第10話 前世の記憶

「ねぇ、クロ聞いてるー?」


 身体が宙に浮く――

 

 抱き上げられた俺の目の前にはにこにこ笑みを浮かべる『魔女』の顔。


 幼い顔立ちながらも女性的な美しさも併せ持った美貌はただでさえ見る者を魅了するのに、更にこちらを見つめてくる左右それぞれ異なる色合いの瞳もまた、呆れてしまう程に美しい。


 ――魔女が魔女である証『異色瞳オッドアイ』。


 右の瞳は輝き放つ黄金色で、左の瞳は見つめられるとまるでその瞳に引き込まれてしまうかのような、どこか恐ささえ感じる程に美しい水色。


 ……はぁ。 俺はまた、前世むかしの夢を見ているようだ。いつまで経っても魔女との思い出が今世いまの俺を苦しめる。 


 もしや、魔女が『魔女』と呼ばれる所以は『異色瞳オッドアイ』では無くてこれか?なんて考えていると、


「――ッ!?」


 いきなり魔女は俺の頬に自らの頬を押し当て、そのまま激しく上下にスライド。


「んー! クロったらなんでこんなに可愛いの〜!?」


 魔女から漂ってくるほんのり甘い香りに魅了されながら、まったく、良く出来た夢だ。と、いつもの事ながら感心する。


 因みに、ここは魔女が錬金魔法で作った家の中で、俺にとって魔女との思い出が詰まった大切な場所だ。


 魔女による激しい頬ずりが終了して、俺の身体は元のポジションへ。 それに伴い、真正面には再び魔女の美しい笑顔。


「――ねぇ、クロ見て!思い切って髪短くしてみたの! どうかな? 私って実は短い方が似合ってたりしない? ねぇ、どうかな?」


 時折見るこの夢は、どうやら俺の前世の頃の記憶が元になっているようで、魔女が髪を短くしたこの時の事もよく覚えている。……懐かしい。


 それにしても、本当によく出来た夢だ。 


 夢だというのに、魔女に掴まれている前脚の付け根部分が痛くなってきた……そろそろ床に下ろして欲しいのだが……


「――――」


 しかし、そんな俺の願いは届く事無い。依然として俺の身体は宙に浮いたまま。


 魔女は相変わらずにこにこ笑みを浮かべながら「どう?どう?」といった様子で顔を左右に振って髪型全体を俺に見せつける。


 少し癖のある銀髪は顎のラインで切り揃えられているが、自分で切った事によるものだろう、後の辺りは少し粗さが見える。


 うん。長いのも良かったが、これはこれで可愛いと思う。


「少しは大人っぽく見えるようになったと思うんだけど……」


 いや、残念だけど、それは逆効果だったみたいだぞ?と、俺は心の中でツッコミを入れる。


 魔女は自身のその幼い顔つきがコンプレックスらしいが、一体どんな顔を求めているのだろうか。

 確かに幼い顔立ちではあるが気にする程では無い。ちゃんと女性としても美しいと俺は思う。


「――――」


 しかし俺はその思いを魔女へ伝える事無く、依然として魔女の言葉に対して無言を貫く。と言うより、無言を貫く事しか出来ない。何故ならこの世界(夢の中)での俺は『猫』なのだから。


「――――」


 そんな俺だから、魔女はそれまでの無邪気な笑顔をどこか儚さを帯びた、切なく哀しい微笑みにそれを変えてしまう……


「ねぇ、クロ……何か言ってよ。寂しいじゃない……って、言ったって無理よね……」


 だから俺は『人間』になりたかった。人間になって君のその哀しい微笑みを幸せ一杯の笑顔に変えてやりたかった。


『御坊ちゃま――』


 そんな俺の願いが神に届いたのか、俺は『人間』として生まれ変わる事ができた。 それなのに――


『――御坊ちゃま、お目覚めになって下さい』


 あれから400年。この世界に『魔女きみ』はもういない。




 ◎



 目を開け、上体を起こすとそこには使用人のルイスが睨むように俺を見ていた。

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