劣等感

北の町ライデュスへ向かう日まで二日ほど準備期間があり、それぞれがベネーロで用事を済ませていた。


そして出発日に三人は早朝にローズガーデン家に集合しようと決めていた。


最初に到着したのはロールだった。

そしてメルティーナが合流し、二人で荷馬車の前でアルフィスを待つ。


「珍しいわね、アルフィスが遅刻なんて……」


「まぁ、まだ少し早いからな」


アルフィスは朝が早かろうが遅刻をしたことは一度もなかった。

逆にあれだけ時間にうるさいアルフィスが遅れてくるのはあり得ない出来事だ。


「そういえば、セシリア総隊長は大丈夫かな?」


リヴォルグはまだ疑ってるようだが、ロールはセシリアがあそこまでやられてジレンマ達と協力関係にあることが信じられなかった。


「昨日お見舞いに行ってきたわよ」


「え!?」


「え?なんかマズかったかしら?」


ロールの驚く顔を見て逆に驚くメルティーナ。

メルティーナはリヴォルグがセシリアを疑ってることを知らない。


「い、いや別に。総隊長はなんであの村にいたんだろ?」


「飼い猫の薬を買ってたみたいね。昨日代わりに少し部屋にお邪魔して餌をあげてきたわよ」


ロールはその話を聞いてますますセシリアはシロなのではないかと思った。


「私はあの人がずっと苦手だった。お父様はそれを知っててか、彼女とは会わない一番遠い部隊に私を入れた」


「……」


「セシリア総隊長は私なんかより、ずっとローズガーデン家に相応しい女性なのよ……私と総隊長の立場が逆ならよかった……お父様はそう思って、結婚なんて言い出したのかも」


メルティーナのその表情は悲しげだった。

セシリアは剣の腕としては水の国でもトップクラスだ。

逆にメルティーナは剣が全く使えず、聖騎士学校にすら入れなかった。

そのことに対してずっと劣等感を持っていた。


「僕がこんなこと言える立場じゃないけど、総帥はメルティーナを愛してると思う。だからアルフィスと組ませたんじゃないかな?」


「なんで、そうなるわけ?」


「い、いや、二人が話してるところを見てると楽しそうだからさ。総帥もそれを知っててじゃないかと思って」


メルティーナは考えていた。

確かに最近アルフィスと組んでから楽しいと感じることが増えたような気がした。


「総帥はただメルティーナに幸せになってほしくて動いてるようにしか見えないけどな。アルフィスとならバディとしてお互いの力を出し合えるし」


「そう……なのかな?」


メルティーナは部隊に入ってからは、ほとんど父には会っていなかった。

それからはお互いに会ってない期間が長すぎたせいか父との距離感がわからなくなっていた。

さらに自分の上司ともなればなおさらだった。


「僕が父親でも組ませたいと思うけどな。確かにアルフィスはガサツだけど根はいい奴だからさ」


「あとアホだけどね」


二人はそんな会話をして笑っていた。

メルティーナ自身も結婚に関してはまんざらでもなかった。

ずっと水の国にいて劣等感を背負って生きるより、思い切ってアルフィスと結婚して火の国の小さい田舎町で一緒に暮らした方が気が楽なんじゃないかとまで思っていた。


そこにアルフィスがようやく走って来た。

まだ時間はあるが、ここまでギリギリになったことはない。

アルフィス息を切らして荷馬車の前まで来た。


「わりぃわりぃ買い込んじまったぜ」


「買い込んだ?何を?」


これまた珍しいと二人は思った。

アルフィスは貧乏性が激しく買い物はほとんどしない。

そのアルフィスが"買い込む"なんてあり得なかった。


「まぁ後のお楽しみだ。とりあえず出発するか!」


「え、ええ」


メルティーナがアルフィスの両足の太もも見ると、細長く小さいバッグを身に付けていた。

ガンマンが身につけるホルスターに似ている。

アルフィスが今までこんな物をしているのは見たことがなかったから少し驚いた。


「あんた、オシャレに目覚めたの?」


「は?そんなもんするわけ無いだろ」


アルフィスは実用的な物しか身につけないことは二人とも分かっていた。

ネクタイはインファイトの邪魔になるから付けてないのも知ってる。

ここ最近変わったところといえばリヴォルグから貰ったグローブをつけたくらいだ。

アルフィスはオシャレという言葉には疎い。


「そうよね。あんたは毎年学生服だからね」


「馬鹿にしてんのかお前……」


メルティーナが真顔で言うとアルフィスは呆れ顔でツッコミを入れる。

この二人のやり取りを見ていたロールは笑みを溢し、やっぱり似た物同士だと思った。


そのまま三人は荷馬車に乗り込むと北の町ライデュスへ向かった。

ライデュスまでは一日半ほどの道のりだった。

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