北の遺跡にて

数日前


北の遺跡


ピラミッド型の遺跡の階段を登り切ったアゲハとレノは中央にある四角い建物に向かった。


時間は早朝で朝日が昇る中、遺跡の周りは少し霧が揺れる。


アゲハは建物に近づくにつれて警戒心を強めたが、レノは鼻歌混じりの遠足気分だった。


二人は建物内に入る。

建物内は湿った空気が漂っていた。


「何も……ありませんね……」


アゲハが入り口付近で建物内の周囲を見渡すが、石造りの壁に苔が生えているだけで何もない空間だった。


レノは建物の中央まで歩くと、しゃがんで地面に手を当てた。


「魔法陣だが……魔力を感じない……」


アゲハもレノの元へ向かう。

床を見ると建物内の地面には大きな魔法陣が描かれていた。


「これは一体……」


「恐らくここで、転生の儀をしたんだろうね。でも魔力を感じない。普通は転生術クラスなら何年経っても魔力のカスは残る」


「どういうことでしょうか?」


「転生の儀をしたのは魔法使いじゃない。恐らく"魔女"だ」


アゲハはレノの言葉に驚いた。

魔女という存在は信じがたく、もし存在したとしても大昔だと思っていた。


「ガウロ・クローバルは10年前、宝具を宝物庫から盗み、その後、"魔女"を使って転生の儀をこの遺跡でおこないカゲヤマを召喚した。そしてアゲハがセントラルに行った後、すぐにカゲヤマは行方不明になる……って感じかな?」


「なるほど……ですが、その魔女というのはどこから連れて来たのでしょうか?レノ様の話しだとエンブレムはしていない女性ということになります」


「うーん……僕の推測だけど、土の国から連れて来たんじゃないかな?」


「土の国?なぜですか?」


「土の国では昔、奴隷の売り買いはあった。最近は取り締まって落ち着いたけど、今でも裏取り引きは多いみたいだ。奴隷は幼少に売られるからエンブレムなんてしてない」


「なんと酷い……」


「転生術はエンブレムをしていない女性と無属性魔法の書物さえあればできてしまう」


その話を聞いたアゲハは悲しい表情をした。

同じ人間なのに何故ここまで違いが出るのか。


「奴隷をセントラルを通す訳にはいかない。恐らく海から長時間掛けて連れてきたんだと思う」


「ここから北東に港があります。クローバル家が管理してました。そういえば……」


「ん?どうしたの?」


「そこの港を管理していたのはラムザでした……」


「ラムザ?ああ、君の記憶にいた執事のことか」


アゲハは嫌な予感がした。

ラムザはカゲヤマと一緒に行方不明になっている。

さらにアゲハはもう一つ思い出したことがあった。


「ラムザは……土の国出身だと言っていました」


「なるほどね。アゲハの記憶と合わせると恐らくガウロに転生術の話しをしたのはラムザだね。この話に乗ったガウロは宝具を盗んでカゲヤマを転生させた。つまり黒幕は……」


アゲハとレノはこの一件の黒幕に辿り着いた。

だがまだ、この時点ではアゲハ達は何の目的でラムザがそんなことをしたのかわからなかった。


「北東の港にクローバル家が管理する倉庫があります。もしかしたら何かわかるかもしれません」


「よーし!行ってみよう!」


元気なレノの返事にアゲハは笑顔で頷いた。

そんなレノに励まされつつ、アゲハ達は北東の港に向かった。



________________



10年ほど前


風の国 北の森林


中央レイメルから少し北西に行くと森林があり、さらに北に行くと遺跡がある。

その遺跡手前の森林の前に三人の聖騎士がいた。


一人は教官のようで、その女騎士の前に二人の聖騎士学校生徒が向かい合う形で立つ。


「今日は実地訓練になる。最近、この森で数匹の魔物を見たという情報があった。あまり数が多いわけではないので、私たち三人だけで任務にあたる……って聞いてるのか貴様ら!!」


二人の女子生徒に怒鳴り声をあげる教官。

それは無理もなく、二人は教官の話を聞くどころか、隣同士で睨み合っていた。


一人はショートカットの赤い髪で、そこに少し黒の混ざっている。

背も大きく175センチほどで女子にしては大きい。

もう一人はロングヘアで金髪、髪質的にケアが行き届いているように見える。

背は赤髪の生徒よりもさらに大きく180センチはあった。

二人とも聖騎士学校の制服を着ており、その上から軽装の鎧を羽織り、左腰にはショートソードを差す。

なによりも二人は超がつくほどの美人で、すれ違えば必ず振り向かれるような、そんな容姿をしていた。


ショートカットの赤い髪の生徒が、この空気に耐えきれなかったのか最初に口を開く。


「なんで、てめぇと一緒なんだ?ノア・ノアール……」


「セレン・セレスティー……貴様と仲良く実地訓練とはどういう拷問だ……?」


二人はそう言うと両手を組み、押し合う。

どちらも馬鹿力で両者の腕はミシミシと嫌な音を立て、さらに二人の立つ地面が少しえぐれる。


「拷問とはどういう意味だ!バカデカ女!」


「最近伸びたんだよ!文句あんのか、この男女がぁ!」


その二人のやり取りを見ていた教官は呆れている。

この二人は聖騎士学校始まって以来の問題児だった。


「てめぇ覚えてろよ……対抗戦で決着つけてやるぜ!」


「ああ、いいぞ……望むところだ……」


二人のこめかみの血管が浮き出る。

一部始終を見ていた教官がため息混じりにようやく口を開いた。


「お前ら、なんでここにいるかわかってるのか?2年にもなってバディがいないのはお前らだけだぞ。バディがいないのにどうやって対抗戦出る気だ……」


ノア・ノアールもセレン・セレスティーも絶世の美女と言っても差し支えないほどだったが、そのせいで逆に魔法学校の男子生徒からは近づきづらいと、ずっと声を掛けられなかった。

この二人は言わば"売れ残り"だった。


「お前らほどの実力があってバディがいないのは可哀想だと思って、特例で聖騎士二人のバディを認めてる。仲良くしないのなら学校に残って掃除してもらうぞ」


その教官の言葉にゾッとした二人は取っ組み合いをやめて離れる。

だが以前として睨み合っていた。


「とにかく今から森林に入る。警戒を怠るな」


教官がそう言うと、三人は森林の中に入っていった。

教官が先頭を歩き、ノアとセレンがその後に続いた。

その間も二人は怪訝な表情を浮かべていた。


「どっちが多く仕留められるか勝負だ」


「ああ、いいぜ、やってやる」


二人のやり取りに再びため息をつく教官。

その時、森林のいたるところでカサカサと音がした。


その音を聞いた瞬間、ノアとセレンはお互い逆方向に走りだし、森に消えていった。


「おい!!お前ら!!」


教官の声が森の中に響くが、二人は全く聞いていなかった。



________________



ノアが森林を探索していると、森の中に魔獣がいるのを見つけた。

ノアはニヤリと笑い、その魔獣に近づく。


距離は数メートルで、森の少し開けた場所に魔物はいた。

それはいつも見る犬型の魔物で二匹いた。


その二匹はノアには気づかず、むしろ別の獲物を狙っているようだった。


「ん?なんだ?」


魔物が見ている方向をノアも見た。

すると一本だけ大きな木下に座り込んでいる人影があった。


よく見ると髪の色が"銀髪"でボロボロの布の服を着た子供だった。

子供は今にも力尽きそうで、魔物を怖がるどころか、もう楽にしてほしいと懇願しているようだった。


ノアは魔物に向かって猛ダッシュした。

それに魔物達は気づき、ノアに襲い掛かる。


一匹目、ノアの首元を狙いジャンプして噛みつこうとした。

ノアは姿勢を低くし、その噛みつき攻撃を回避すると同時に抜剣して自分の真上にいた魔物の腹を回転斬りで一刀両断した。


二匹目も噛みつこうと飛びかかってきたが、剣の柄頭で頭を砕く。

魔物は頭から地面に叩きつけられた。

ノアはそれと同時に剣を回しながら逆手持ちに切り替え、グリップを両手で持ち、地面に落ちた魔物を首元に剣を突き下ろした。


「雑魚が……」


ノアは銀髪の子供に近づく。

しゃがんで見ると、その子供は痩せ細り、男か女かもわからなかった。


ノアは着ていた鎧を外し、制服の上着を脱いで子供に着せた。


「お前どうしてこんなところに?名前はなんというんだ?」


「……ス」


その子供の声は掠れて聞こえず、ノアは耳を子供の口元に近づける。


「……エ……リス」


それだけ言うと、その子供は気絶した。

恐らく名前であろう、その言葉でノアは初めてその子供が女の子であると認識した。


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