情報を求めて
日も落ちかけている夕刻、アルフィスは例の如くリヴォルグの書斎にいた。
メルティーナとロールもその隣に並ぶ。
リヴォルグの机の上にはロールが買ってきたという薄黒い水のような薬が置かれていた。
「なるほど。サーシャは死んだが、生きていると……」
リヴォルグはその話を聞いても全く動じていなかった。
そうだと思ったと言わんばかりだ。
「ロール君、この薬はどこで買ったのかね?」
「え、ええと土の国のライラスって町にある薬屋です……」
「ライラス?確か中央ザッサムから少し東に行った小さな町だったか」
リヴォルグは少し考えていた。
アルフィスとメルティーナは土の国へは行ったことがなかったのでさっぱりだ。
「この薬のことは誰から聞いたんだ?」
「ここから少し西に行った村、ミルア村に知り合いの医者がいて、その医者から聞きました……」
ロールは緊張して俯き気味に答える。
何か悪い事をしたような気分だ。
「なるほど。その医者が詳しい事を知っていそうだね。明日、三人はそこへ向かってくれないか。もう少し情報が欲しい」
「マジか……いつになったら北の病院まで行けるんだよ……」
「すまないね。今物資を集めているのさ。ダイナ・ロアまで行くとなれば生半可な装備では命取りだ。さらに強い魔人もいるとすれば万全な体制で望みたい」
アルフィスもこの話には納得せざるおえなかった。
色々な問題がある中で旅をするなら万全にしていかねば支障をきたす。
「とにかく三人でミルア村へ行ってくれ」
「わかりました」
メルティーナは素直に返事し、三人は書斎を出て行った。
それを見届けたリヴォルグは小瓶の蓋を取り、薬の匂いを嗅ぎ、すぐに蓋をした。
「匂いはほぼ無いが……微かに竜血の匂いがするな……リーゼ王が言っていたのはこれのことか……」
リヴォルグは深呼吸し目を閉じた。
今この国で起こっている問題は予想以上に大きいものなのではないかとリヴォルグは思った。
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早朝
アルフィスとロールは屋敷の前にいた。
アルフィスは体を伸ばしストレッチし、ロールは眠気まなこを擦る。
「だが、アインのオヤジはなんで娘のこと他のやつに言わなかったんだ?」
アルフィスはなぜサーシャの死の偽装をしなければいけなかったのか気になっていた。
「スペルシア家ほどの名家の娘が"亡くなったけど生き返って窓から飛び降りて行方不明"は流石に大問題になりそうだけど……」
「確かに……なんちゃらハザードなら大騒ぎだ」
この世界の人間は特に家柄を守る傾向にあるのは間違いなく、名家ならなおさらだろう。
死んだ娘が蘇って、窓から飛び降りて今行方不明者なんて言ったらその家がどう見られるかわからない。
「とにかく真相をつきとめないとな……つかメルのやつ遅すぎるだろ!」
「レディーの準備には時間かかるのさ」
アルフィスが腕組みをしてイライラしていた。
そんなアルフィスをロールは苦笑いして見ている。
約束の時間はとっくに過ぎているのに全く姿を現さないメルティーナ。
アルフィスは素行は悪いが、時間はしっかり守るヤンキーだった。
そんなやり取りをしていると屋敷のドアが開き、そこにはメルティーナがいた。
今回は旅ということもあってかメルティーナは弓を装備していた。
「おまたせー」
「おせーよ!何やってたんだ!」
アルフィスは少しでも出発時間が遅れることが気に食わなかった。
「ごめんごめん。ついそこでグレイとバッタリ会ったから、ちょっと話してたのよ」
「グレイ?」
グレイはリヴォルグが陰謀を企てているのではないかと疑っている魔法使いだった。
詳しくは聞いていないがグレイは軍の魔法使いのトップ。
逆にセシリアは軍の聖騎士のトップで、魔法使い部隊の指揮権もあるとのこと。
「ええ、西の村へ行くって言ったら、詳しく聞かせて欲しいって」
「お前、まさか薬のこと話したのか?」
「話すわけないでしょ!"死んだ人間が蘇る薬がある"なんて言ったら私が変に思われるわ」
"死んだ人間が蘇る"というのは考えようによってはそうだった。
本当にそんな薬が存在していると皆が知ればどう思うか。
「あの野郎、いつもニヤニヤして気持ち悪いからな……苦手だぜ」
「あんたと違って社交的なのよ。土の国だと有名な魔法使いみたいよ」
アルフィスとロールは顔を見合わせた。
グレイは土の国出身の魔法使い。
この薬の出所も土の国だとするとグレイも怪しくなってくる。
「あいつ、いつから軍にいるだ?」
「んー。私が子供の頃にはもういたわね。お父様にはかなり長く仕えているはずよ」
「あのツンツン女は?」
「ツンツン女?ああ、セシリア総隊長ね。この国の出身で私が子供の頃にお父様が連れて来たのよ。住んでた村が魔獣に襲われて、お父様がその時に助けた子供だったみたい。村はまだあるみたいだけど、親は魔獣にやられて……」
アルフィスとロールはこの話しを聞いてもさっぱりだった。
グレイは昔から軍にいるのに今になって上司とその娘を殺そうとする理由がわからない。
セシリアの方もリヴォルグに恩があるのにもかかわらず二人を殺める理由がわからない。
「それがどうかしたの?」
「い、いや別に……」
隠すのが下手くそなアルフィスは声が裏返り、冷や汗をかき、あきらかに挙動不審だった。
「と、とりあえずミルア村まで行こうか、日が落ちる前に着きたいし」
「そうね!ミルア村まで半日だから急ぎましょー」
首を傾げていたメルティーナだったが、ロールのナイスフォローで事なきを得た。
三人は薄黒い薬の情報を求めてミルア村までの旅路に出るのだった。
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