迅雷のワイアット


風の国 モルナアトラ


この町はセントラルと風の国中央レイメルに近く、通り道のためか人が多かった。


それとは真逆に宿の中はエイベルが町一番の高額な宿を選んでいたせいか客が少なかった。


アルフィス、エイベル、ヴァイオレットの三人は宿に入るが、ヴァイオレットは早々に部屋に戻った。

話によるとワイアットという人物に会いたくないとのことだった。


宿の地下には食事できる酒場もあり、こちらにはまばらに人がいた。


「ここは金持ちしか来ないから他の酒場より静かだ。それにここの酒場の雰囲気が好きでね。この町に来たらここにしか泊まらないんだ」


エイベルが涼しい笑顔で語る。

二人が階段を降りるとそこは落ち着いた雰囲気の酒場だった。

酒場というよりもアルフィスが昔テレビで見た銀座の高級クラブのような雰囲気で、皆が行儀よく談笑していた。


そしてエイベルはカウンター席に座る一人の魔法使いに近づく。

アルフィスはそれに続いた。

その気配に気づいたのか、その魔法使いは振り向き、エイベルを見た。


「エイベルか。お!そいつは!」


その魔法使いは薄い緑色の髪に少し銀が混ざった短髪。

ローブを着ており、左腰のベルトに中型の杖を差した青年魔法使いだった。

緑髪の魔法使いはアルフィスを見て笑みをこぼす。


「ワイアット。彼がアルフィス・ハール。"魔拳"だ」


エイベルはワイアットという魔法使いにアルフィスを紹介した。

アルフィスが席を立ったワイアットと向き合った。


「知ってるさ。対抗戦見てたぜ。アゲハとはもうイイところまでいったのか?」


「は?」


アルフィスはニヤニヤするワイアットを睨む。

なぜここでアゲハの話が出てくるのか全くわからなかった。


「アゲハは親戚だ。あいつがガキの頃から知ってる。まさかあのバカ真面目なアゲハがこんなチンピラみたいなのを選ぶとはな」


「ワイアットやめろ」


エイベルが割って入ろうとするが、アルフィスは凄まじいスピードで左ジャブを放ち、ワイアットの胸ぐらを掴み引き寄せる。

アルフィスはワイアットを下から舐めるように睨む。

自分を馬鹿にされるのはまだいいが、一緒に戦ってきた仲間を侮辱された気分だったのだ。


「てめぇ、死にてぇのか?」


「マジか……なんてスピードだ……今のは見えなかったぞ」


表情は笑みを浮かべるワイアットだが、目は全く笑っていなかった。


「今のが見えない?俺は魔法なんて使ってねぇぜ。次はそのニヤケ面に叩き込むぞ」


「おーこわ」


「アルフィス、手を離すんだ。ワイアットも今すぐ左手に握ってる杖をアルフィスからどけろ。彼を真っ二つにする気か」


アルフィスはワイアットの胸ぐらを掴んだまま視線を落とす。

ワイアットは中型の杖をアルフィスの腹あたりに当てていた。


「離せよ少年。君とは年季が違うんだよ」


「てめぇ……」


そのやり取りを見かねたエイベルはため息混じりにアルフィスの腕とワイアットの杖を掴みどける。


アルフィスはエイベルの手を払い、ワイアットを再び睨むと酒場から宿へ上がる階段へ向かった。


「先に休む」


アルフィスのその言葉からは怒りが感じられた。

階段を登っていくアルフィスの背中をエイベルとワイアットは見ていた。


「むしゃくしゃするのはわかるが、あまり新人をいじめるな」


「悪かったよ」


「謝るなら彼に謝れ」


呆れるエイベルはワイアットに席に座るように促す、そしてエイベルもそれに続いて座り、並んでカウンター席に座った。


エイベルは小さく手を上げてバーテンダーに酒を頼むと、小さなグラスに少しだけ入った酒を貰う。

ワイアットも追加で酒を頼んでグラスに注いでもらった。


「近くで見ると、ちっこいな。スピードは確かに速いが本当に強いのか?」


「噂で聞いたが、水の国の医療都市ダイナ・ロアまで行って戻ってきたらしい」


酒を飲んでいたワイアットは吹き出しそうになった。


「マジか!?手前の森にはめちゃくちゃ強い魔物がいたはずだが」


「グリズリーバースだろ。知人の魔法使いから聞いたが恐らく彼は撃破してる」


その魔物は魔法使いの間では有名になっていた魔物だった。

大魔獣・黒獅子までではないにしても、魔人に匹敵するほどの魔物なのではないかと言われており、聖騎士と魔法使いが何人も犠牲になっていた。


「さらにリヴォルグ・ローズガーデンから黒獅子のグローブを貰ってる。今の彼はかなりの手練れだ。もしかしたら"ナナリー・ダークライト"と同格の可能性があると私は思ってる」


「なんだよそれ、化け物じゃねぇか……」


「もう対抗戦の時の彼ではないだろう。あの時なら、まだ私達でも勝てたかもしれないが、今はどうだろうね」


ワイアットは絶句し、ゆっくりグラスを置いた。

逆にエイベルは酒を一気に飲み切ると席を立った。


「まぁ、今回は彼と戦うわけじゃない。君の気持ちも痛いほどわかるが、作戦が終わるまで同志なのだから仲良くいこう」


エイベルがそう言うと硬貨をカウンターに置いて、宿へ上がっていった。


取り残されたワイアットは考え事をしていた。


「同志ねぇ……俺の目的は憎しみでの"復讐"なんだよ。そんな気持ちで戦うのは俺だけだと思うぞエイベル」


そう言ってワイアットは酒を一気に飲み干し、硬貨をカウンターに置くと立ち上がる。


宿へ上がる階段をゆっくり登り、ワイアット・スコルピは自分の部屋に戻って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る