思いもよらぬ共闘



数ヶ月前



野営地は昼間はいつものように慌ただしかった。

みなが急ぐようにして国境壁へ向かう準備を整える中、セレン・セレスティーはテントのベッドで寝ていた。


「隊長。そろそろご準備を!」


外から女性の声が聞こえる。

見張りをしている聖騎士の一人だった。


「今日も魔物相手か……」


セレンの口癖になっていた。

いつも同じことの繰り返しで飽き飽きする。

せめてもの救いは、たまに来る強い魔人を相手にすることが唯一の楽しみだった。

やはり強いやつと戦うのは楽しい。


「ん?」


なにやら外が騒がしい。

外の聖騎士が"失礼します"とテントへ入ってきた。

セレンは何事かと勢いよく状態を起こした。


「あの、隊長に会いたいという者が来てます」


「誰だ?」


「そ、それが……見慣れない魔法使いで……」


セレンは頭を傾げる。

魔法使いの知り合いは多くない。

ましてや外から来るとなると、あまり思い当たる節が無かった。


「どうしましょう?」


「会おうか」


セレンは流石にここまで来てもらって、会わずに返すのは無粋だと思った。

セレンはテントを出て野営地の出入り口へ向かった。


ちょうど出入り口付近まで来ると、門番の聖騎士と魔法使いがいた。

そしてもう一人、髪は青と銀が混ざっていてローブ姿、大きな杖を持った青年がセレンに向かって小さく手を振っている。


セレンは細目でその青年を見た。

少し呆れ顔で出入り口へ到着した。


「隊長、この者が隊長と話がしたいと」


門番の聖騎士と魔法使いは警戒していた。

こんな辺境の地まで一人で歩いてくるなんて異常だった。


「これは珍客だ……」


「お久しぶりですね。セレン・セレスティー」


青年はニコニコとセレンに挨拶した。

門番の聖騎士も魔法使いも困惑する。


「まさか水の王リーゼがこんな辺境の地まで来るとは、一体どういうことだ?」


その言葉に門番の聖騎士と魔法使いが驚く。

なにせ普通に暮らしていて、王に謁見できることなどなく、ましてや他の国の王と会うことなど稀なことだった。


「兄上のところに少し寄ったんですよ。そしたらあなたがこの辺にいると聞きまして、顔を出しました」


「わざわざご丁寧なことで。しかし王が自分の国にいないのは問題なのでは?」


それはもっともだった。

王は国を守っての王である。

その王が自ら他の国へ、たった一人で歩いて旅をしてくるなどありえない。


「ごもっとも。しかし、それ以上の問題がありましてね」


「……魔物のことか」


リーゼは無言で頷いた。

セレンはため息をつき、立ち話もなんなのでと、自分のテントにリーゼを招き入れた。


セレンのテントは四畳半くらいで、隅にベッドがあり、隣の武器置き場には槍状の宝具が一つだけおいてある。

中央には食事用のテーブルが置いていて、椅子も二つあった。


リーゼに腰掛けるように促し、ハーブティーを振る舞った。

そしてセレンも向かい合う形で座る。

セレンは黙ってられず、最も疑問に思っていることを質問する。


「それで、こいつらなんで土の国からこっちに来やがるんだ?倒しても倒しても切なくやってくるぞ」


「恐らく宝具狙いです」


セレンの顔が険しくなる。

まさか自分が持ってる宝具が目的でこっちまでやってきていたとは。


「まだ土の国の宝具の使い手は見つからんのか」


「あの宝具に使い手が見つかることは多分この先ずっと無いと思います。シリウス並み、いやそれ以上の力を持っていなければ扱えない」


セレンは絶句する。

土の国の宝具がどんなのかは知らないが、大賢者シリウスでも扱えない宝具となれば、確かに普通の人間には無理な話だ。


「そうか……なら私がこの先ずっとエサでなければならないってことだな」


「言葉を飾っても仕方ないのでハッキリ言いますが、その通りです」


リーゼの言葉聞き終わるとセレンはため息混じりで立ち上がり、宝具を持つとテントを出ようとしていた。


「これから魔物狩りだ。せっかくここまで来たんだから手伝って帰ってくれ」


「ええ、喜んで」


リーゼは笑みを浮かべて返答する。

セレンとリーゼは二人で野営地を後にし国境壁へ向かった。



国境壁



セレンとリーゼの二人は国境壁を眺める。

昼の一番暑い時間、魔物達は土の国からやってくる。


「王がいるなら、ここは二人で十分だろう」


「できる限りやりますよ」


相変わらずニコニコしながらセレンに返答する

リーゼ。

待つこと数十分、黒い何かがもそもそと上がってくる。

その姿は明らかに人型ではあるが、かなりの巨漢だった。


「"剛腕"か……また面倒なやつがきたな」


「特殊個体ですね」


魔人にも個体があり、通常の人間型の個体と、それを超える力を持つ特殊個体が存在する。


今這い上がって来たのは、普通の人間の数倍はあろうかという太った体に右腕だけが異常に筋肉質の魔人だった。

体の周りにはモヤモヤと黒い瘴気が漂う。


ドン!という音と共に火の国へ到達した剛腕の魔人。

その顔は無いが、こちらを見ているということはわかった。


「さーて仕事だ。王の力を見せてもらおうか」


そう言うと槍を持ったセレンが魔人の方に走り出す。

槍には所々刃がついているが、セレンはわざとその刃に手をスライドさせて自分の手を切った。


するとセレンの血はみるみる槍に吸い取られ銀色だった槍が赤く、さらに赤黒く変色する。

そして異様なオーラを放ち始めた。


「その立派な腕を切り落としてやる」


セレンはニヤリと笑い、さらに走るスピードを速めた。

魔人との距離は数メートルほどまで迫っている。


それに合わせてリーゼも戦闘体制に入った。


「魔力覚醒……」


その言葉と同時にリーゼの周りには一気に冷気に包まれる。

そして髪の色が全て白銀に変わり発光し、さらに目にも少し銀色が混ざり光を放っている。


セレンは魔人に渾身の両手持ち縦一線の斬撃を放った。

魔人はそれを剛腕の右前腕でガードする。

槍は腕の半分くらいまで到達し止まった。

魔人の体から漂っていた瘴気が消える。


「なかなか硬いが、アンチマジックは封印したぞ!」


魔人は思い切り腕を横へ振って、セレンを国境壁へ振り払った。

セレンは横壁に着地し、さらに壁を蹴って追撃を狙う。


魔人は帰って来るセレンに対して右ストレートモーションを取っていた。


「"氷結の結晶剣・極"」


リーゼが無詠唱で魔法を発動する。

魔人が力を溜めていた右腕付近の地面から巨大な氷の剣が突き上がり、完全に右腕を切り落とした。


セレンは飛んだまま勢いよく槍を横に振り、魔人の頭を切り落とし、魔人と数メートル離れたところに着地する。


「"氷結の結晶剣・天"」


リーゼの言葉と同時に、魔人の頭上に先ほどよりも細いが長さ5メートルはある十本の氷の剣が構成され、魔人に一気に降り注いで串刺しにする。

ことを成し終えた氷の剣は全て砕け散り、空気中へ拡散し消えた。

そして魔人の死体が膝から大地に倒れこむ。


「こりゃまた凄い。だがあんたとはもう組みたくないな」


「なぜですか?」


リーゼは首を傾げながら尋ねる。

魔力覚醒状態は解除されており、髪と目の色は戻っていた。


「戦いがつまらん」


「それは申し訳ないですね……」


リーゼは苦笑いしながらセレンに平謝りした。

後で駆けつけた火の魔法使いに魔人の死体を焼いてもらい、燃え尽きるのを見て国境壁を後にした。


野営地の出入り口。

もう日が暮れ夜だったが、リーゼはすぐに土の国へ行くと言って野営地を去ろうとしていた。


「明日の朝に出ればいいんじゃないか?」


「いえ、少し急ぐので」


セレンは呆れ顔だった。

なぜ急いでるのにこんな辺境の地まで来たのかと。


「言い忘れてましたが、最近妙な噂を耳にしました」


「妙な噂?なんだ?」


「意思疎通ができる魔人がいると」


セレンは絶句する。

魔人は完全に無感情で意思疎通なんてできないし会話することもできないからだ。


「人と魔人の間の存在を作り出そうとしている組織があるようです。くれぐれも油断せぬように」


それだけ言って、リーゼは野営地を後にした。

セレンは意思疎通ができる魔人のことを少し考えたが信じられず、すぐに考えるのをやめた。



リーゼが野営地を離れて一日半。

ずっと歩き続けていたリーゼは流石に歩き疲れていた。

半竜ハーフドラゴンといえど疲れるものは疲れる。

ちょうどそこに荷馬車が通りかかってくれた。


「すいません……よかったらセントラルまで乗せて欲しいのですが……」


そう言いつつリーゼは荷馬車の前に立った。

御者は快く乗せてくれ、先客の男性も気前が良くリーゼは安堵した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る