#155 幕間:井口みかん「果てしなき親友(ライバル)」
私、オレンジ・ママレードが所属する芸能会社ポラリスのVチューバー・アイがAIだった。
確かに驚いたが、あまりコンピューターに詳しくない私にとっては、
「はえ~、漫画みたいな時代になったんだねー」
と、思うくらいである。
そんなアイの記者会見が終わり、ようやく私も帰宅することが出来た。
「こんなに遅くなるなんて⋯⋯夕飯を作ってきて正解だったね」
しかし今の私はご機嫌である。
「はあ⋯⋯ウォーリアのサイン。 Vチューバーやっててよかった」
かつて私がウォーリアに会ったことがあったのは小学生の頃に1回だけだったが⋯⋯。
『サインのあて名はオレンジ・ママレードでいいですか?』
『⋯⋯その、『井口みかん』でお願いします』
『それが本名ですか? あれ⋯⋯みかんって名前たしか⋯⋯?
あのー、もしかしてハイパー・ジャパンカップに出た事ありませんか?』
なんとウォーリアは私の名前を憶えていたのだった!
『はははっ! その珍しい名前だから印象に残っていただけですよ!
⋯⋯でも苗字が? そうか結婚されたからか。 ⋯⋯ん? 井口ってたしか⋯⋯井口太陽君?』
『はい! 主人です!』
『そうか! あの時の子と結婚したんですね! おめでとうございます! いやー、時間が経つのは早いなあ⋯⋯僕も歳をとるわけだ!』
⋯⋯最高の時間だった。
この手にある『井口 太陽君・みかんさんへ』と添えてもらったウォーリアのサインは私の家宝だ。
「太陽が見たら驚くでしょうね」
今自宅に居るであろう愛する夫や子供達の事を考えながら帰宅していると、スマホにメールの着信があるのに気が付いた。
「おや、珍しい⋯⋯」
そのメールの相手は私の友人であり長年のライバルでもある女だった。
その女⋯⋯夢美との腐れ縁は小学生時代にまでさかのぼる⋯⋯。
── ※ ── ※ ──
私は小学3年生の時に引っ越した、その同時期に夢美の家族も引っ越してきた。
私たちは隣同士の隣人だった。
そして偶然だが同じ学校の同じクラスメートでもあった。
当然だがそんな私と夢美は仲良くなり、一緒に過ごす時間が長くなる。
そんな夢美の特徴は、とにかく遊ぶのが大好きな子だった。
当時流行っていたミニ四君を男子にまじって遊ぶ女の子だった。
「ねー、みかんも一緒にやろうよ!」
そう私をミニ四君に引き込んだのは夢美だった。
その頃の私はミニ四君にはまったく興味はなかったけど、夢美とよく一緒に遊ぶ男子の中にちょっと気になる男の子が居た。
その人の名は⋯⋯井口太陽という名前だった。
そう⋯⋯今の私の旦那様である。
図らずも夢美は私と太陽の縁を結んでくれたキューピッドになったのだ。
⋯⋯まあ本人にそんな自覚は無かっただろうけどね。
私と太陽の仲は進展していった。
それと同時に私達のミニ四君熱も過熱していった。
ミニ四君なんて太陽に近づく為の手段でしかないと思っていたのに、思いのほかのめり込んだのだった。
それはハイパー・ジャパンカップというミニ四君の全国大会に出場するくらいに。
そんな私と太陽と、あとおまけの夢美は大会に出るために東京へと遠征するのだった。
太陽の為に作ったお弁当を持って⋯⋯。
私の料理への道は、この時から始まったのだ。
結局大会では夢美が予選落ち。
私と太陽は本戦へと出場した。
次に勝てば決勝進出⋯⋯というところで私は痛恨のリタイアで失格してしまった。
もしも勝ててたら決勝で太陽と戦えたのに⋯⋯と。
この時、私達は6年生だった。
当時のミニ四君の大会は小学生しか参加できないものだった。
つまり私が日本一になるチャンスはもうない、という事である。
「みかん! 俺は絶対にチャンピオンになる! だからもしも俺に勝てたらみかんが日本一だからな!」
そして太陽はその言葉通り優勝したのだった。
太陽が表彰式で私達の憧れのミニ四ウォーリアにメダルをかけてもらっていたのが凄く羨ましかった。
その時、太陽は思いもよらぬ行動をとったのだ!
ミニ四ウォーリアを私の前に連れてきて。
「コレ! ウォーリアからみかんに渡してやってくれ!」
そんな無茶を言ったのだ。
この時の太陽は小学6年生、恐いもの知らずの子供だった。
でもミニ四ウォーリアは嫌な顔ひとつせずに、その太陽が貰うはずのメダルを私にかけてくれた。
「みかんちゃんは女子の中では一番だったね! がんばった、おめでとう!」
憧れだったミニ四ウォーリアに名前を呼んでもらえたことが嬉しかった。
そしてそれを見て笑っている太陽に、本当の恋をしたのだった。
そして私達は中学生になる。
もう大会に出ることは無くなってしまったがそれでも私達のミニ四君は終わらなかった。
日々カスタマイズを研究し研鑽していくのだ。
なお、この頃にはすでに夢美の興味はテレビゲームに移っていたのだったが⋯⋯。
私は太陽と一緒にミニ四君を続けて毎日一緒のお弁当を食べるのだった。
そんな日々が何事もなく続く。
私達が大学を卒業するまで⋯⋯。
大学を卒業する時に、私と夢美はそれぞれ別の場所に引っ越すことになった。
永遠に続くと思われた親友との別れである。
私は結婚する太陽の職場である今の住むところに。
夢美もは少し離れた街に⋯⋯。
だがこの頃に発達を始めたインターネットおかげで、私達のやり取りはこれまで通り続くのだった。
お互いに結婚からの出産と育児がひと段落して、ある程度時間が作れるようになった頃に夢美はなんとニコチューバ―になったのだった!
趣味だったゲームの攻略動画を投稿する遊びだという⋯⋯。
そんな夢美に付き合って私の方は料理のレシピを紹介するニコチューバーを始めたのだった。
しかし⋯⋯動画の再生数では夢美に大きく差をつけられ始める。
ニコチューブの視聴者層的にゲーム実況の方が人気なのだから仕方ないが⋯⋯悔しかった。
こうして私は意地になって料理系ニコチューバーを続けていたら、やがて日本中の奥様達の間でカリスマ的な料理人ニコチューバーと呼ばれるようになる。
そんな日々が何年か続いた後、私達の環境も変わる。
私はポラリスにスカウトされてVチューバーになった。
夢美はそれまで勤めていたお屋敷の家政婦を引退してマンションの管理人になった。
夢美の職場が変り、私達は再びご近所付き合いになる。
なんとも不思議なめぐり合わせだが、どうやらこの親友との腐れ縁は終わりそうもない。
── ※ ── ※ ──
そして現在。
Vチューバーとしてのミニ四君の大会が終わった後、私は夢美に呼び出された場所へ行った。
そこは私達の住む場所から割と近い場所のゲームショップだった。
なんかマスクライダーの等身大人形が飾っている⋯⋯。
他にもミニ四君のコースも設置されていた。
そこに夢美が待っていた。
「よっ!」
「ひさしぶり夢美」
「みかんも元気そうだね」
ライン等ではよく会話しているが、それぞれ仕事も家庭もある私達が直接会う機会は減った。
今日は久々の再会だった。
「さて勝負しようか?」
「いい歳してミニ四君で?」
「お互い様だろ?」
私達はお互いにマシンのセッティングをしながら会話する。
「この前のイベントでみかんと戦えるかもって思ったけど、解説だったとは」
「いきなりゲスト枠に夢美が出てきて、こっちは笑いをこらえるのに必死だったよ」
そう笑い合う。
「いやー、思い出してね」
「何を?」
「結局みかんにミニ四君で勝った事無かったな、と⋯⋯」
「そういう事は完走してから言いなさいよね」
こうして私はこの腐れ縁の
「そういや私もフリーの配信やってた時は夢美に勝てなかったなあ」
「勝てると思ってたの? 料理配信で?」
まあニコチューブの視聴者層的に不利だったのは間違いないが悔しかった。
「でも夢美が引退してからこっちは企業Vチューバーとして登録者数140万人なんだから!」
「くそ⋯⋯抜かれたか。 また再開しようかな?」
夢美のチャンネル登録者数は引退後も減るどころか増え続けるインチキチャンネルだった。
企業ではない個人配信者で登録者数100万人オーバーなど、ほぼ居ないのに。
最近ではアリスの奴がダイマするせいで、また知名度を上げつつある⋯⋯気が抜けない。
なんだかんだで私達はこうやって競い合うのが大好きだった。
「あいかわらずフロントモーターかよ」
「そっちは原理主義のアバンティアじゃない」
「何言ってんだ。 サーキットを走る為に開発されたタイプ2シャーシの血統だよ」
「こっちのフロントモーターはコーナーを極めるための進化の歴史だよ」
そう言い合い私達は笑う。
「じゃあ決着をつけようか」
「そうだね」
そしてレースは始まった──。
井口みかん、料理人Vチューバーのオレンジ・ママレード。
岩瀬夢美、個人ゲーム実況プレイヤーの美異夢。
どれだけ時間が経っても立場が変わっても⋯⋯。
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