第5話 アステルの戦い
(――はっや!? 俺はっや!!)
ゴブリンの集団めがけて走りながら、俺は内心で、自分の走力に驚愕する。
俺という人間と言えば、仕事場から少し離れた場所にある駐輪場まで歩くだけでもいい運動をしたような気になれてしまう、平たく言えば超のつくインドア人間だ。運動神経は別段悪くはなかったが、だからといって走りに自身があるわけでもなかったはず。
だというのに、風を切る速度も、大地を踏みしめる足の力強さも、記憶の中の過去の俺とはまるでかけ離れている。アスリートさながらの身体能力を引き出しながら、息の一つも乱れる気配がないのだ。
――あくまで推測だが、おそらく肉体がアステルのものになったことで、身体の性能も
記憶の中の自分との乖離は著しいことこの上ないが、
そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は右の手を背に回す。
右肩付近から突き出した「柄」をしかと握りしめ、得物を音高く抜き放つ。
降り注ぐ陽光を浴び、金属質な輝きを帯びるその武器は、どこか歪な形をした「剣」だった。
やや湾曲したグリップに、切っ先へ向けて先細りした、片刃のサーベルにも似た刀身。そして何より、刀身の根元付近に組み込まれた、円柱形のパーツ――例えるならリボルバー拳銃の弾倉のような、刀剣の構成要素になり得ない奇怪な部品が、一際目を引いた。
この異形の剣こそ、
「剣でありながら、魔法を行使するための杖でもある」というゲーム内設定の通り、魔導剣の特徴は、通常の剣術と合わせて、魔導剣士専用の特殊な魔法を扱える点にある。
同じく剣と魔法を両立する
抜刀した魔導剣を構えながら、ゴブリンめがけてさらに増速をかける。
魔導剣の特徴は先述した通りだが、それを行使しようにも、魔導剣自体を満足に振るえなければ話にならない。なのでまずは、魔法を使わずにどこまで戦いのまねごとができるかを試そうと考えたのだ。
「は、あぁぁッ!!」
こちらに気付いたゴブリンが威嚇の鳴き声を上げるよりも早く、俺は魔導剣を袈裟懸けに振り下ろす。
振り抜くとともに、グリップを通して伝わってくる、肉を切る感触。やや遅れて、ザグシュ!! という斬撃の音が、俺の耳朶を鋭く叩いた。
「グギャアアアァァッ!!?」
悲鳴を背に受けつつ、ブーツの底を地面にこすりつけ、静止する。
振り返れば、そこには赤黒い血を吹きあげながら、その場に力なく倒れ伏すゴブリンの姿があった。
(――動ける!)
魔導剣を抜刀してから、ゴブリンを切り伏せるまでの一連の動きには、一切のよどみがなかった。まるで、何年も前から繰り返してきた動作を反復しているかのように、身体が自然に動いてくれたのだ。
先刻の感触を確かめながら、俺は二体目のゴブリンへと目を向ける。
標的にしたゴブリンは、突然の闖入者と、それによって仲間をやられたことに、ずいぶんとお怒りのようだ。焦点の合わない濁った眼をいっそう血走らせて、ギャアギャアとこちらに向けて喚き散らしていた。
「悪いな」
誰に向けるでもなく謝罪を口にしてから、今度は魔導剣のグリップ付近を操作する。
すると、魔導剣が刀身の付け根付近から、がくりと折れ曲がる。刀身基部に設けられたヒンジの可動域に沿って折れ曲がった刀身からは、むき出しになったシリンダー型パーツが、その中心に備えた「装填孔」を覗かせていた。
そこにすかさず、腰のホルスターから取り出した、大きな電池にも似た円柱形の物体を装填。再びヒンジを動かし、魔導剣を元の形状に戻したのち、今度はグリップに備え付けられていた「引き金」を、ガチリと引き絞った。
直後、バシュウッ!! という排気音にも似た音が、鋭く響き渡る。
同時に、魔導剣の刀身から、青白い光の粒が吹き上がったかと思うと、光の粒が刃を中心に集束。渦を巻く光の粒は、瞬きの間に形を成し、青白く輝く「光の刃」へとその姿を変貌させた。
この光の刃を成した技こそが、魔導剣が魔導剣たる所以。エタフロ内の世界観設定においては「導剣魔法」と呼ばれる、魔導剣士専用の魔法だ。
今しがた発動したのは、導剣魔法の基礎とも言われる技の一つ〈ブレードエクステンド〉。
「魔力の刃を切っ先に纏わせ、攻撃力を増した魔導剣で切り付ける」という、シンプルかつ使い勝手のいいその技は、やはり長年使い慣らした技術を反復するかの如く、息をするように繰り出すことができた。
「うおおぉぉッ!!」
輝く魔力の刃を構え、俺は二匹目のゴブリンめがけて肉薄。振りかぶった魔導剣を、横薙ぎに一閃する。
青白い残光を残して振り抜かれた魔導剣は、ゴブリンの首筋を捉え、頭部と胴体を綺麗に寸断。衝撃に吹き飛んだゴブリンの首が低くバウンドすると同時に、残された身体がその場で崩れ落ちた。
(導剣魔法も、問題なし。……この分だと、心配はいらなさそうだな)
ここまでの流れを鑑みるに、どうやら戦い方や身のこなしは、「この身体」が覚えてくれているらしい。
それに、ゴブリンを切り伏せた時に感じた感触や、首をはねられて血を吹き上げるゴブリンの亡骸を見ても、思っていたほどの嫌悪感はなかった。むろん、全く動じない、というわけではないが、この惨状に対して吐き気を催すような事態が起こらないあたり、どうも精神面も肉体に引っ張られているようだ。
何にせよ、この先避けられないであろう魔獣との戦いに支障をきたすようなことが無いのはありがたいことだ。そう考えて、俺は残る最後のゴブリンを見やる。
最後のゴブリンは、目の前で仲間を殺されたことに怖気づいたらしい。数歩後ずさったのち、踵を返して逃走を図ろうとしていた。
「悪いけど、逃がすつもりはないぞ」
そうつぶやいて、俺は再び魔導剣のトリガーを引き絞る。
すると、再び魔導剣の刀身から吹き上がった魔力が、今度は刃を形作らず、刀身の表面に滞留した状態となった。
「ハッ!!」
魔力を纏った魔動剣をその場で引きしぼり、天へ切り上げるように一閃する。
すると、刀身を覆っていた魔力の塊が、剣戟に合わせて光の三日月を形成。そのまま、切っ先を離れた魔力は、ゴブリンめがけて飛翔する「光の刃」となり――
「ギャグッ……!?」
遁走するゴブリンを、背中から両断。短く悲鳴を上げたゴブリンは、その場で崩れ落ち、動かなくなった。
――先の〈ブレードエクステンド〉と同じく、これもゲーム時代、魔導剣士の基礎と言われた導剣魔法の一つだ。
魔力の刃を飛ばし、遠距離の敵へとダメージを与える。〈レイザーウェイブ〉と呼ばれたこの魔法は、遠距離攻撃に乏しい魔導剣士にとっては貴重な遠距離攻撃手段として重宝される技だった。
最後のゴブリンが倒れたのを確認して、俺は細く息を吐きながら、魔導剣を背に吊り直す。
時間にして、わずか1分足らず。戦闘そのものは実にあっけなく終わったが、俺からしてみれば、この一戦は非常に多くの収穫を得られた戦いだった。
「アステルさーん、お疲れ様でーす!」
自分自身がもたらした成果に一人得心していると、不意に背後から声がかかる。
振り向いてみれば、手を振るセレネとその後ろを歩くサテラが、揃ってこちらに歩いてきていた。
「あぁ、ありがとう。おかげさまで、なんとなく勘は取り戻せた気がするよ」
「それは良かったです。私たちも見守っていましたけど、側から見ても問題はなさそうでしたよ」
「いつも通りの、アステルの戦い方。やっぱり、魔導剣の扱いで、アステルの右に出る者はいない」
「まぁ、なんだかんだコレとも長い付き合いだからな。この身体が使い方を忘れてなくて助かったよ」
忌憚のないサテラの賞賛になんとなくむず痒い気持ちになりつつ、「さて」と気を取り直す。
「ウォーミングアップも済んだし、改めてアンファングに向かうとするか」と言いつつ、街道に戻ろうと歩き始めた――ところで、不思議そうなサテラが口を挟んできた。
「……剥ぎ取り、しなくていいの?」
「え? ……あっ」
すっかり失念していた概念を今更思い出して、俺の口からは間抜けな声が漏れる。
「悪い、さっぱり忘れてた。ぱぱっと剥いでくるよ」
「じゃあ、ちょうど3匹いますから、3人で分担しましょうか。その方が早く終わりますからね」
「ん、賛成。アステルも、それでいい?」
「あぁ、助かるよ」
了承を得て、各々ゴブリンの死骸へ向かっていく2人の背を見ながら、俺は小さく自嘲の笑みを漏らす。
当たり前だが、この世界が現実であり、世界の法則が
少し考えればわかりそうなものなのだが、そんな至極当然とさえ言えることを失念していたあたり、どうも俺は現状に浮かれすぎているらしい。
ゲーム内のストーリーでも垣間見ることはできたが、このエタフロの世界は観光気分で生き抜けるほど甘い世界ではない。むしろ、魔獣という超自然的な脅威が跋扈していることを考えれば、現代の地球とは比べ物にならないほど、この世界には危険が満ちているのだ。
(ちゃんと意識して動かないと、だな)
この世界が現実であるならば、ゲーム感覚のまま、軽い気持ちで何かをやらかすような事態は、極力避けるべきだろう。
両の頬を叩き、今一度気を引き締め直してから、俺は改めて、目の前に転がるゴブリンの死骸に向き直り、解体作業に取り掛かった。
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