第13話 法医昆虫学の使い所

1.お品書き:未読歓迎

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本話は『叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼』関連エッセイです。シリーズを横断してうろちょろしている幽霊が見える公理智樹こうりともきと、不幸の申し子藤友晴希ふじともはるきが呪いの家に入ったり入らなかったりする話です(雑。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330657885458821

 虫の話ってレーティング超えそうであんまり書いてない。


 そんなわけで、3章大量不審死事件にあわせて『法医昆虫学』の話をしてみます。フェノミナ的なアレ。グロいつもりはないけど、内容がそもそもグロ注意。腐乱死体を書こうという人の参考になればいいなという感じです。

 このエッセイは本編を書くのにあたって、色々調べたところをブッパするお気楽エッセイです。にわかなので間違いがあればお気軽にご指摘くださいませ。


2.法医昆虫学の歴史

 法医学の中に法医昆虫学という分野がある。これは主にハエ等の昆虫が死んだ人間の体を利用して成長する様子を観察し、死因や死後経過時間等を調べる学問だ。

 とはいっても日本では諸外国と比べてまだ未発達の分野だろう。


 いつも通り法医昆虫学の古い文献から当たってみよう。

 おそらく文献として最も古いのは洗冤集録せんえんしゅうろくだ。南宋時代の司法官僚である宋慈そうじの記した本で、1200年代に作成された世界初の法医学書と言われている。官僚が記したもの故かそれなりに専門的で、死因や死亡時期の特定方法とかを体系的に記載されている。外観からの観察を基本とし、これによって死因等を判断していたようだ。

 この中に虫に関連する記載がある。死体の凶器を特定するために村人全員の鎌を集めたところ、ハエが1人の鎌にとまったことから自白したという話がある。ようするに血液(体液)にハエが集まるという性質が指摘されたわけだ。

 実際はそれだけで犯人を同定できないけれど、この話は観念した犯人がぺらぺら自白するので事なきを得ている。


 けれども法医昆虫学自体は、その後しばらく発展はなかった。改めて日の目を見出したのは比較的最近のアメリカでのこと。1980年代くらいからの動きで、ごく最近のこと。

 アメリカ人は学問に資本投下する。日本のように学者個人が細々と研究するのではなく、スポンサーがついて大規模にガチ研究する。

 例えばテネシー大学を始めとした大学はボディファームと呼ばれる腐乱死体を研究するための死体農場を持ち、数十体単位の死体を様々な状況で放置して死亡時間同定の研究をしている。テキサス州立大学では岩山等に死体を設置し、ハゲワシによる死体損傷の研究をしていたと記憶。研究というものに限りはない。

 このように人間の死体を使用して実見をすることがおよそ困難な日本の法医昆虫学の研究は、ブタベースで行っている。人間でやっているのとブタでやっているのでは、研究進度の違いは圧倒的でその差は年々広がっている、のではないだろうか。


3.小説を書く上で参考になりそうなハエを用いた死亡時期の特定(グロ含むので、苦手な方は飛ばしてください)

 法医昆虫学者が主役の小説というのはいくつかあるけれど、たいてい主人公が女性なのは何故だろうという疑問はさておき、昆虫が死体の中でどのような生活を営むのだろう、という話にうつります。とりあえず春や秋といった穏やかな時期を前提にしています。


 昆虫の良いところは、腐敗の状況によって集まる虫が違うことと、虫がその死体の中で生態系を作ることから、その過程で比較的死亡時期が割り出しやすいというところだろう。ただ周期が一回りする、例えばハエであれば2週間を超えれば、見分けが難しいかもしれない。


 最初に死肉食する昆虫が集まる。ハエは死後10分くらいでどこからともなく死体の近くに現れる。クロバエ、ニクバエあたりがメインストリームでこれらのハエのウジの大きさや蛹の状況で死後2週間くらいはわりと判別が可能だそうだ。

 クロバエはスピード重視で、ニクバエやキンバエは多少腐敗が進んでもコロニーを作る。

 死んで3日程経つと、死体の腹が膨らんでくる。なぜなら体内でガスが発生するから。体内では細菌の分解作用とウジの活動によって死体の体温が上昇する。そうすればイエバエ等の新しいハエ種も参入するようになる。

 この頃が1番ハエが産卵する時期だ。パラダイス。

 その後、体液とアンモニアが混ざることによって死体がアルカリ性になる。そのころにはシデムシやエンマムシ等の有名特徴的な昆虫が訪れ、死体そのものを肉として食用したり、死体に存在するハエやウジを食べて卵を生む。この局面での変わり種はアリやハチで、ウジに卵を産み付ける昆虫が発生することがある。そのような場合、ウジとアリ(ハチ)の2つの昆虫群を同時に検証することが可能となるため、時間経過がわかりやすい。

 読んだ資料ではアリは巣に卵やウジを運ぶそうなのだが、どうやって調べてるのかな。


 10日くらい経つと体表面に穴が空いたりすることでガスは外に出で、腐乱も進んで死体は乾燥していく。死んだ体には新しい水分が供給されないから。この頃にはウジがだいたい死体を食べ終わってるため、死体は次第に冷たくなってく。ハエは蛹になって羽化して飛んでく。死体が乾燥するとウジではその体が食い破れなくなるため、死体を食べるのは甲虫とかが増えてくる。

 一方で梅雨や秋雨などの湿度の高い時期に死んだ死体は、乾燥せずにハエは世代を重ねる。だから作中で同定が不可能だった9月10月に死んだ人たちは、この辺にの状態です。

 季節的な観点で言えば、地上で放ったらかしにした場合、夏は7~10日くらいで白骨化するのに対し、冬は数ヶ月を要する。基本的に冬は昆虫の活動も少なく、難しい。加えて死体が乾燥すれば虫、というよりウジの体内への侵入が難しくなる。 だからまあ作中でも冬の死体はたいして傷んでないけど、夏は大変なのです。公理さんお疲れ様。


4.日本における法医昆虫学の難しさ

 ここで日本の話に戻るわけです。

 上記で述べた研究結果は、主に大資本が投下されたアメリカの死体農場で観測されたものです。そもそも規模が違う。焼死体だとハエの誘引も多いとか、開口部が多い死体は産卵しやすいとかのデータがあったはず。けれども日本では焼死体と普通したいの腐乱状況を比べたり、開口部の異なる死体を比べたりすることは不可能だ。死体損壊罪が正当事由になるのかという論点は見たことがないものの、おそらくそれ以前に死体を腐るに任せるということが認容できない社会なのだと思う。

 そしてアメリカの膨大なデータが、直接日本に当てはめられるわけではない。なぜならアメリカと日本は環境も異なるし、虫の生活環も違うから。


 指標として虫を用いるメリットは、どこにでもいることと世代交代が早いことだ。

 一方で、その世代交代の速さは時間の経過や環境変化によって生態が比較的変化しやすいというデメリットにも転ずる。つまり地域が少し離れると生育状況が異なることが多い。温度や湿度等によっても変化する。

 そして日本には四季がある。日本は亜寒帯から亜熱帯まで、そして地形もバリエーションに富み、そもそも死体に付着した虫の状況それのみによって様々な事象を同定するのは難しい。当然ながら、昆虫は種類によって活動しやすい温度が異なる。卵が羽化に要する時間も成長に要する時間もその種によって大きく異なるし、前述の通り季節によって、つまり夏と冬でも育成状況がかなり異なり、結局それによって腐敗の状況が変化する。

 死体は乾燥している場所にあるとカツオブシムシ等が増えて、湿った場所にあるとサシガメ等が増える傾向があると言われるが、生態系というものは単体の虫種だけではなく、そこにいる場所全てを巻き込んで構成されるため、四季の変化に富む日本では一律の指標を採用することはそもそも難しいのではないだろうか。

 そんなわけで日本では複雑多岐な環境に対応できるデータの蓄積自体が乏しく、昆虫で死体の状況を特定する場合でも、蓄積データにと比較した推測ではなく、同環境を設定した上で新規に比較実験をするほうが多いと思われる。けれども対照実験というのは、同時期に同等の環境での対照実験ができてないと対比ができないんですよね。夏に出た死体を秋に対照実験しても優位なデータが得られにくい。

 だからたくさんあるアメリカの文献データを小説で日本の事件に直で当てはめると、足をすくわれるのではないかと少し思っている。

 普通に一般的な死体現象を観測したり胃の内容物から特定したほうが早いかもしれない。

 

 上記以外の昆虫類で推理小説によく使われるのが、タテハチョウやシジミチョウの類は死体の体液を吸いに来る。小説に全然使われないけど、水中で死ねばエビとかカニとかシャコとかは人を食べる。

 後は実体験的に聞きかじった話を置いてみる。

 作中によせると、RCだと異なりますが、木造アパートとかだと上の階で腐乱が発生すると、天井裏を通じて蛍光灯の隙間等からぽとぽと蛆が落ちてくることがある。蛆は体液出しながら這い回るため、這った後が残っている。だから死体にトリックを使う場合は注意が必要だ。

 異常死体の場合は警察は布団ごと運び出すけれど、その他は残される。このあたりの時期になると、死体の中で形成された生態系が周辺に広がっている状態で、死体から出た体液も染みて床板は結構悲惨な状態になってる。そういう状態だと、警察は提携している特殊清掃業者を紹介してくれるんだけど、結構高いです。


5.おわり

 僕の書くものにまとまりなど期待してはいけない。

 そんなわけで公理さんと藤友くんの家の3章はそんな感じです。『公理さんと藤友君の』と書いたのは他にパターンがあるわけで、『桜川大岳と西野木拓海の家』と『郡上貞光と朝日屋頼の家』というのが構想状態であったりする。大岳の家ほうは富札島でケルトの呪いみたいな話で、貞光の家のほうは大体公理さんと藤友くんのと似たストーリーラインだから差別化しないとなと思っている。

 リクエストがあると受け付けますが、納期はよくわかりません。

 ではまた。

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