#095 王女殿下の来日!
私⋯⋯リネット・ブルースフィアは愛する民たちに見送られて飛行機に乗った。
このまま日本まで直通ならいいんだけど、そんな大型の飛行機はわが国には無くていったんイギリスのヒースロー空港を経由していくのだ。
その長い旅路で私は知っていく⋯⋯。
「殿下こちらが例の資料になります」
「ありがとうセバスチャン」
私はセバスチャンがまとめてくれた資料を読んでいく。
そのタブレットを操作する私の指はだんだんと震えていく⋯⋯。
[Vチューバーマロン、配信切り忘れ事件!]
[Vチューバーマロンに妹が実在した!]
[マロンの妹! 天使の歌声!]
[マロンの妹、Vチューバーデビュー!]
[アリス、デビューから2か月で登録者50万人を突破!]
[アリス、骨髄バンクコラボを始める]
[骨髄バンクコラボ成功によりアリスを始めとするVチューバー達に感謝状が贈られる!]
などなど⋯⋯様々なVチューバーのまとめ記事を読んだ。
「アリスってこんな子だったんだ⋯⋯」
「イラストレーターしか見てなかったんですか殿下?」
「⋯⋯うん」
そもそものきっかけは、とあるファンからのメッセージだった。
【ブルーベルちゃん妹出来ておめでとう】
⋯⋯妹?
最初意味がわからなかった。
しかし私は知っていく、同じイラストレーターのVチューバー同士は『姉妹』という関係なのだと⋯⋯。
「聞いてセバスチャン! 私に妹が出来たんです!」
「落ち着いてください殿下! 一体何が? 王妃さまがご懐妊されたんですか!?」
とまあそんな一悶着もあったが⋯⋯。
「これがアリス⋯⋯私の妹」
その公式ホームページに乗ってるアリスの姿は本当に私の妹だと思えた。
人形のように愛らしい銀色の髪。
私と同じ髪の色。
⋯⋯えへへ。
ずっと夢だった。
私にも弟か妹が欲しいって。
私には2人の兄が居る、私は末っ子だった。
そんな私には王位継承権とかほとんど関係なく、ただ兄さまたちに可愛がられて生きてきた。
しかし⋯⋯私にも弟か妹が欲しいという願望は歳を重ねるごとに大きくなる。
そしてそれがそう簡単に叶う夢ではないことも理解していた。
政治的な理由で長男は必須。
次男は万が一のときの予備。
そして私は⋯⋯お母さまがどうしても女の子が欲しいという思いで無理に作った結果が実を結んだのだった。
つまりこれ以上むやみには王族は増やせないのだ。
だからいくら私が弟や妹が欲しくても、それは叶わぬ願いなのだった。
しかし⋯⋯その夢が思わぬ形で叶った時、私は舞い上がってしまった。
⋯⋯そのアリスにも
「⋯⋯セバスチャン。 どうしましょう?」
「どうするも何も、その
「ですよね⋯⋯」
まだ私はマロンさんに返事が出来ていない⋯⋯。
そしてあと数時間でこの飛行機は日本に着くのだ。
私はあれだけ行きたかった日本に着くのがもっと遅くならないかと思う⋯⋯。
「きちんとマロンさんに謝って⋯⋯」
それでアリスとは他人になる。
いや⋯⋯元々他人なのだ。
そう思う私は無意識に書いたメールを送信してしまった。
[ブルーベル:私にだってマロンさんとは違う絆がアリスとあります! 負けませんよ!]
「あああぁっ!? 私なんてことを!」
うっかり送信してしまった!? もう取り消せない!
「ほう⋯⋯さすがは殿下。 王者の姿勢ですな」
「違うの! これは、ついうっかり!」
そして秒で返信が来た!?
[マロン:いい度胸だ、この覆面女め!]
「あああっ!? どうしましょう!」
こうして私は憂鬱な気分でこの日本に辿り着いたのでした。
日本⋯⋯ここが私の憧れの国。
私がこの国に憧れた理由はこの国では多くのヒーローが生まれたからだった。
アニメ・特撮・漫画⋯⋯多種多様なヒーローたち。
それがただのフィクションならそこまで私は引かれなかっただろう。
しかしこの日本の国民性はそれを証明するものだった。
戦争をもうしないと誓った国。
その国民は災害時などにけして和を乱さない。
行儀よく配給の列に並び、困った人が居ればそれが他人でも手を差し伸べる。
嘘みたいな国だった。
そんな国に興味を持った私は、この国で30年近くもヒーローを放送し続けるチャンネルがあることに驚いた。
30年である。
今の子供どころかその親が子供の頃からそんな放送が続いているのだ!
きっとこの国の国民はそんなヒーローに感銘を受けた民たちなのだろう。
そんな日本という国は私の憧れとなり今回の高校からの留学に繋がったのだった。
それがまさかこんな憂鬱な気分で来日することになるなんて⋯⋯。
そして私の記念すべき日本での第一歩は──、
「⋯⋯ジメジメと暑い国ですね」
「だから言ったじゃないですか、殿下」
この後私は大使館に行ったりなど予定が山積みだった。
「⋯⋯セバスチャン。 なるべく早くに私がマロンさんに直接会えるよう手配して」
「かしこまりました」
こうして私はこの憧れの日本にやって来たのだった。
日本へ来た初日は大使館でのメディアの取材を受けた。
どうして日本に留学されたのですか?
という質問に正直にこの国に憧れがあったからと答えておいた。
まあ無難な答えだろう⋯⋯きっと。
こうして日本での初日はホテルに泊まることになった。
そして次の日、ようやく私は職場に訪問したのである。
Vチューバー『マスクド・ブルーベル』としてお世話になっておきながら、今まで
「初めましてミスター坂上。 私が『マスクド・ブルーベル』こと、リネット・ブルースフィアです」
「これは初めまして⋯⋯。 坂上衛助です」
こうして今後の私の活動内容の打ち合わせが始まる。
これまでの私は海外に居て公務や学校など忙しく⋯⋯あまり配信は出来なかった。
しかしこの日本にいる間は違う、かなり時間に余裕ができるし保安上あまり外を出歩くことも出来ないので配信活動に割く時間は増えそうだった。
そしてその事を私はミスター坂上に話した。
「ははは⋯⋯そういう事情のある方だったんですね。 リネット⋯⋯様は」
「ミスタ―坂上。 私は確かに他国の王族ですが、ここではただのVチューバーです。 遠慮は結構ですよ?」
「⋯⋯そう言っていただければ幸いです」
⋯⋯セバスチャン、あまり威圧しないように。
ミスター坂上が委縮しているではありませんか!
そして私はいま一番困っていることを相談した。
「その⋯⋯ミスター坂上」
「なんでしょうかブルーベルさん?」
どうやら坂上は私の事をちゃんとタレントとして扱ってくれるようだった。
「その⋯⋯アリスの件です」
「ああ、その件ですか⋯⋯」
坂上も困った感じだった。
「ごめんなさい、軽はずみな発言でこんなことになってしまって⋯⋯」
「その件ですがアリスさんはとくに何も怒ってはいません。 ⋯⋯ただ」
「⋯⋯マロンさんですね。 ⋯⋯お姉さんの?」
「ええ⋯⋯けっこう怒ってて対決をご希望です」
「対決⋯⋯どういう内容なんでしょう?」
「それに関しての企画は自分に一任されてます」
「そうなのですか?」
「なにか希望がありますか?」
「いえ⋯⋯とくに」
そもそもマロンさんが何を得意で苦手かもわからないのだ、決めるのは無理だった。
「では『ゲーム対決三本勝負』という企画で行きますね」
「ゲーム対決?」
「アリスはゲームの得意なVチューバーなので、その『真の姉の座』を賭けた戦いです。 ここはゲームで決めるのが相応しいでしょう!」
「⋯⋯そうですね?」
そうなのかな?
「ただ⋯⋯問題があって」
「問題とは?」
正直ここまで問題だらけだ、今更何が増えても構わないだろう。
「対戦のゲームが通信対戦不可能なレトロゲームになります。 ⋯⋯つまり直接ブルーベルさんはマロンさんとお会いすることになりますが⋯⋯よろしいですか?」
それを聞いたセバスチャンは明らかにイヤそうだった。
私の警護の事を考えれば無関係の者との接触は少しでも避けたいのだろう。
しかし私はこの日本のハイスクールに入学するしVチューバーも続ける。
マロンさんにも直接謝罪するのは筋だろう。
⋯⋯それに。
⋯⋯⋯⋯アリスにも会えるかも!
「わかりました! そのゲーム対決お受けします。 くわしい日時が決まったらお知らせください!」
私、リネットの日本での戦いが始まりました。
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