小さな夜会

アルフィスとロールがリヴォルグの書斎から出て行った後のこと。


リヴォルグはコートを羽織り、一人で夜の街へ出た。


向かった先はスペルシア家だった。


リヴォルグは広い応接間に通されたが、すぐにメイドがやってきて別の部屋に案内された。

そこはここの当主のヴェイン・スペルシアの書斎だった。


部屋はそこまで広さはなく周りが本棚で囲まれている。

部屋奥にはヴェインが仕事をする机が置かれており、その前には誰かが来た際に対応するためのテーブルと向かい合って二人掛けのソファが置かれていた。


そのソファにはヴェインが座っていた。

ヴェインはリヴォルグを睨むと、テーブルを二回指でトントンと鳴らす。

リヴォルグはヴェインの向かい側に座った。

これは目が見えないリヴォルグに対しての"向かい側に座れ"の合図だった。


「夜にすまないね」


「構わんさ、どうせ近々来ると思った」


そう言ってヴェインはテーブル上にあった酒のボトルを開けて二つのコップに注いだ。

一つをリヴォルグの前に置く。

ヴェインはため息混じりに口を開いた。


「お前と会うのはサーシャの葬式以来だな」


「そうだな。一緒に酒を飲むのはいつ以来だ?」


ヴェインは少し考えた。

だが、その日はすぐに思い出された。

それは二人にとっての記念日のようなものだったからだ。


「アインが生まれた日だな。そっちのマルティーナと近かったから二人で祝った。それ以来だから16年ぶりくらいか?」


「そうだったな。あれからとは、時が流れるのは早いな」


リヴォルグはわかっていたが敢えて聞いた。

ヴェインは仕事のことは忘れないが、こういった話はすぐ忘れる。


「そういえば、最近来たお前のところの"犬"はなんなんだ?ちゃんと躾けておけ」


「ああ、アルフィス君のことかな?彼は犬でも部下でもないよ。ただの家族思いの少年さ」


リヴォルグは酒を飲み笑みをこぼした。

ヴェインもそれに続き酒を飲むが怪訝な表情だった。


「昔のお前そっくりだったぞ。だから気に入ったのか?」


「それもあるかもしれないね。それに彼は私と同じで劣等生だそうだ」


「劣等生か……その劣等生が対抗戦の決勝で私を倒して、そそくさと魔法学校からいなくなったんだったな」


「またその話か……君と酒を飲むと毎回この話になるな。根に持ってるのかい?」


ヴェインはまたため息をついた。

確かに毎回この話をしているなと思った。

いい加減、大人にならねばという気持ちはあるが、やはり出来事の大きさは深い傷を残す。


「彼には期待しているのさ、だから黒獅子のグローブも彼に託した」


「なんだと!?あんな奴に?」


ヴェインの驚きようは尋常ではなかった。

黒獅子のグローブはその存在を知っている魔法使いであれば皆が欲しがるアーティファクトだ。


「ああ。彼はいつか必ずエレメント・イーターを発動させられる思った。私の想定では1、2年だろうと思ったが、使った瞬間にもう発動させたよ」


「馬鹿な……ありえん……大賢者シリウスでも数ヶ月掛かったと言われてるんだぞ」


「彼は特別だ。聞いた話しだが、補助魔法しか使えないらしい。しかも一日にたった三回だそうだ」


ヴェインは絶句していた。

そんな人間が黒獅子のグローブの能力を発動させられるなんて思いもよらなかった。

黒獅子のグローブはエレメント・イーターが無ければ、ただ使用者が発動した魔法の余分な魔力を喰うだけのグローブだった。


「だが、彼の持つ潜在能力は戦った時にわかった。あのグローブの能力発動条件は莫大な魔力じゃない"想いの強さ"が重要だからね。彼はこの世界では珍しく、魔法使いでそれを持ってる少年なんだ」


「……」


「もし今、私と彼が戦えば互角だろう。アルフィス君は必ずシックス・ホルダーになる。どの宝具に選ばれるかはわからないがね」


宝具は使い手が選ぶわけではなく、宝具が使い手を選ぶというのが言い伝えだった。

その人間が何らかの資格を得た時に手元にやってくるという逸話だ。


「えらくアルフィス・ハートルに御執心だな」

 

「あのセレン・セレスティーが気に入ったのもわかるよ。もしここに来た時点で二つ名を持ってなかったら、私が与えていただろう」


ヴェインはもう驚かなかった。

アルフィス・ハートルという少年には人を惹きつけるなにかがあるのだと思った。


「それで?ここに来たのは世間話をするためだけではあるまい?」


「ああ……そうだった」


リヴォルグは深呼吸して本題を切り出した。


「サーシャは生きているな」


「……最初にサーシャの葬儀の話から入ったと思うが?お前も参列しただろうに」


「違和感があったんだよ。だから彼らに調べさせた」


ヴェインは一気に怪訝な表情に変わる。

だがリヴォルグはその顔は見えないため、そこで空気を読むことはできない。

リヴォルグはさらに続けた。


「最初は私と君の家柄を潰す目的なのだと思って調べ始めた。私や私の娘が殺されかけた事件もあったからね。だが調べるうちに只事ではないことがわかった」


「どういうことだ?」


「サーシャに黒い薬を飲ませたな?」


ヴェインの表情が固まる。

部屋は暖かいが冷や汗をかき始めていた。


「誰からそれを聞いた?」


「誰から聞いたかは問題ではない。その黒い薬を飲ませたらサーシャは一度死んだが、葬儀の前に起き上がった」


「……」


「そして窓から飛び降りて行方不明。ここからは私の推測だが、もしかしてアイン君は追いかけたんじゃないか?」


ヴェインは目を閉じてリヴォルグの話をじっと聞いていた。

あの日のことを思い出しているようだった。


「そしてアイン君はサーシャと戦った。そしてそのまま逃した。北のある村に魔人が出たとのことで私達は討伐に赴いたが、他の者の話しだと小柄で白銀の魔人だったそうだ。正直、私が戦った魔人の中では最強クラスだったよ」


「お前はサーシャが魔人になったとでも言いたいのか?」


「私は目が見えないから魔人の姿は確認しようが無かったが、時期が重なりすぎてる。そう考えるのが妥当だろう」


リヴォルグには魔人がどんな形をしているのか見えない。

ただ、歩いている音の大きさや声の響き方で何となくわかるが、今回の白銀の魔人は歩く音すらほとんどない、声も発することは無かったのでわからなかった。


ヴェインは大きくため息をついた。

そして意を決したように重い口を開く。


「お前も……自分の娘が同じ状況なら同じことをしたか?目の前にどんな病でも治る薬と言われるものを出されたら娘に飲ませたか?」


「飲ませたろうな」


「だったら私の気持ちはわかるだろう!!」 


ヴェインの感情的な言葉を聞いてもリヴォルグは冷静だった。

リヴォルグは一呼吸して酒を一気に飲み干しグラスを静かにテーブルに置いた。


「だが、私なら自分がしたことには最後まで責任は持つ。君のように身分や家柄などを気にして虚偽の葬儀などはやらんよ」


「……」


「私ならば持てる全てを投げ打ってでも娘を守る。娘のためなら"家柄"や"命"すら惜しくは無い」


ヴェインは顔を落とした。

別にリヴォルグに見られるわけでは無いが涙を隠したかったのだ。


「水の王から認められるだけあるな……」


「私はただの劣等生さ」


そう言ってリヴォルグは席を立つと部屋を出るためにドアノブに手をかけた。


「近々、ダイナ・ロアへ行く。白銀の魔人を見つけたら討伐する」


「……すまない」


リヴォルグはドアを開けてヴェインの書斎を後にした。

ヴェインは俯いた姿勢のまま、ずっと動けなかった。

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