第7話 やればできる炎の子

「親父……兄貴……」


 俺が声をかけると、玄関の二人は振り返った。


「……ハビリ……何か用か?」


 数々の英雄伝説を生み出し、今ではこの帝国の全軍を統括する総司令。親父の『エンゴウ』。

 無数の傷跡を顔に刻み込み、燃え盛る炎のような滾った瞳を宿した武骨な親父。

 

「やぁ、ハビリ。久しぶりだね」


 そんな親父とは打って変わり、細身のナヨっとした優男。いつもニコニコして人畜無害そうな雰囲気の男だが、戦えばこの帝国でも最強クラスの力を持った若き英雄として、他国も魔王軍も一目置いている英雄である、5つ年上の兄である『レツカ』。


「兄貴も居たならちょうどいい。ちょっと話があるんだが……」


 親父は普段から家には帰らず、俺と顔を合わせることも少なく、会話もない。

 兄貴も結婚して家を出て、奥さんと娘と一緒に住んでるからここにももう来ない。

 そして二人とも忙しいから、何よりも俺にあまり口出しするようなことはしなかった。


「話? 小遣いか?」

「ハビリが僕に話なんて珍しいね……って、後ろの女性は?」


 っと、俺の後に続いてソードとマギナまで出てきていたか。

 まぁ、これからこの家に暮らす以上、紹介しないわけにもいかないし……


「……お前がオークションで大金使って奴隷を購入したという報告は先ほど宮殿で聞いた……」

「あ、ああ……ソードとマギナだ。今日からこの家で暮らす」

「そうか……」


 ソードとマギナが軽く会釈をするが、親父も兄貴も二人をあまり気にしない。

 それどころか、親父が俺を睨んで侮蔑するような、いや、ゴミでも見るような目をしてくる。


「まぁ、オークションであれば正式に登録されている奴隷。法的に特に問題はないが、面倒はお前が見るのであれば好きにすればよい」

「あ、ああ……」

「小遣いがないというのであれば、銀行で勝手に引き出せ」


 そう言って、俺に呆れたような様子でこれ以上の干渉をしようとしない。

 当たり前だろうな。

 親父はもう俺のことは「手遅れ」だと思っているんだ。

 それにその分、兄貴がとびぬけて優秀で自慢の息子だろうから、俺のことはあきらめているけど我慢はして好きなようにやりたいようにさせてるってところだろう。


「ハビリ……確かに法的に問題はないけど、兄さんは奴隷については反対だよ……だからせめて、彼女たちには人としての尊厳を汚すことのないように」


 兄貴も普段は優しいし、昔は俺のことをすごい可愛がってくれていた。

 だけど、ある日を境に俺は荒んで、そして親父と兄貴は忙しくて俺にかまってくれる時間も減って、結果的に俺はやりたい放題するだけのバカ息子に……だけど……


「話はそれだけか? ならば、もう行くぞ」

「じゃあね、ハビリ」


 そして話はもう済んだと二人は踵を返してそのまま家から出ようと……だけど、俺の話はまだ終わっていない。



「……俺たちがこうなったのは……俺の所為だ……母さんが病気で死んで以来……俺は拗ねて不貞腐れて……そして一人だったから荒れてやりたい放題のクズになった……」


「「?」」


「でもな……俺も……もうこれ以上のクズにはなりたくねえ」



 俺がそう言うと、親父と兄貴は足を止めてもう一度俺に振り返った。

 そして、俺の言葉に少し意外そうな顔を浮かべている。



(なんと……坊ちゃまが荒んだ原因に母上殿が……どうりで、たまに坊ちゃまが乳房に対して赤ちゃんのように執拗に甘えてくると思った……坊ちゃま……寂しいのであれば常に小生の乳房を! 薬を飲めば母乳も出ます! さぁ、マギナに母乳促進剤開発を命じるのだ!)


(なるほど……前回は知りませんでした……ご主人様はママのおっぱいが恋しく、しかしそれがもう叶わないので……私のおっぱいはいつでもどんとこいですよ?  前回御主人様が私に命じて開発させた母乳促進剤も秒で作ります♥)



 母さんのことは理由というより切っ掛けだ。結局俺がダメな奴だったのが一番の原因。

 だからこそ……



「親父……兄貴……俺は変わりてえ。奴隷になっても誇り高さを失わないソードとマギナを見て、俺はどうしようもねえ奴だと分かっちまった! 俺は変わりてえ!」


「「ッ!?」」


((え? 誇り高い? ドスケベライフ(メスブタライフ)をもう一度と思っているだけなのですが?!))


「でも、俺は俺自身がどうすればもっとマシな人間になれるのか、自分だけじゃ分からないんだ。だから、相談に乗って欲しいんだ!」



 ソードとマギナのことだけじゃない。



――お兄ちゃん、しっかり!


――あんちゃんはもう、この村の男だよ!



 野垂れ死にそうになっていた俺に声をかけてくれた人たちとか。

 その他にも俺は……だから……


「口だけならいくらでも言えよう。それに私やレツカに頼むのなら、その前に自分でやれるだけのことをやってからにしたらどうだ? 魔法学園でトップの成績を取るなどな」


 だけど、親父は唐突な俺の決意なんてただの口だけだと思ったようだ。

 まぁ、そうだろうな。

 俺はまだ何もしてないんだし……



「そうだね、もっとマシな人間と言われても、僕もハビリが目指す理想が分からない。頭とか、強さとか、心とか、そもそも到達点は何なのかもね」


「それは……」


「だからまずは父さんの言う通り、学校生活など目の前のことを懸命にやればいいんじゃないかな? それを果たし、問題ないとすればさらにその先の……そうだな……たとえば……ハビリ、炎の魔法を出してごらん?」



 兄貴は口調こそは優しいが、それでも内心では親父と同じ気持ちなのかもしれない。ただ、それはそれとして俺に対して炎を出せと……


「あ、ああ……おらぁ! どうだ!」

「うん、ダメだね。それでは」


 言われた通り、手のひらに炎を纏わせてみたが、一瞬で兄貴はダメだししてきた。

 何がダメなんだ?

 すると兄貴は……



「見てごらん……これが本来の僕たち一族の炎の到達点……蒼炎!」


「うおっ!?」



 そのとき、兄貴が掌に纏った炎は、俺の赤い炎とは違って、眩い青い光を放つ炎だった。



「青い……炎?」


「そう、これが僕たち一族にのみ到達できる完全燃焼の炎。十分な酸素の供給と完全なる化合により、遥か高レベルの炎へと昇華したものだよ」



 初めて見た、というかそんなの知らなかった。

 俺を叩きのめした奇跡の黄金世代たちとはまた違う、質を感じる。



「無闇に見せるな、レツカ。それは、我が家系でも成人した者にしか本来見せず、伝授もしない領域の力だ」


「いいじゃないか、父さん。ハビリも将来これを出来るだけの目標にさせれば」


「バカを言うな。蒼炎の力は心の奥底の芯から燃やし、その上で本来は荒ぶる性質を持った炎を安定させる。これは騎士団のエリートたちにもできない、我が一族のみの力。だが、それを発現させるにも、途方もない努力と天賦の才を必要とする。私でも発現させるのに二年かかり、天才と呼ばれたお前ですら半年もかかったではないか」



 心の奥底の芯から燃やし……安定……青い炎……蒼炎……



「……あ、できた」


「「うぇっ!?」」


「うそっ!? 坊ちゃま!?」


「ごご、ご主人様が!?」



 いや、なんか普通にできたぞ?

 存在とやり方を知らなかったからこれまでできなかったけど……え? これ本当に正解?

 でも、親父も兄貴も本当に驚いている。

 


(そういえば、坊ちゃまは訓練も授業もサボっていた……そもそも普段は小生が護衛しているし、黄金世代たちにも叩きのめされていたので気づかなかったが……)


(ひょっとして御主人様は……努力してなかっただけで、実はとてつもない才能の持ち主? いや、そもそも血筋的に優秀なのは当たり前ですし……御主人様は本来、やればできる子!?)



 ソードとマギナも驚いているし。


「……もう一度やってみろ、ハビリ。今度は少し炎の形を変えてだ……」

「え? 形?」


 そして、俺に興味なかった親父がズイッと近づいてきて指示してきやがった。

 しかも形って……


「魔法はただ放つだけではなく、研ぎ澄ませて練り上げれば各々の型ができる。たとえばこのように……蒼炎玉……」

「うお、炎の玉が……」

「ただ放つだけではなく、徐々に象り……」

「……お、おお……形を……ぐぬぬぬぬ……おっ、こんな感じか?」

「そう、そんな感じ……って、何故できる?!」


 なんかこれもできた……


「す、すごい! すごいよ、ハビリ! そもそもここに辿り着くのだって僕はどれだけ……よし、ちょっとこのまま庭に行こう! 本格的に色々とやってみよう、ハビリ!」

「お、おお、兄貴……」

「いやぁ、なんてことだ! ハビリにこんな才能があるなんて、兄さんもう嬉しくて涙が出て来るよ!」


 そして兄貴は目を輝かせて、俺の手を引っ張って庭へ出ようと……


「待て、レツカ! その前に本日の会議――――」

「あ、そっか。軍略会議が……」


 って、流石にそんな暇はない――――


「欠席の通達をするぞ!」

「うん、そうだね、父さん! 会議なんてやっている場合じゃないよね!」

「って、をおおい!? い、いいのか!?」

「ハビリ、僕がもう一度見てあげよう。さぁ、続きだ!」

「お前の才能を極限まで伸ばすぞ、ハビリ! さあ、さあ!」


 と思ったら、親父と兄貴は物凄いウキウキしながら仕事をサボる宣言して、二人で俺を庭へ……


「ぼ、坊ちゃま……」

「ご主人様……」


 そんな俺たちに、ソードとマギナはポカンとしていた。




 ただ、もう何年振りか、親父と兄貴といっぱい話した。

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