無くてもゾドム様はこの国のシックス・ホルダーになれますよ」


「そうだな……二つ名なぞ持っていても、あのザマだ。二つ名とは単なる肩書きでしかないのだろう。恐れていたのも馬鹿らしい」


「確かに。意外に大した事はないのでしょう」


ゾドムと手下二人はまた高笑いしていた。

一方、リオンはそんな三人を見ずにただ頭を下げたまま歩いた。


「私は必ず宝具を手に入れて王に挑むぞ!300年前、カイン王に勝ちかけた伝説の魔法使い"ケルベロス"を、私は超える!」


「ゾドム様なら必ずできます!」


「そうです!なにせ今ではこの国の最強の魔法使いですから」


そんな会話をしていると、ゾドムの行きつけの酒場に到着した。

さほど大きいわけではないが、ゾドムはこの酒場の雰囲気がとても気に入っていた。

一般大衆が通うような小汚い酒場だが、ゾドムが来るようになってからは全く客は来なくなっていた。


ゾドムは酒場に入って左端のテーブル席に座り、手下がその両隣に座る。

リオンはすぐに走ってカウンターへ向かった。


そこの席は完全にゾドムの席となり、この店には似合わない高級なソファが置かれ、そのソファの前にはまた高級そうなテーブルが置かれていた。


リオンがいつもゾドムが頼む酒を注文すると、すぐに運び、テーブルの上に置いた。

続いて、手下の分を注文してすぐにテーブルへ持っていった。


「手際がよくなってきたな!」


リオンが無言で少し頭を下げた。

今日のゾドムはえらく機嫌が良かった。


「ありがとう……ございます」


「お前も酒を飲むといい!」


「あ、いえ、僕は酒はまだ……」


リオンの言葉にゾドムが一気に不機嫌になっていった。

その空気を察した手下の一人が立ち上がる。

そしてリオンの前に立つと思いっきり顔面を殴った。


「貴様……ゾドム様の酒が飲めないだと?」


「お、お許し下さい……」


リオンはその場に土下座する。

手下は自分が飲むはずだった酒を土下座するリオンに一気にかける。

それを見たゾドムは大笑いし、ゾドムの隣に座っている杖を持たされている手下も笑った。


「どうやらこの仕事は別の人間にやってもらったほうがいいようだな」


リオンに酒をかけた手下がそう言うと、腰に差した中型の杖を抜いた。


「お、お許し下さい!」


「もう遅い!」


手下が杖をリオンの方へ向けて詠唱を始めた瞬間だった。

普段、この酒場に"来るはずのない客"が、その日に限って訪れたのだ。


酒場入り口のドアが開き、その客は正面のカウンターへ歩いて行った。

ゾドムと手下達はその客に目をやる。

リオンも土下座の体制で、その客を見た。


その客は妙な風貌の男だった。

商人というには軽装、魔法使いにしては魔法具を持たず、ローブも着用していない。


服装は白いワイシャツに黒いレザーパンツで太ももにはブラウンの小型のバックを付けていた。

暑いのか黒いジャケットを脱ぎ、バックと共に肩にかけている。

ワイシャツを肘のところまでまくり、手には黒いグローブをつけた小柄な男だった。


ゾドムがその男を見て、一番気になったのは髪の色だった。

男の髪は短髪のブラックだったが、明らかに少し銀色が混ざっていた。

その髪の色を見たゾドムは数年ぶりに冷や汗をかいた。


その男はカウンターにいる、この店のマスターに話しかけていた。


「あっちぃーな、この国は。すまないが、ここから中央のザッサムまで荷馬車の手配をしたいんだが、誰か頼める人間はいないか?」


「え?いや、私に聞かれても……」


マスターは明らかに困惑していた。

客の質問にもだったが、それよりも領主を無視して話しかけられたことにしどろもどろした。


「そうか……こっから、どうすっかなぁ」


そんなやり取りをしていると、リオンに酒をかけた手下はその男のもとへ近寄った。

マスターはビクビクと震え出し、その様を見た"男"はゾドムの手下を横目で見た。


「おいおい、にいちゃん、あの方が誰だかわからないのかい?」


"男"はゾドムとその隣に座る手下を見た。

そしてずぶ濡れのリオンに目をやる。


「知らん。それよりあんた、荷馬車ってどこで頼めるか知らないか?」


"男"の言葉に手下のこめかみには血管が浮き出る。

ゾドムもそれを聞いて手に持っていた酒が入ったグラスを握力で割った。


「にいちゃん……無知は罪ってもんだぜ……あの方はこの町の領主である大魔法使いゾドム様だ」


「大魔法使い……だと?」


「そうだ、あんた、どこのどいつかは知らないが、あの方に無礼を働いたんだ。生きて帰れると思うな」


その言葉を聞いた"男"はニヤリと笑った。

手下は"男"の表情にさらに血管を浮き立たせると、左手に持っている杖で殴ろうと振り上げた。


「てめぇ!何笑ってやが……」


その瞬間、ドン!という轟音が酒場に響き渡り、手下が数十センチ宙に浮く。

着地した手下は腹を抱えたまま数歩後ろに下がり、両膝をついてうずくまった。


「生きて帰れると思うな……だと?……てめぇ誰に向かって言ってんだ?」


その"男"の鋭い眼光はうずくまる手下に向けられている。

そしてため息をついたその男はマスターの方を見た。


「すまない、邪魔したな」


そう言って"男"は酒場を後にしようとしていた。

ゾドムはハッと我に帰るとすぐにソファから立ち上がった。


「貴様!私を無視するとは何事だ!!」


「あ?」


"男"はゾドムを睨んだ。

その眼光を見たゾドムは心臓が止まりそうな感覚に襲われた。

明らかに目の前にいる"男"は只者ではない。

たが、ゾドムは認めたくはなかった。

この国で一番強い魔法使いは目の前の"男"ではなく自分なのだ。


「用がなけりゃ話しかけんなデブ」


そう言って"男"は酒場を出て行った。

ゾドムの怒りは頂点に達した。

テーブルを押し除け、手下から持つ巨大な杖を奪い取ると外に出た。


手下も後に続き、リオンも立ち上がってそれを追う。


酒場は家屋が密集した場所にあったが、ほとんど周辺は空き家だった。


歩き去ろうとする"男"の背を見たゾドムは杖を構えた。


「貴様!どこの魔法使いだ!私はこの町の領主ゾドムだぞ!こんな無礼、許されると思ってるのか!」


ゾドムの怒声に振り向く"男"の眼光はやはり鋭い。

その目に息を呑むゾドムだが、それ以上に激昂していた。

後ろに立つ手下とリオンもこのやりとりに息を呑む。


「あ?まだなんかあるわけ?」


「どこの魔法使いだと聞いてる!!」


"男"は完全にゾドムに向き合う。

その距離は数メートルだった。

それくらい離れているはずなのに、その"男"の圧倒的なオーラにゾドムの杖を持つ手を震えさせた。


「俺か?俺は火の国のアルフィス。アルフィス・ハートル」


ゾドムは困惑した。

聞いたことのない魔法使いだった。

だが後ろに立つ手下がその名を聞いてブルブルと震え出した。


「ゾドム様……ヤバいです……」


「何がヤバいんだ!」


「火の国のアルフィスって……二つ名の"魔拳"です」


手下はもう涙目だった。

あまりの恐怖に今にもそこから走って逃げたかった。


「"魔拳"って……まさか……」


「火の国で魔人を一人で倒し、水の国でグリズリーバースを、そして風の国のシックス・ホルダーを倒した二つ名です……」


ゾドムも"魔拳"の噂は聞いたことがあった。

火、水、風の国で功績を上げ、各国のシックス・ホルダーに認められた魔法使い。


目の前にいるのは、全ての魔法使いの憧れとも言うべき存在。


"二つ名最強と言われる男だった"

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